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吸血鬼ヴァルテル

十五世紀。家具職人だったバルナ・バラージュは、孤独な吸血鬼と恋に落ち、永遠の愛を誓ってみずからも吸血鬼となった。


何十年もの間、領主として人々から崇められ、恐れられていたヴァルテル。その正体は不老不死の力を持つ吸血鬼だった。

人知れず長い年月を生きる孤独な彼が心を開いたのは、彼の治める森に足を運ぶ男性バルナ・バラージュ。腕利きの家具職人だった。


当時、バラージュには妻子が居たが、ふたりは強烈に惹かれ合ってしまった。

人間に恋をした吸血鬼はその相手の血でしか生きられなくなり、吸血鬼と血を飲ませあう事で人間は吸血鬼となる。

身分や気が遠くなるような年齢の差も、同性である事も、人ならざる存在になる事も、承知の上だ。道ならぬ恋。茨の道を歩む彼らはますます燃え上がった。

山奥にひっそりと建つ古城で、誰にも邪魔されない二人きりの生活を送る事になる。



しかし現実は、おとぎ話のように甘くない。

二百年ほどの時が流れ、ふたりに残ったのは、冷めきった熟年夫婦のような関係だけだった。

吸血鬼が歳をとる事など無い。だがどれだけ外見の魅力が衰えずとも、互いの嫌な部分ばかりが目につき、同じ空間に居るだけでも嫌気が差してしまうまでになっていた。


やがて疲れ果てたバラージュは、ヴァルテルに破局を申し入れる。

「お互いの人生を歩み直そう。故郷に帰りたい」

もちろんふたりの間には子供も居なければ、関係を続ける事を望む者も居ない。そもそも教会で、神の御前で愛を誓い合い、祝福されたわけでもないのだ。

ヴァルテルも同意し、バラージュへ別れを告げて、まとまった額の手切れ金を渡す。新しい土地へ行ってもそれなりの生活ができるように。

かくして吸血鬼バルナ・バラージュはヴァルテル城を離れ、故郷へ戻る事となった。



故郷の小さな村でバラージュを待っていたのは、十七世紀の近代化によりすっかり変わってしまった街並みと、自身の正体はおろか顔も名前も知らない人々だった。当時家具職人として働いていた工房も、木材を切り出していた森も開拓され、妻子の消息なども分からない。


太陽の下、目が回りそうな活気に溢れた町で、バラージュは買い手のつかない日当たりの悪い屋敷を手に入れる。快適とまでは言えないものの、自由な一人の時間が謳歌できる場所だ。吸血鬼という不便な肉体と、恋に浮ついた過去の自分を嘆いても恨んでも、状況は変わらない。

それなりの先立つ物はあるし、食事も排泄も必要ない。血を吸う必要はあるが、餌になりそうな人間ならたくさん居る。餓える心配もなさそうだ。


夜の散歩が日課になり、街を徘徊していたバラージュの目に、遅くまで作業をしている工房が留まる。

「アスタロシュ工房」の表側は家具屋で、機械化が進む今でも丁寧な手作りにこだわる職人たちの小さな居場所だった。そう、バラージュが働いていた工房は取り壊されたのではなく、移転していたのだ。

懐かしさと物珍しさに、思わず扉を叩いてしまうバラージュ。吸血鬼は、中にいる人から招き入れてもらわないと入れない。

家具職人だった頃の腕や目利きはなまっていないが、革命的に進歩した物作りの技術に、興奮を抑えられなかった。容姿に反し、先祖から語り継がれた古い技術をさも見てきたかのように雄弁に語る彼を、職人たちは不思議に思いながらも仲間として受け入れてくれた。屋敷に棲む孤独な吸血鬼ではなく、夜になると訪ねてくる、少し風変わりな友人として。

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