夢と現実5
次の日、オレは以前勤めていた会社の前まで来ていた。
「おぉ、久しぶりじゃないか。話でも聞いて、やってきたのか?」
通りかかった以前の上司に声をかけられ、振り向いた。
「その話って何ですか?」
「倒産の」
オレは一瞬、耳を疑った。何だ、知らなかったのかと言う上司の話に耳を傾けた。
それから先輩が出てくるまで一時間近くかかった。先輩が会社に呼ぶのにはわけがある。何か重大な話があることは分かっていたが、こんな話だとは思いもよらなかった。
「ユーメも知ってるんですか?」
「それがまだなんだ」
ユーメが知らないことぐらい昨日のユーメの様子から分かっていた。先輩はそれが言いにくくて、オレに相談しているのだ。
「でも、それは先輩から言った方が――」
オレは先回りをして、言った。
「それは分かってるけど、杉本には何か別のものを求めてた気がする」
そこでオレは動揺していることに気付いた。一年前まで働いていた会社が潰れることが決して他人事には思えなかった。それに冷静にアドバイスできる余裕なんかなかった。
「オレには会社をやめて、新しいことをする度胸はなかったからな」
先輩はそう言うが、オレが会社をやめて、大学に編入する度胸がついたのも、アズミのおかげでその前からこの先輩には支えられてきた。
「先輩は言ってたじゃないですか。夢は未来のためだけにあるわけじゃなく、今を楽しむためにあるって」
人を笑わせることの好きなオレは落語を向いているのではないかとサークルに勧誘してくれたのも、この先輩だった。
一年生のオレはこのサークルの人はみんな落語一筋だと思っていたが、四年生の先輩は就職活動をして、会社に内定が決まっていくのに疑問に思っていた。それなら、好きな会社でアルバイトしていればいいとさえ思った。
そんな時に先輩がこの言葉でサークルをやめようとするオレを引き止めたが、その時はその言葉の意味を理解していなかった。その後、この先輩も同じ会社に入ってきて、オレの判断は正しかったと思ったくらいだ。
「まだ落語家の夢も諦めちゃいけないな」
半分冗談のように聞こえたが、先輩の顔は生き生きしていた。