殿下、予言にある『滅びの魔女』は婚約者の私です。
普段と少し違う感じで書いてみました。よろしくお願いいたします。
公爵令嬢アマーリエと王太子セオドアの婚約を執り行う儀式の途中で、私は日本人としての前世の記憶を取り戻した。
私が「悪役令嬢」……いや、それよりももっと酷い存在であることに。
私ことアマーリエは闇属性の魔力を持っている。アマーリエと王太子が婚約した後、異世界から聖女がやってくる。彼女はその純真さと強い聖属性の魔力で王太子の信頼を勝ち取り、強い信頼で結ばれる。
そして王太子はやがて、婚約者のアマーリエではなく聖女を愛するようになる。
長年慕っていた王太子を……体ならばまだしも、心を奪われてしまったアマーリエの自尊心はこなごなになり、屈辱と嫉妬の炎に身を焦がして魔力を暴走させてしまう。
──そうして、私はこの国に災厄をもたらす「滅びの魔女」となる。
アマーリエは闇に魅入られて自我を失い、ただ暴走し災いをふりまく魔力の嵐となる。
王太子は聖女の奇跡によって聖魔法を習得し、二人は力を合わせて魔女を滅ぼし、アマーリエを救えなかった後悔の念で涙を流しながらも、国民の賞賛と女神の祝福のもとで二人は結ばれる。
『この国が女の形をした厄災に見舞われる時、王家の血を引く者が聖女と力を合わせ、闇を祓うだろう』
はるか昔に偉大な神官が残した予言。王家はいつか来るその未来に備えて、強い魔力を持つ者との婚姻を重ねてきた。アマーリエもその対象のひとりだ。
──ああ、なんてこと。
顔を覆う。私は自分が読んでいた小説の世界に転生してしまったのだ。
「アマーリエ? 大丈夫かい?」
私の婚約者であり、物語の主人公である王太子のセオドア様がふらついた私の体を支えてくれる。
「セオドア様……」
「顔色が悪い」
「少し、疲れてしまいました……」
私はそっと、支えてくれる腕から離れた。
* * *
部屋でひとり、寝台の中で物思いに耽る。
日本人としての記憶さえあれば、そうなる運命だったのだと嫉妬の炎に身を焦がすことはない、と自分に言い聞かせる。
大丈夫、大丈夫よ、■■……。
心の中で、自分自身に言い聞かせる。日本人としての私の記憶とアマーリエの記憶が混ざり合い、セオドア様への深い愛情となる。
判断が間違っていたとしても、離れることはしたくなかった。
私はいつかその時が来るまで、セオドア様と共に生きることにした。
* * *
やがて、この世界に聖女がやってきた。
聖女は無邪気な笑顔で、あっと言う間に異世界からの尊い来客として受け入れられた。私と彼女はぎこちないながらも、表面上は上手くやれていた。
彼女がいやな人物ではないことにほっとしたし、セオドア様が私をないがしろにするようなことはなく、気を遣ってくれているのが分かって嬉しい気持ちすらあった。
けれどこのままでいられるかもしれない、という淡い期待は長くは続かなかった。
ある日のこと。たまたま通りがかった庭園で二人が真剣な顔で語り合っているのを見かけてしまった。ふたりの間にロマンスの気配はなく、声を殺し、息を潜めて、なにかとてつもなく大切な事について語り合っている──私にはそう見えてしまった。
──ああ、ダメ。聞いてはダメ。
聞いてもろくな事にはならないとわかっているはずなのに、愚かな私はそっと二人に忍び寄り、聞き耳をたてる。
「殿下、この予言にある滅びの魔女のことなんですが……それは、おそらく……」
──嫌!
身を翻して、一目散に逃げる。私が滅びの魔女だと知られてしまったら? きっとセオドア様は私を拒絶するだろう。嫌、嫌、そんなの嫌。
──嫌われる、前に。
──私は、私を滅ぼしてしまおう。
* * *
「アマーリエ嬢、どうなされたか! 王太子殿下の婚約者と言えど、宝物庫からの持ち出しは許されておりませぬぞ!」
制止する騎士の声は、もう私には届かない。
王家の宝物庫にある魔を滅ぼすと言われる伝説の短剣。私はそれを手にして、自らの首に突き立てた。
──それで終わった、はずだった。
* * *
「アマーリエ?大丈夫かい?」
「……え」
私は婚約の儀の真っ最中に戻っていた。同じ服、同じ髪飾り。同じ人、同じ言葉。死んだはずの私は、ふたたび同じ場所に立っている。
──私には、物語から退場することも許されないのか。
絶望が心を覆いつくす。体内の魔力がざわざわと、嫌な音をたてる。
魔女にならない限り、この世界から逃れられないと言うのか。
「どうした?」
セオドア様が心配そうに私を見つめている。やさしい瞳。私はこの人に裏切られたことはないのに、私はまた、何度でもこの人の気持ちを裏切ってしまう。
「……殿下」
「ん?」
「婚約を、破棄してくださいませ」
私の提案に、セオドア様の表情が歪んだ。
「何を言っている?」
そんな事はできないし、したくない、とセオドア様は私の手を強く握った。当然のことだ。なんの理由もなしに、婚約を破棄する事などありえない。
「……予言にある、滅びの魔女とは私のことなのです」
忌まわしい事実を告げられても、セオドア様はまっすぐに私を見つめている。
「それで? 君は、どうしたいんだ」
「わ……私を、封印してください。あなたへの醜い嫉妬に囚われて、この身を焼き尽くしてしまう前に、どうか。呪いから逃れられぬのなら、綺麗な思い出のまま去りたいのです」
「アマーリエ、大丈夫。僕がついている」
涙を流して懇願する私の頬を、セオドア様は優しく撫でた。
「君になにかあれば、僕が責任を持つ。だから、そんな悲しいことは言うものじゃない」
「僕を、信じて」
──セオドア様が、聖女にかけるはずだった言葉。
セオドア様は宣言通り、聖女の奇跡に頼らず、自らの力のみで滅びの魔女を討ち滅ぼすことができるとされる聖魔法を習得してみせた。
けれど聖女も、滅びの魔女も現れないまま時だけが過ぎた。
私はいつかその時が来るまで、セオドア様とともに生きる事にした。
* * *
予言に記された滅びの魔女も、聖女も現れないままひたすらに時は過ぎた。
「予言なんてあてにならないものさ」
王太子から王になったセオドア様は、そう言って笑った。
アマーリエの中に私が入り込んだことで、滅びの魔女は消えたのだろうか。
王太子が聖女なしで聖魔法を習得したことで、聖女もまた、消えたのだろうか。
──私には、わからない。けれど、たしかな事が一つだけある。
「お母様!」
「おかーしゃまー!」
愛しい子たちが私の元に駆け寄ってくる。セオドア様と婚姻を結び、王妃になった私は子供を授かった。セオドア様とアマーリエの魔力を引き継いだ、強く、何よりも愛しい子どもたち。両腕を広げて抱きしめると、心の底から、深い愛情がわきあがる。
──今は、この幸福を素直に享受しよう。
たとえ私の中に滅びの魔女がまだいたとしても。私の夫と子供達が、必ず私を救ってくれると信じて。
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