13.いくつかの魔法
たくさん話をしてたくさん泣いた。
困ったわ。すっかり目元が腫れて酷い顔です。でも、気持ちはスッキリしているわ。
「ビアンカおはよう」
「わ、リーゼのお顔が大変!冷やす物を持ってくるわ!」
やっぱりか。ありがたく目を冷やしながら昨日のお礼も伝える。
「ビアンカ、私決めたわ。殿下と話をする。お父様に同席してもらおうと思うの」
「そっか。大丈夫そう?」
昨日あれだけ怖いだのキショいだの言ったものね。心配かけてごめんなさい。
「うん。私ね、殿下が魔法に掛かってから、ちゃんと彼と向き合ってこなかったの。
殿下に拒絶されてから会いに行ったのは一度だけ。でも、無視されて怖くなっちゃった。
その後は先輩に婚約者の立場にしがみついてるのかと思ったって言われて、すごく恥ずかしくて。そんなみっともない姿だったのかと思ったら余計に会いになんて行けなかった。
ちゃんと話したのは1年後。たぶん魔法のかかりも最高値だったのかな。それで、あの事件が起きちゃったの。
その後は本当に怖くて逃げまくって。
先輩は犬の躾と同じで無視したらいいって言ってたけど、無視ってよくないでしょう?私はされてすごく嫌だったもの。
だからきちんと終わらせる為にも、しっかり話をしないといけないって思ったのよ」
殿下が壊れたと思った。いや、結構壊れてるけど、婚約を断った時の『どうして?』という質問は今なら理解できる。私は何が本当に嫌だったかを伝えていなかった。ただ、怖い、嫌だと言うだけで、本当の気持ちを伝えて来なかったの。
彼が納得するかは分からないけど、私の考えをちゃんと伝えなきゃね。
「ねえ、聞いてもいい?先輩とはどうやって知り合ったの?以前から知り合いだったとか?」
「ううん、あの頃、殿下と公女の姿を見たくなくて、毎日図書室に避難してたの。そこで偶然会ったのよ」
「ふうん、それで?リーゼは先輩をすごく信頼してるわよね?それはどうして?」
「そうね、先輩は唯一あの一年間味方でいてくれた人だから。あと、あの事件のとき助けてくれたのも先輩なのよ」
あの時、先輩に助けてもらえなかったらもっと酷い怪我をしてたかもしれない。彼は本当にヒーローみたいだった。
「でも、どうして先輩は魔法にかからなかったのかな。だって殿下と同じ学年でしょう?私なんかより影響がありそうなのに」
魔法のことは本当に謎だらけなのよね。禁忌魔法だからという理由で全然情報が回って来ないし。
「先輩曰く、公女に興味が無かったからだって言ってたわ。禁忌魔法だから詳細が分からないけどね。ただ状況から見ると、公女に好意がある人が掛かってたのかなって」
「え?詳しく話して!」
なんだろう、随分食い付いてきたわね?
とりあえず先輩と話した内容を伝えることにしました。
でも、殿下が一目惚れで婚約を決めたことを伝えるのは少し恥ずかしかったわ。
「う〜ん、何だかずいぶん先輩に都合のいい仮説ね」
「え?」
「だって殿下が公女に惹かれたっていうのは本当にそうなのかなって。
殿下が変わったのって公女様が留学してしばらく経ってからじゃなかった?
それなら一目惚れじゃないと思うし、王家からは公女の思いが強くてって言われただけなのでしょう?」
「……そうだけど」
確かに、王家からは殿下の気持ちについては何も聞いてはいない。
「先輩って説明が上手いよね。勉強会でそう思ったわ。無駄な言葉が無くて、でも、答えを言うんじゃなくて、ちゃんと自力で辿り着けるように導いてくれる」
そうね。先輩は教えるのが上手いわ。でも、それが何?なんだかこれ以上聞くのが怖い。
「先輩の意見は、殿下の評価を下げて、自分を上げてるみたい。
私が意地悪な見方をしてるだけかな」
そんな……だってずっと味方だったのよ?
驚き過ぎて何も答えられずにいると、
「ブリッチェ伯爵家は最高に美味しい婿入り先だよ。殿下の婚約者じゃなくなったなら、そういうことも気を付けないとだめよ、リーゼ」
……すっかり忘れていたわ。だってずっと殿下の婚約者だったから。殿下との婚約の時には分かっていたのに。私に近付く男性が、我が家の資産目当てかもしれない可能性があること。
「意地悪なこと言ってごめん!さすがに私も先輩が資産目当てで近付いたとは思わないわ。
でも、リーゼが先輩に盲目的な感じがしたから心配だったの。
先輩の意見を参考にするのはいいけど、最終判断は自分でしなきゃ駄目だよ。じゃないと、あとで絶対に後悔すると思う」
盲目的……確かにそうかも。だって彼は私のヒーローだから。いつでも助けてくれる信頼できる人。
でも、殿下が完璧じゃなかったみたいに、先輩も完全なる善人とは限らない……のかな。
「ううん、私の為に言い難いことを言ってくれてありがとう。よく考えてみるね」
「うん。怒らないでくれてありがと。あと、もう一つだけ気になることがあるんだけどいいかな」
「……なに?」
「あのね、殿下に掛けられた魔法は本当に魅了だけなのかな」
家に帰ってからお父様と話をしました。
まずは殿下と話し合いたいこと。お父様に立ち会ってほしいこと。
そして、他の魔法が掛けられている可能性。
「他の魔法か。考えもしなかったな」
「私もです。確かに殿下は以前とは違っているけど、魔法に掛かってた期間が長いから、心のままに行動することに忌避感が無くなっただけだと思っていました」
「私は一度も会っていないからな。話し合いの場で確認してから陛下に報告するか」
「はい、お願いします」
その日の夜、私は久しぶりに殿下に手紙を書きました。
今まで何度となく出した彼への手紙。
この、話し合いの為のブリッチェ伯爵家への招待は、きっと彼への最後の手紙になるのでしょうね。




