夢と現実9
「杉本君にも迷惑かけて、ごめんなさい」
次に会った時にアズミは真っ先にそれを言った。
「私、東京に行くことにした」
「トォキョウ?」
何だか嫌な予感がしてきた。
「森田君から東京で一緒に暮らさないかと言われたんだ」
嫌な予感はまさに的中していた。オレは森田が再び東京に行ったと聞いて、安心していた。
「それで仕事はどうするの?」
オレは冷静に対応したつもりだった。
「森田君と一緒なら、私は仕事をやめてもやっていけるだろうし」
森田は司法試験にも合格し、やっと一人前の弁護士として仕事ができるようになったのだそうだが、そんなことを聞きたかったわけではない。収入の面では困らないかもしれないが、夢はどうするのかということだった。
「それって勝手すぎじゃない? 誰にも相談しないで」
これには冷静にはいられず、少し感情的になっていた。
「相談って自分のことを自分で決めて何が悪いの? それに杉本君は私の何だって言うの?」
オレはその言葉にグサッときた。確かに今のオレはアズミの何者でもなかった。以前のように職場の同僚というわけでもなく、それ以上の関係でもなかったが、それでも森田よりはずっと近くにいたつもりだった。
「この前ミライがうちに来て、何も悪いことしてないのに、謝ってた」
アズミは話を変えた。
「えっ、ミライが?」
「ミライが近くにいるんだったら、お母さんは一人じゃないし、私がずっとここにいる必要ないと思って」
オレは眠れない夜、アズミの東京での生活について考えた。アズミにとって森田と暮らすことも過去の夢だったのかもしれないが、今は現実の話だ。それは今実現しつつある現在の夢を諦めるということだ。
東京は夢を実現させる人達の情熱で満ち溢れているわけでもない。自身の夢を実現させるために他者の夢を切り捨てていく、冷静さも必要だ。そして、自身の夢も諦めて、現実に適応していく時も来るはずだ。
アズミのことだから、そこでも新たな夢を追い続け、現実には満足しないだろう。そのことを森田はどれだけ分かっているのだろうか――その時は法律で対処すればいいとでも思っているのかもしれない。