39.魔法の終わり
こんなはずじゃなかったのに。
私こそ言いたい。もう、辛いことは全部終わったと思ったのに。
先輩だけ魔法から逃げられるわけ無かったんだ。でも、きっと半端だった。
最初は私の心変わりを祈ったのだろう。だから先輩が近付いて来た。けど、たぶん途中で気が変わったんだ。私が皆に虐められてるのを見るのが楽しかったから。先輩の事は忘れたんだろうな。だって言ってたわ。私が苦しむようにって。
半端に魔法が掛かった私達はあの図書室で曖昧な関係のまま過ごしたのね。
先輩は劣等感を忘れてヒーローになり、私はそんな彼を信頼しながら、でも恋には至らなかった。
「……正直に話してくれてありがとう。
気付いてると思うけど、私達は二人とも魔法に掛けられていたのね。でも、それももう終わり。現実に戻らなきゃ」
「違う!俺は本気だった!」
そうだったらよかった。ううん、本気なのは嘘じゃないのだろう。だけど……
「ありがとう、好きになってもらえて嬉しい。
でも……私がジーク様の婚約者じゃなくても、そこまで思ってくれた?」
「!!」
先輩がグッと息を呑み口ごもる。
「言葉が出ないのね。たぶんそれが答えよ。
あなたは嘘が下手だわ。いままでも誘導はしても嘘はつかなかったもの。自覚してるのでしょう?」
これで本当にお終いね。いつまでも図書室で微睡んではいられないの。
「先輩は何も悪くないわ。すべては魔法のせいよ。ふふ、確かに使っちゃうわね、この言葉。でも先輩は使っていいのよ。
私を好きになってくれてありがとう。ジーク様の婚約者だったから受け取ることはできなかったけど、いつも感謝していたわ」
「……俺との未来は考えられない?」
先輩との未来──ジーク様という存在が彼の心にある以上、難しいだろう。
たぶん、彼はずっと比べ続ける。私が向ける笑顔や言葉すべてを、ジーク様の時と比べてしまうだろう。そんな未来は誰も幸せになれない。
私は首を横に振った。
「先輩。ジーク様が悔しがってました。テストであなたに負けたって。凄いって言ってました」
劣等感を急に無くすことは出来ないだろう。でも人と比べる為じゃなく、これからは自分の幸せの為に頑張って欲しい。
「ジーク様は天才じゃなかったですよ。凄く努力家でした。良き王子である為にいつも努力してました。先輩と同じです」
「……そうか」
そう呟いて顔を手で庇ってしまった。
そう、二人とも努力家で凄いの。比べる必要なんて無い。いつか、この気持ちが届くといい。
「先輩、私は留学しようと思っています。だからしばらく会えません。だから、また会える日までお元気でいて下さい。
一年間ありがとうございました。あなたは今でも私のヒーローです!」
驚いて顔を上げた先輩に満面の笑みを向ける。だって嘘じゃないもの。
「……お人好しかよ」
「すぐに意地悪を言うんだから!」
ほら、変わらないわ。あなたは少し意地悪だけど優しい私のヒーローよ。
先輩はフィデル達には会わずに帰って行った。
まだ気持ちの整理がつかないからと言って。
「フィデルごめんね。先輩は先に帰ったわ」
「いいですよ、別に」
男の友情は冷めてるわね。まぁいいか。
次は女の友情だわ。
「久しぶりねビアンカ、手紙をありがとう」
「……元気になった?大丈夫?
ごめんね、療養中なのに手紙を送って。でも、二度と会えないかもって不安だったの。自分勝手で嫌になる」
なんだかビアンカがしおらしい。ちょっと新鮮だわ。あんなに過剰に先輩に吠えてた子犬が大人しいと心配になるわね。
過剰……過剰?もしかして。
「……あれも反動?」
そういえば、初めてあった時に助けられなくてごめんって言ってくれたわ。まさか助けたかった思いが暴走していたの?
もうヤダ。判断に困るのよ!どこまでが魔法なのかまったく分からない!
でも、そうだと嬉しいわね。暴走するくらい助けたいと思ってくれていたのなら。
「反動って?」
きょとんとしてる顔が可愛い。
真相は分からない。けど、やっぱり信じたい。
「なんでもない。手紙を送ってくれてありがとう。本当に嬉しかった。大好きな友達からだもの。当然でしょう?」
「……リーゼ~!」
あらあら泣いちゃった。やっぱり今までと少し違うみたい。フィデルを見ると笑ってる。
「やっと暴走が終わったみたいで安心したよ。ごめんね、今までは俺が言えば止めてたんだけどな」
なるほど。本能で動くのは以前と同じ。ただ、ストッパーのフィデルを無視するくらいには暴走気味だったのね。
「平気よ。あとから分かったのだけど、暴走気味なのは魔法のせいかもしれないの。一年間抑えてた感情が溢れちゃうのよ。
本当に私を助けたいと思ってくれていたのね。ありがとう、ビアンカ」
「……よく分かんない。でも、そんなに綺麗な感情じゃないわ。助けたかったのは本当だけど、ずっとリーゼを守ってた先輩が羨ましくて嫉妬したのも本当だもん」
「でも、ちゃんと謝ったのでしょう?」
「……うん」
「それは大丈夫。俺も一緒に行ったから。ただ先輩はリーゼロッテさんが何も言わずに領地に行ったのがショックでそれどころじゃなかったみたいだけど。
でも何だかスッキリした顔してるね。なんとかなった?」
フィデルはあんまり変わらないな。
前に出過ぎす、でも周りをちゃんと見てる。
「うん、先輩はずっと私のヒーローなの。そう伝えられてよかったわ」
「……リーゼはどこかに行ってしまうの?」
野生の勘は健在ね。
「そうね。ここは色々あり過ぎたから。私もだけど、皆も忘れないでしょう?
憐れまれるのも、馬鹿にされるのも嫌だわ。傷物扱いで変な人から求婚されたら腹が立つし、少し離れようかと思っているの」
「……そうだね。でも、友達でいてくれる?また手紙を書いてもいい?いつか……帰ってくる?」
いつか帰りたいと思えるかな。
これにはまだ答えられないけど。
「お手紙を貰えて嬉しいって言ったでしょ?
ねえ、ビアンカ。あなたがいなかったら魔法に掛かったままだったかもしれないわ。
先輩に依存して、悲劇のヒロインぶってメソメソしてたかも。でも、あなたが教えてくれたのよ。盲目的になるなって。
あなたの正義が魔法から覚めるきっかけになったの。勇気を出して言ってくれてありがとう」
彼女が暴走気味だったとしても、それでも私には必要なことだった。これからもフィデルが側にいるし大丈夫よね。
よし、これで魔法は全部終わりっ!
壊れたものは元には戻らないし、変わってしまったこともたくさんある。どうせなら過去に戻る魔法があればよかったと願ってしまうけど。
でもそんな魔法は無い。
それに、魔法なんて無くたって幸せになれることも知ってる。
こうなったらマルティナ様が悔しがるくらい幸せになってやるんだから。
そうね、アルブレヒト殿下に頼もうかしら。私がすっごく幸せになってる事を彼女に定期的に報告してもらうの。あら、いいかも。
ふふ、留学の推薦状と一緒にお願いに行きましょうか。




