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(7)死神



 そして、(とばり)珈琲店--。



「老婦人の小町さんと就活惨敗女子の美空さんは、家がお隣同士だったんですね」

「はい。とても仲の良いお友達のようです」

「ところで死神さん。触れていいのか迷いますが……」


 帳のそんな前置きに、嫌な予感がした。


「触れないでいるのも、不自然な気がするので言いますね」


 そう話す帳の顔が、既に笑っている。


「都市伝説となった『ラッキーキャット』とお呼びしましょうか?」

「やめて下さい!」


 やはり、これだった。

 むしろ真っ先に突っ込まれるのではないかと身構えていたのだ。


 すさまじい早さで拒否する死神が可笑しかったのか、「フハッ」と帳は小さく吹き出している。このマスターは、一度笑い出すと長いのだ。


「いつまで笑ってるんですか」

「いつまでだって笑いますよ」


 死神さんがお気の毒で。

 そう付け足し、また笑う。


「帳さん。気の毒な相手に対する態度が、間違っていると思うのですが……」


 本来、心配や気遣いを見せるのが、人としての正しい姿なのではないだろうかと死神は思う。

 そんな死神の一言に、先程までとは違う真摯(しんし)な目で帳がこちらを見た。


「……あなたは、本当に人の良い死神ですね」

「え?」

「少しの会話だけでも、死神さんが善人だということが充分に伝わります」


 真っ直ぐに目を見つめながらそんな事を言われて、死神は驚いて視線を逸らした。


 もし死神が人間であったなら、それは賛辞に値することなのだろう。

 けれどこの性格が災いして、死神はずっと落ちこぼれだと見下されてきた。母親は優秀な兄弟にしか興味がなく、父親に至っては、すでに死神の存在を無かったものにしている。


 半年以上も初級試験に合格できず、元の世界に戻れずにいる死神の事を、もはや誰も気にかけてなどいなかった。


「死神さんのそばにいる人は、やはり幸せ者ですね。あなたがそんな風に、思いやりのある人だから」


 帳の言葉に、胸の奥がギュッとなった。


「そんなこと……無いんです。私の周りは誰も、そんな風に思ってなんかいません。それでも私は、誰かと話をして、もしもその誰かが私との会話を楽しいと思ってくれたなら……。それはすごく、すごく嬉しい事だと思います」


 死神が小さく笑うと、帳が空になった死神の珈琲カップを下げ、ホットココアを前に置いた。


「楽しいですよ」

「え?」

「僕は、とても楽しいです」


 生まれて初めて、自分との会話を楽しいと言われた。

 なんだか胸の奥がポカポカするような、温かく不思議な感覚に死神は戸惑う。


「有り難うございます。私も、私も帳さんと話しをするのが楽し…………」


 感動で胸がいっぱいになった死神の視線の先で、帳がしれっと伝票にココアと追記していた。


「まさか! この会話の流れでまさか! こちらのココアもお代金に含まれるのですか?」

「どうして、含まれないと?」

「だって……帳さんが! 勝手に出して下さいましたよ?」

「確かにそうですね。では、こちらはお下げしますか?」


 帳がココアのソーサーに手を掛ける。

 ホットココアから広がる独特の甘い薫りが、死神の鼻腔をそっとくすぐった。


 美味しい。

 匂いだけでこんなに美味しい。


 飲めばもっと美味しいことが、飲む前から約束されている。死神がココアを見つめていると、帳がそれをテーブルから引いた。


「あ」


 思わず、声が出る。


「あれ? いります?」

「せ、せっかくのココアが勿体ないので! 頂いても……いいかなと」

「でしたらお気遣いなく、僕が自分で飲みますので」

「や、あの。そうではなく」

「そうではなく?」

「わ、私が……」

「私が?」


 ここまで来ると、もう(あらが)う事などできない。


「私が飲みたいので下さいっ!」


 最後まで言ってしまった。

 きっとこのマスターは、こうなる事が分かっていてこの会話を楽しんでいる。むしろ、会話の着地点がここに降り立つように誘導されていたような、そんな気さえしてきた。


「ご注文ありがとうございます!」


 そしてマスターの美しいこの微笑み。

 先程は思わず帳の言葉に感動してしまったけれど、彼の言った『楽しいですよ』と、死神の言う『楽しいと思ってもらえたら』の『楽しい』には若干のズレがあるような気もする。


「帳さん。意地悪だって言われませんか?」


 死神も、もはや帳の前で遠慮というものがなくなってきた。


「一度もありませんが……」

「絶対、嘘だ」


 帳は、心外(しんがい)です。と言いたげに傷ついたような目で死神を見てくる。きっと、たいして傷ついてなどいないくせにと死神は思った。


 しかし、不意に何か思い出したように、帳が言葉を付け足す。


「ここのマスターをしていてそう言われたことは、本当に一度もありませんが……。昔、弟に同じことを言われたことがありました」

「弟さんに?」

「ええ。不器用で人の良い性格が、あなたと良く似た弟です」


 ひどく寂しげに細められた帳の瞳を見て、死神はそれ以上、弟のことを質問することが出来なかった。


 このマスターと出会ってから、死神は自分が経験した出来事をたくさん語り、話をする楽しさを知った。そして今、誰かの話を聞いてみたいと、死神はそう思っている。


 誰かを見ているだけではなく、相手のことを『知りたい』と、そんな風に思い始めていた。


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