現在と過去6
ユーメが結婚するという話を聞いたのはそれから一ヶ月も経たないうちだった。オレはユーメに恋愛感情を抱いていたわけではないが、その衝撃は大きかった。同い年の子が会社をやめ、結婚して、子どもを産み育てていくという選択をしたのだから。オレの周りはみんな子どもばかりだと思っていた。今から別の道に進むのは遅すぎるのではないかと考え直させた。
ユーメはオレに結婚式のスピーチを頼んだ。
「アズミがいるのに、なんでオレ?」
「アズミはそういうの嫌がるだろうし」
それなら、同郷の子でもいっぱいいるでしょ、オレは出かかった言葉を抑えた。優しいユーメは他の子には頼みにくいのかもしれない。
「杉本君がやってくれるとなんか盛り上がる気がして」
ユーメのその言葉でオレは少し考えて、引き受けることにしたが、よくよく考えてみれば、オレはユーメについてよく知らない。二年も一緒の会社にいたのに、アズミのことに夢中で、ユーメはその道具のようにただ利用していた。ユーメが怒るのも当然だと思った。しかし、一度引き受けたものを断る気は全くなかった。
それからユーメとはアズミのことではない話をよくした。すると、あの怒った顔とは別人のように幸せな笑みを浮かべた。これも松永先輩のおかげなのだろうか――ユーメの夫となる、この先輩とも話す機会が増えた。先輩と言っても、歳は一つ違いでこの会社にはオレの方が先に入っている。何が先輩かと言うと、大学のサークルの先輩だった。
中学の時から人を笑わせることが好きなオレは落語のサークルを選んだが、落語家になれるわけでもないし、何の金にもならないサークルを続けていくよりアルバイトでコツコツお金を貯めていった方がずっとマシな気がして、一年も経たないうちにやめた。それからいろんなアルバイトをして、一番長く続いたこの会社に残ったわけだ。
先輩もいじめの経験を持っていた。サークルの合宿で普段服で隠れているところに大きなアザがあるのを発見した。
「どーしたんですか? その大きなアザ」
何も知らないオレは軽い気持ちで聞いてみた。
「小学校の時にいじめにあってたんだ」
先輩は包み隠さず、そう言った。オレと同類で人を笑わせることしか興味のない先輩がつらい過去を持っているとは思わなかった。
それより驚いたのが小学校の時につけられたキズが大学生になっても残っていることだった。アズミも目に見えるところはキレイでも服で隠れているところは分からない。そんなところにキズが残っていると考えてだけでもゾッとした。しかも、そのキズをつけたのがオレが知らない男達であると考えると。
ユーメは先輩のアザのことは知っているのだろうか――ユーメのことだから、知っているからこそなおさら、惹かれたのだろう。そういう点でオレとユーメは似ているのかもしれない。オレはアズミの過去を知れば、知るほど惹かれていった――と言うか、守りたいという気持ちが強くなった。そうは言っても、オレにはユーメのような優しさはこれっぽっちもない。熱すぎず、冷たくない、ちょうどいい温かさ。




