現在と過去8
会社をやめたことは思っていたほど後悔していなかった。これで別の道に進む決心がついたからだ。それは大学に編入することだった。同い年の子は結婚して、子どもができる中、オレだけが子どもに戻っていくようで決心がつかなかったが、仕事をやめたことより大学に真面目に行かなかったことを後悔していた。
高校の成績が悪かったために希望通りの学部に入れず、サークルも続かなかったので、アルバイトばかりやっていて、卒業できそうにもなく、そのまま中退した。会社をやめて、一つだけ後悔があったとすれば、アズミを一人あの会社に残してきたことだった。
やはりノートは返すことにした。せっかく覚えても、一度も使わなかったアズミのケータイに電話をかけた。もう一度アズミとの接点が作りたかっただけかもしれない。返す前にコピーをとった。これまでの記念と今後の勉強のために。
「杉本君は今何をしてるの? 私のためにごめんなさい」
返すだけと思っていたが、アズミの方から話をしてきたので、それに答えた。
「大学に編入しようと思ってるんだ」
アズミはなんでという顔をしたが、それ以上のことは追及せず、その代わりに自分のことを話し出した。
「私も仕事をやめようと思ってる」
今度はこちらがはぁという顔をしたので、話を続けた。
「杉本君がいないと、あの会社にいる意味がないの」
だってと続きを話そうか迷っているようなので、そのまま続きを待った。
「杉本君があそこでバイトをしてるのを見て、決めたんだから」
アズミはオレが返そうとしているノートに視線を移した。
「そのノートを貸した時にユーメや他の友達からあんな軽そうな男に貸して、戻ってくるわけないよと言われたから、正直諦めてた」
アズミはノートのこともきちんと覚えていた。
「でも、杉本君が他の子のコピーをとってきて、返してくれても、私、何も言えなくて、バイト先までついていったりしてたけど、全然気付いてくれなくて」
もしかして、ストーカー――アズミの今までの行動で一番アズミらしくなかった。取引先の人を怒らせてしまった時も、相手の方が悪いことは電話を代わって、すぐ分かった。
アズミはどんな相手でも面と向かって、悪いことは悪いと言える人だった。その正義感がいっぺんに崩されていくのを感じた――いや、オレも同じことをやっていた。アズミとは直接話すのではなく、影で探りまくっていた。もしかしたら、オレを同じような感情を抱いていたのかもしれない。
「杉本君が会社をやめて、私はこんな会社にいるより学校の先生の方が向いてるんじゃないかと気付かされた」
それだけしか言わなかったが、その気持ちは十分伝わっていた。それなのに、オレは森田の存在を知ってから面と向かって、自分の気持ちを伝える気になれなかった。心のどこかで森田にはかなわないという劣等感があったのかもしれない。
今日は午後からワクチン接種のために午前中の投稿でしたが、明日の投稿は副反応次第です




