とあるVTuberとYouTuberのお話
ある日の休日。
時刻【7時30分】
ゴリラはいつものモーニングルーティンを終え、キッチンでバナナを手にしていた。
通知をオンにして待っていた推しの生配信――それが始まるのを、まだかまだかと心待ちにしている。
ただ休日ということもあって、スマホで見るのではなく、リビングに置かれたテレビをモニター代わりにしていた。
配信開始まで、あと数分。
「ウホウホ」
体を揺らすゴリラ。
彼がここまで喜びを表すのには、訳があった。
バナナの被り物とプロテインと書いた白Tシャツを着た色黒ゴリムキYouTuberとバナナの皮を被ったゆるキャラっぽいアバターを使うVTuber。
そう、推しであるバナプロとバナナン2号がコラボをするのだ。
推し×推しの夢の共演。そんな奇跡が、この休日の朝に訪れようとしていたのだ。
ゴリラは思わず、持っていたバナナをぎゅっと握りしめ……つぶしてしまった。
黄色い果肉が指の間からにゅるっとはみ出す――けれど今は、それすらどうでもよかった。
コラボの理由なんて、ネットでは身内説や恋人説まで飛び交っていたが――彼は心優しきゴリラ、そんなことどうでもよかった。
推し同士がコラボする。その事実だけで幸せな気持ちなれるのだから。
「ウホ!」
ゴリラが声をあげると同時に、YouTuberとVTuberという異色のコラボ配信が始まった。
《バナプロさん、今回はコラボしたいと言って頂きありがとうございました!》
《お礼を言うのは俺の方だ。コラボを受けてもらいありがとう》
《いえいえ、そういえばコラボを気に何か聞きたいことがあるとか何とか仰っしゃっていましたよね――?》
《ああ、そうだな。恋愛感について聞きたいと思ってだな――》
《恋愛ですか?! なかなかに急な話ですね!》
《ガハハハッ! 減るもんではないし、リスナーの皆も聞きたがっているぞ?》
「ウホウホ」
ゴリラ見つめる画面の下部では凄まじい速さでコメントが流れている。
博愛主義のゴリラはともかく、人間のファン達は人気VTuberの恋愛感が明らかになるかも知れないということで、盛り上がりを見せていた。
その動画を横目にバナナを一口、二口と頬張る。
今日のバナナはキウイーナ。
まるでキウイのような爽やかな美味しさの、新しい味わいのバナナだ。
フィリピンのスミフルバナナ研究所で品種改良を重ねて誕生したスミフル開発品種バナナでもある。
その味は爽やかでさっぱりとした口当たりでくせになる美味しさが魅力で。
休日の朝にベストなバナナだ。
ゴリラが頬張るバナナと生配信に夢中になっている最中。
その裏でこの推し2人の間でとんでもないやり取りが繰り広げられていた。
一方は関東にあるダンベルを掲げた亀がトレードマークで、全国に1000店舗展開し会員数は90万人を誇る24時間営業のパイオニア的存在のジムである、乙姫フィットネス本店。
スタッフルーム内。
3人用の黒色の長机1台と椅子が3脚あり、その上にオンライン会議用のノートパソコンが2台。
反対側に電子キーなどのセキュリティ関係のものが保管された鍵付きの棚やプリンター。その隣にイベント用の景品などが入れられた段ボール箱が何箱か無造作に置かれた10畳半ほどの一室。
ここでバナナの被り物とプロテインと書いた白Tシャツを着た色黒ゴリムキYouTuberがいた。
その人物はマイクをミュートにし、通話状態にしたままのスマホでその相手に声を掛けた。
《亀ちゃんよ……いい加減教えてくれないか? 男が出来たんだろう?》
《臣さん、しつこいですよ!? 付き合っている人なんていませんから! 今はまだ……》
その会話に応じる人物、ポニーテールが特徴である健康系VTuberバナナン2号の中の人は、ゴリラが住まう2LDKの社宅から、徒歩10分の場所にある24時間営業の2階建ての乙姫フィットネス◯◯店にある6畳ほどのスタッフルームにいた。
《えっ!? 今はまだってどういうことだ?! やっぱり居るんだろう? 相手はどんなやつだ? 変な奴じゃないか?》
《もう、心配してくれるのは嬉しいすけど、大丈夫ですから! 私も大人なんですし! そもそも急にコラボしようと言ってきたと思ったら、完全な私情じゃないですか!》
《いや、うん。そうなんだがな……これくらいしないと教えてくれんだろう?》
《寧ろ、余計言いたくありませんよ!》
《そうなのか……》
この会話、場所からわかるようにバナナン2号の正体は亀浦マリン、そしてバナプロの正体はその恩師的存在の早乙女臣だったのである。
そんなことを思いもしないゴリラは盛り上がり続ける夢のコラボにご満悦だ。
潰れようが、つぶつぶになろうが、バナナはバナナ。
ゴリラの手は止まらない。
だが――。
「ウホ……」
ゴリラは思い出した。
自分がダイエット中だったことを。
2本目に手を伸ばしそうになったところをグッと我慢し、ドリップコーヒーを飲むことにした。
ゴリラがコーヒーの準備をしている間にも、バナプロとバナナン2号の軽快なやり取りは続いていった。
☆☆☆
――30分後。
時刻【8時30分】
配信も残り数分で終わりを迎えようとし、ここに来てようやくバナナン2号の恋愛感が明らかになろうとしていた。
《もうそろそろ終わりになるわけだから、好みのタイプくらい教えてくれても罰は当たらんだろう?》
バナプロは画面越しでもわかるくらいに、ニカッとした笑みを浮かべる。
《バナプロさん、しつこいのは嫌われますよ? でも、そうですね……好みのタイプくらいは教えてもいいかな……》
バナナン2号の言葉に、コメント欄は再び凄まじい速さで流れていく。
日頃の行いだろうか、2人を貶めたりするようなコメントは見られず、ただ単にその好みを知りたい人間しかいなかった。
しかし、ゴリラは違った。
嫌がっているなら、強制するものではないと感じたのだ。
すぐさまスパチャを使い、コメントと打ち込んだ。
《ウホウホ!》
《ウホウホって……?》
《ウホウホ!》というコメントが読まれた瞬間、バナナン2号のアバターがぴたりと止まった。
無音……そして沈黙。
画面には「配信は終了しました」の文字。
ゴリラはバナナを口に入れたまま、固まった。
突然、終わった生配信にゴリラはなにが起こったのか、理解出来ず、コメント欄を覗く。
そこには、同じように何が起きたのか理解出来ず、心配するリスナーで溢れていた。
そして、十数秒後。
再び生配信が始まり、何事もなかったかのように、バナナン2号が好みのタイプを述べて終えた。
その好みのタイプは「色黒で優しくて頼りになる人」そう言ったことで、ゴリラの送ったスパチャの印象よりも、バナナン2号の好みは「コラボ相手のバナプロだー!」と盛り上がり、話題はそちらに移った。
また、ゴリラに至っても、推しが無理強いをしたわけもなく、受けた推しも不快に思っていなかったことを知ったことでより一層2人を好きになったのであった。
☆☆☆
この後、本店のスタッフルームで疑念を抱きながらもまんざらでもない表情を浮かべる色黒の人間と、支店のスタッフルームでうなだれつつも、画面の向こうに向けて、小さくガッツポーズをしていた、ポニーテール姿の女性が見られましたとさ。
ウホウホ




