採れたてのはちみつ
時刻【9時00分】
ビニールハウスから戻ってきた熊主任の手には紙コップが2個持たれていた。
「ゴリラ主任、どうぞ」
その内の1個をゴリラに手渡す。
「ウホ!」
「いえ、ではバルブを開けますので、紙コップを近づけて下さい」
「ウホウホ!」
「はい、その位置で問題ないと思います」
「ウホ」
「それでは、開けます」
熊主任が再びバルブを開けた。
それにより、またねっとりとした濃厚で黄金色をしたはちみつが出始める。
「ウホウホ!」
ゴリラはそれをこぼさないようにまじまじと見つめながら、紙コップで採取する。
紙コップの3分の1にまで注がれると熊主任がバルブをゆっくりと閉めた。
「ウホ?」
ゴリラはそのことを不思議に思う。
彼は紙コップ並々に注がれると思っていたのだ。
首を傾げるゴリラに対して、熊主任は何かを察したのか並々に注がない理由を説明し始めた。
「採れたてのしかも非加熱のはちみつなので、これだけで十分満足できると思います」
ゴリラは熊主任の自信に溢れた視線を受けて納得する。
2人は工程管理課で双璧と成している職場の同僚であり、バナ友でもある。
なので、お互いの視線を合わせるだけで、大体のことがわかってしまう。
「ウホウホ!」
「はい、味わってみて下さい」
ゴリラは紙コップを口元に運んだ。
糖度が80%を超えている為、ゆっくりと流れてくる。
そして、ようやくゴリラの口の中に流れ込んだ。
「ウ、ウホウホー!」
そのあまりの美味しさにゴリラは反射的にドラミングする。
ただ甘いだけではなくて、さまざまな花の香り、ろ過していないからこそのいい意味での雑味があり、舌にまとわりつくような粘度もある。
だというのに、口当たりは滑らかで気がついたら喉を通っていたのだ。
「ふふっ、美味しいですか!?」
「ウホ、ウホウホ!」
「そうですか! もうその言葉だけで頑張ってきたかいがあります」
「ウホウホ?」
「あ、はい! いいですよ! では私はここでお待ちしていますね」
「ウホー!」
今度はゴリラが何かを取りにビニールハウスへと向かった。
☆☆☆
時刻【9時30分】
ゴリラが持ってきたのは、ココナッツオイルで揚げた風味豊かな自家製バナナチップスに、前日から仕込んだマンデリン産の深煎り豆を使用したコールドブリューコーヒーの入ったバナナ色の水筒。
彼は熊主任の実家へと遊びに行くことが決まった時点で、この2つを持って行くつもりでいたのだ。
採れたてはちみつとバナナを合わせてバナナの新たなる可能性を見出す為。
そして、そのお供に冷たいハチミツコールドブリューコーヒーを熊主任と飲む為に。
「ウホウホ?」
「予備の紙コップですか? でしたら、私の紙コップを使いますか? まだ使っていませんし」
「ウホ……ウホウホゥ」
「そんな、そんな! 気にすることもないですよ」
「ウホウホ」
「いえいえ! ですが、どうするのですか? その紙コップで何かをするつもりなのでしょうか?」
「ウホ、ウホウホ」
「なるほど、バナナチップスにこのはちみつを掛けてみたいということですね……」
「ウホ?」
「うーん、そうですね……」
ゴリラの提案に思い悩む熊主任。
熊主任にとってミツバチ達は子供同然で、その子供達が一生懸命働いて集めたはちみつなのだ。
だから、思い悩むのは当然。
当然なはず、だったのだが。
「いや、ありかも知れませんね!」
そう言う熊主任の目が輝いていた。
これが1年前であったなら、こうはならなかっただろう。
しかし、熊主任はもう、バナナとはちみつが合うことを知っているのだ。
バナナはちみつを作ったことで。
「ウホ!」
自分の提案を快諾してくれたことがよほど嬉しいのか、ゴリラは子供のような笑みを浮かべる。
「では、どうぞ!」
「ウホ!」
ゴリラは熊主任から、はちみつの入った紙コップを受け取ると、バナナチップスの入った袋を開け、そこに採れたてのはちみつを注いでいく。
その様子を1頭と1人は子供のように目を輝かせて見つめている。
そんな彼らの距離は互いの肩が当たるほどとなっていた。
だが、どちらもその事を気にする素振りもない。
それは言うまでもなく、ベストマッチするに違いないバナナチップスwith非加熱はちみつで頭がいっぱいとなっているからだ。
ゴリラは逸る気持ちを抑え、はちみつを入れ終わると袋を軽く締める。
そこから、バナナチップスを割らないような力加減で揉み最後にシャカシャカと振った。
そして、空となった熊主任の紙コップによく冷えたコールドブリューコーヒーを注ぎ、前のめりとなっている熊主任へと手渡す。
「ウホ!」
「あ、ありがとうございます!」
「ウホウホ?」
「いえ、はちみつの追加しなくても、これで十分ですよ」
「ウホウホ……?」
「先に入れたからはちみつが注げないですか? ふふっ、そういうわけではないんですよ」
「ウホ?」
「あ、いえ。その……ただゴリラ主任が用意してくれたコーヒーの味をしっかりと味わいたかっただけなんですよ」
自分の思いを口にする熊主任の表情はどこか照れくさそうだ。
「ウホウホ!」
ゴリラはそんな熊主任の反応が嬉しいようで、面布越しに白い歯を輝かせている。
そして、頷きながら自分の紙コップにも注ぎ、バナナ色の水筒の蓋を閉め、脇に抱えた。
「ウホ!」
ゴリラは紙コップを熊主任の前に出す。
「はい、乾杯ですね!」
1頭と1人は、キンキンに冷えたコールドブリューコーヒーでゴクゴクと喉を鳴らした。
「ふぅ……美味しいですねー! 後味がすっきりしているのに、豊潤な香りが鼻に抜けます」
「ウホウホ!」
「そうですか! ふふっ、はちみつもいい仕事をしていますか。嬉しい限りです」
「ウホ、ウホウホ?」
「あ、そうですね! バナナチップスがどうなっているかも気になりますね」
ゴリラは熊主任の言葉に笑みを浮かべながら頷き、今度はバナナチップスの袋を開けた。




