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観月仕度

作者: 把 多摩子
掲載日:2023/09/28

挿絵(By みてみん)

 ねぇ、お月見をしようよ!

 君がそう言ったので、僕は詳しく調べることにした。


 月見とは、秋の澄み渡る空気に浮かぶ美しい月を眺める、という雅な風習。

 遠い昔から続くこの風物詩は、いつの時代でも人々を和ませてきたのだろう。


 供え物として、ススキ、月見団子、そして栗や芋などの収穫した農作物を用意するらしい。

 それら三種の神器とともに、冴え冴えとした月を見上げるのだ。

 

 特別感を出すために、漆器の三宝を用意してもいい。

 そこに白い団子をピラミッド状に重ねれば、芸術的な雰囲気だ。

 

 刈り取ったススキを、シンプルな一輪挿しに飾る。

 (ざる)毬栗(いがぐり)を乗せ、傍らに置いて。

 無骨なぐい呑みには、月の面影に負けないキリっとした口当たりの酒を。


 想像したら、愉快な気分になってきた。

 月見とは、心を癒すものなのかもしれない。


「ねぇ、ススキは必要なの?」

 僕が走り書きしたメモを見て、君は首を傾げた。


 鮮やかな色を好む君には、少し地味な植物かもしれない。

 でも、風に揺れる穂は、白波のようで美しいと思う。

 黄金の草原、そんな表現が似合う植物だ。

 子供の頃に見た『日本の名所百選』に、そんな光景が掲載されていたっけ。

 一度、この目で見てみたいと思う。

 そんな中で月を仰げば、迎えが来ると勘違いしてしまいそうだね。


「ススキは厄除け祈願のようなもので、来年の豊作を願う意味があるんだって」

「ふぅん……豊作を願う、ねぇ? 私たちには不要な気がするけど、 古式ゆかしく愉しむのもいいね」

 君は納得し、ふふふと笑った。


「平安時代の貴族たちは、舟の上で月見を楽しむこともあったそうだよ」

「へぇ、面白そう! でも、平安時代っていつの話?」

「十二単や源氏物語が流行った頃、と言えば分かるかな?」

「あー、なんとなく! 紫式部や清少納言ね!」

「そうそう。鎌倉幕府創始まで続いた、四百年あまりの時代さ。その頃にはすでに月を愛で、神に祈りを捧げてきた。……信心深いよね」

 

 自然を神とし、身を委ねて生活していた人々は、天候こそ神の意志だと信じていた。 

 悠然と空に浮かぶ丸い月は、それこそ神そのものだったのだろう。

 月には『神の使者であるウサギが住んでいる』だなんて、可愛らしい物語もあった。

 実際、月にウサギはいなかったけど。


「全部用意出来そう?」

 メモを指先でなぞり、君が問う。

 僕は努めて明るく、首を横に振った。

「……ごめんね。無理だから、代わりのもので我慢しよう」

「まぁ、そうだよね」

 肩を竦める君だが、こういうのは雰囲気が大事なんだ。

 代替品でも、十分想いを馳せることは出来る。

 

 そう、全て用意することは不可能。

 だって、僕たちがいるこの場所こそ、月なのだから。


 御先祖様たちが後先考えず地球を汚したせいで、人類は月に引っ越した。

 けれど、月の表面で生活することは出来ないから、地中で暮らしている。

 記録された文化遺産である地球上での生活を見るたびに、僕らは溜息を吐いた。

 この場所とは、天と地の差。


 黒い宇宙に浮かぶ、昔は青かったらしい地球という惑星を眺める。

 あれこそが、僕らの故郷。


「さぁ、月見をしよう」

 団子は、石ころ。

 ススキは、紙で作った。

 農作物は、先祖代々伝わってきた植物の種子。


 僕たちが出来るのは、月見ではなく“地球見”。

 生物が住めない地球も、月から見たら美しい。

 いつか、帰りたいね。

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