3.変わってしまった貴方
学園での状況が変わらず憂鬱な日々を過ごす中、王妃様からお茶の誘いがありました。
「リーゼロッテ、ジークがごめんなさいね」
やはり知っていたのね。殿下が変わってしまってもう少しで一年になる。
これまで一度も話が無かったことの方がおかしいのでしょう。
でも、いきなり謝られてなんと答えればいいの。
許しが欲しいのか、謝罪が欲しいのか……
「私が至らないせいで申し訳ありません」
無難に謝罪の言葉を述べました。だって私などが王妃様に許しを与えられる立場ではありませんもの。
「いえ、あの子が愚かなの。でもね……もう少しだけ待ってちょうだい。ちょっとした間違いなのよ。あと少しだけでいいの」
……ちょっとした?私の苦痛はその程度のものだと言うの?
婚約者に蔑ろにされ、学園の皆から見下されているのに?
「……分かりました」
是と言う以外に何が出来るのだろう。
私の返事を聞いてホッとした様子の王妃様は話題を変え、ずっと楽しげにおしゃべりをしていました。
私の虚しい気持ちには全く気付かず楽しそうで、早く時間が過ぎないかしら、と紅茶とともにため息を飲み込みました。
◇◇◇
何も進まないまま時間だけが過ぎる。
いえ、私がマルティナ様に嫌がらせをしている噂だけが加速していくのはなぜ?
私はお話しすらしたことが無いのに……
なるべく彼らと出会わないように気を付けていたけれど、とうとう中庭で出くわしてしまいました。
私を見た途端、殿下は不快げに顔を顰める。
そんなに嫌なら婚約解消してくれればいいのに!
私は何もしていないのに「きゃっ、怖い」とマルティナ様が殿下に縋りつくのを見て思わず笑ってしまう。
「おい、またマルティナを虐めにきたのか?」
「私はそのようなことをしたことは一度もありません。ですが、私のことをそんなに信用ならないのなら婚約解消して下さいませ」
一方的に悪者扱いをされるのにもいい加減我慢の限界だった。
なぜ私だけが我慢しないといけないの。
婚約を望んだのは貴方なのに!
「……どうした。まさか他に男でも出来たか?政略の意味も分らないのか。貴族の義務も果たせないとは愚かだな」
義務?貴方がそれを言うの?
この一年、婚約者としての義務をすべて放棄してきた貴方が!
「婚約継続は致しかねます」
もう全部終わらせたい。嫌われていい。今すぐ消えてしまいたいっ!!
「お前……さすがマルティナを虐げてきた女だ。それが本性か!」
貴方こそ。それが本性だと言うのかしらね。
「私が何を言おうとも信じないのでしょう。そんな人間と結婚するなどお辞め頂いて結構です」
「反省する気もないのか。ならばマルティナに謝罪しろ。その空っぽの頭を地面に擦り付けて詫びろっ!」
人はここまで変わってしまうの?
仮令好きではない相手でも、こんな暴言を吐く方ではなかったのに。
「……話になりませんね。もう結構です。後日、父と共に王宮へ参ります。ではご機嫌よう」
そのまま立ち去ろうとすると、突然腕を捻り上げられ、
「マルティナに謝罪をしろと言っているだろう!」
バシッ!と、頬に強い衝撃が走りました。
……いま、なぐられた?
初めて殴られたショックで呆然としていると、今度は髪を鷲掴みにされ、舗装されたタイルに頭を押し付けられました。あまりの力に受け身が取れず強く打ち付け、ポタポタと血が滴る。
額が燃えるように熱い。
「ほら、こうやって頭を下げるんだ」
怪我をしたことなど見えていないかのように淡々と告げる声に体が竦み上がった。
───こわい、たすけて
あまりの恐怖に涙が溢れ視界が揺らぐ。
「何をしているんだ!」
騒ぎを聞きつけた生徒が慌てて止めに入ってくれた声が聞こえて。
この声は……だめ、先輩を巻き込みたくない
でも、その言葉を伝えられないまま、私は意識を手放してしまいました。
◇◇◇
私の額の傷は痕が残ると言われました。
前髪でなんとか隠れるけど、これで婚約解消できるかしら。
そう呟くとお父様もお母様も泣きながら謝ってくれました。
ごめんなさい、お父様達は何も悪くないのに。
それでもこれで終わりに出来るのならこんな傷くらいどうでもいいの。
その日の夜、王妃様が来られました。
「リーゼ、このようなことになって本当に悪かったわ」
「いえ、私が王子殿下を不快にさせてしまったのです。申し訳ありません」
でもどうしても我慢出来なかった。
「謝らないでちょうだい。私達がもっと早くに手を打たなくてはいけなかったのに。貴方をこんなに傷つけてしまったわ。
……あのね、 実は少し事情があったの」
そういえば、お茶会の時もあと少しだとか何とか言っていたわね。でも……
「王妃様にお願いがあります」
「もちろんよ、なんでも言ってちょうだい!」
「婚約を解消していただけないでしょうか」
ずっと望んでいたことを言葉にすると涙が溢れてきました。
ごめんなさい、本当にもう無理です。
「待って!リーゼお願いよ、事情を聞いて?あの子は本当は貴方のことが大切なの。本当にもう元に戻るはずなのよ!」
事情って何?元に戻る?それはこの一年が無かったことになると言っているの?
「お許し下さい。私には王子妃になる覚悟が足りなかったのでしょう。
殿下に言われた通り、貴族の義務も果たせぬ愚か者です。それに、顔に傷が出来てしまいましたわ。これでは王子妃としてふさわしくありません。
悪いのは私だけ。家族に罪はありません。どうかお許し下さい」
家族が守れたらもうそれだけでいいから。
必死に頭を下げると、額がズキズキと痛んだ。
「あなた達に罪など無いわ。
そう、あの子はそんなことを言ったのね。馬鹿な子。
……やっぱり事情は聞きたくないかしら」
「申し訳ありません。私は秘密を聞くに値しません。何卒お許し下さい」
私はひたすら頭を下げ続けました。
「分かりました。陛下には私から伝えましょう。残念だわ。あなたが娘になるのを楽しみにしていたのに」
王妃様の義娘……何だか遠い日の夢物語のようだわ。
「その様に言っていただけて嬉しいです。私も義母と呼べる日が来ることを楽しみにしておりました」
「あとは、伯爵とお話しするわね。どうかゆっくり休んで」
「あの、あともう一つだけ!私が倒れた時、男子生徒が殿下を止めて下さいました。
どうかその方が殿下に罰されないようにお願いできないでしょうか」
「分かりました。そのようなことが無いよう手配するわ」
「ありがとうございます」
王妃様が出て行って、静まり返った部屋に私のため息だけが響いた。
これで全部終わったのかしら。
ああ。もう、何も考えたくない……




