評価は難しい
9月26日(月)
天気【曇 最低気温18℃ 最高気温28℃】
時刻【8時30分】
大手電機メーカー桃上のバナナとコーヒーの匂いが香る工程管理課のオフィスにて。
今日のオフィス内には、珍しくゴリラと佐久間熊主任の1頭と1人しかいなかった。
理由は、社内研修の日程が重なったからである。
その研修は、会社の基幹人材となり得る20代から40代前半の全従業員が対象となっており、この工程管理課に所属する社員全員が該当となっていたのだ。
ただし、その間も工場は動いている為、役職を持っている従業員のみ別日で受講するという形になっており、ゴリラと熊主任は作業着姿でカフェグスト付近にある向かい合わせの席に座っていた。
「ウホウホ……」
「……うーん」
ゴリラと熊主任は互いに目の前にあるパソコンとにらめっこしている。
そのモニターには、評価シートが映し出されていた。
「ウホ、ウホゥ……」
ゴリラはバナナの椅子の上で頭を抱える。
「ええ……困りましたね……この隙にと思いましたが……」
熊主任もまた、腕を組んでうなった。
なぜ、彼らが頭を抱えているかというと、人が少なくなったことによる仕事のしわ寄せが、起きたわけではない。
今年度から、大きく変更のあった人事評価制度が影響していたのだ。
昨年度の評価は、とてもシンプルだった。
年の初めに目標を立て、上期・下期・年度末に分け個人面談をしながら実際の業務に照らし合わせる。
そして、5段階の評価を直属の上司であるゴリラや熊主任などが評価を下す。
その評価を元に会社側である雉島課長が昇給ベースを決めていく。といった流れだ。
つまり、評価が良ければ誰もが昇給できる制度。
けれど、今年度は違った。
3期に分けて評価していく部分は同じなのだが。
今期は、あらかじめ会社上層部から予算が下りてきている。そのため、どれだけゴリラや熊が部下の評価を高くつけたとしても、昇給には差をつけねばならなかったのである。
本来、このような事は日本で日常的に起きていることで、一喜一憂するものでもない。
しかし、十人十色……十ゴリラ十色精神の彼からすると、やはり受け入れることは簡単ではなく、その影響を受けているバナ友の熊主任も同じだった。
だから、彼らは同じように頭を悩ませていたのだ。
ちなみに、その上司である雉島課長は、この評価制度に納得いかず、1人会社上層部のいる1号棟へと向かっていた。
そんなことを知らないゴリラと熊主任は、モニター越しに会話を始めた。
「ウホ、ウホウホ?」
「確かに、課長の姿が見えませんね……」
「ウホ?」
「ええ、今日は早く来るとLINEにも連絡来ていましたよね……」
「ウホウホ!」
「そうですね、また別件で動いているかも知れませんね」
「ウホゥ」
彼らは姿の見えない課長の話を終えると、再びそれぞれのモニターを見つめながら会話を始める。
だが、その表情は明るくはない。
「ウホウホ?」
「ええ、残り1人ですね」
「ウホ……ウホウホ?」
「はい、少し猪突猛進な猪狩さんです……」
「……ウホウホ」
「もちろん、彼女も私と同じようにキャリアで入ってきたので、評価をしてあげたいのですが……」
「ウホゥ……」
「そうなんですよね……仕事に対する姿勢など、素晴らしいものを持っているんですけどね……やはり、向こう見ずというか、無茶というか……」
熊主任の悩みの種は、メンターメンティーの関係である部下、猪狩誠28歳。
真面目で何事もきっぱり言う性格の女性だ。
そんな彼女の仕事に対する姿勢は素晴らしかった。
具体的には、取引先との打ち合わせや、自分が関わる会議にも積極的に参加していた。
ネガティブな考え方はせず、間違っていることがあればきっぱりと自分の言葉で伝えられる。
まさに、絵に描いたようなポジティブ人間。
実際、ゴリラと雉島課長が揉めた時も手を挙げてその勘違いを指摘したりなど、そのポジティブな性格が仕事だけではなく、この工程管理課の人間関係にも良い影響を及ぼしていたくらいだ。
熊主任がこの部署に配属された当初、誠は同僚たちからの信頼も厚かった。
しかし、彼が周囲に馴染み始めると、それに呼応するように誠の態度は変わっていき――いつしか自分ができることは、他の社員もするべきだと。
そう、周囲に努力を強要するようになっていた。
それはもしかしたら、途中で入ってきた熊主任が周囲に認められていくことで、彼女の中に焦りが募っていったのからかも知れない。
だが、その変化についていけなくなった同僚たちからは、自然といい話を聞くことはなくなっていた。
とはいえ、誠の上司である熊主任としては、今現在、酷評を受けているとは言えど、誠自身はいい物を秘めた人材だと信じていた。
なので、その評価を下すことに躊躇いを見せていた。
周囲の意見も反映するべきなのか、それとも自分が考える評価を付けるべきなのかを――。




