事実と空想3
あっという間にまた夏が来た。当然のことながら、ショータからの連絡はない。こんなに待つくらいなら、教えない方が気が楽だったのかもしれない。まだ顔も見たことないノゾミのことが気になって仕方なかった。
お互い休みに入り、こちらから連絡を取ってみた。
「もしもし」
ショータは慌てて出た様子だった。やはり忙しかったのかもしれない。念のために「今いい?」と確認してみた。「大丈夫です」と答える電話の向こうではすすり泣くような声が聞こえてきた。
「ノゾミちゃん?」と聞こうとしたら、「やっぱり忙しいんで、かけ直します」と態度が一変した。
「だったら、いいよ。ただ様子を知りたいだけで用事はないから」
オレはそう言って、電話を切ったが、あのすすり泣くような声を聞いて、余計に心配になった。
それから一週間くらい経って、思わぬ人から連絡があった。ノゾミ本人だ。
最初は誰だか分からなくて、イタズラかと思って、電話を切ろうとしたが、待ってみると、ノゾミはゆっくりと自分のことを伝えた。兄のケータイの履歴を見て、かけたと言う。
ショータはケータイを置いて、学校の合宿に出かけているところで両親も共働きで昼間からうちにいることはないらしい。オレも自分のことを話すと、そうだと思ったと喜んだ。
すすり泣くような声の正体はやはりノゾミだった。ノゾミはあの日も兄からの暴力を受けていた。不登校の妹のせいで他人からもいろいろと言われないといけないのだと。
電話を切った後もショータは「またお前のせいだ。これ以上他人に迷惑かけるな」と怒鳴ったそうだ。それで電話をかけてきたことを少し後悔した。
それにしても、それだけで名前も知らない相手に電話をかけてくるとは度胸のある子だなと思った――いや、それくらいの暴力を受けて、助けを求めていたと言える。しかし、この前会った時のショータは本当に普通の子でそんな感じには見えなかった。
「お兄ちゃんは他人の前ではいい子だし――お父さん、お母さんの前でも」
「――ってことは両親も知らないわけ?」
ノゾミが電話口で頷くのが分かった。突然の相談でどうしていいのか分からなかったが、一つだけ言えることがあった。
「それなら、学校に行った方が楽じゃない? 先生や友達に相談できるし」
一瞬の間があったので、ミライみたいに落ち込ませたのではないか心配したが、ノゾミは普通に答えた。
「でも、学校に行っても、いじめられるだけだし、いじめられてることがお兄ちゃんの耳でも入ったら――」
「もしかして、いじめのことも両親は知らないの?」
ノゾミはまた頷いた。
いじめのことは確かにアズミから聞いた。両親を知らない小学校の時の話を中学の担任であるアズミが知っていたことになる。アズミはノゾミとちゃんと会って、話をしていたのだ。
オレには何も話してくれなかったが、おそらく兄の暴力のことまで聞いているのだろう。家庭問題まで口出しできないアズミは一人苦しんでいたのかもしれない。
オレはどうするのが一番いいか分からなくなっていた。もしショータにそのことを言ったら、オレの前では素直に聞き入れるだろうが、うちに戻ると分からない。場合によっては「また他人に迷惑かけやがって」ということになり、暴力がひどくなるかもしれない。
両親に話しても、同じことだ。結局、電話口ではよい方法が思いつかず、「また何かあったら、連絡して」と今度はメールアドレスも伝えておいた。




