3 僕の胸にだけ春の雷
「ばかばかばか!ジルなんて嫌い!」
旦那様と一緒に宝飾店へと出かけた帰り際。
お嬢様は久しぶりの旦那様との外出にはしゃいでいて、目の移るままに次から次へと髪飾りやブローチを身に着けていく。
「ねえねえ、どう?」
蝶を象った白金の髪飾りが、お嬢様の黒髪の艶を引き立てている。
「いいんじゃないか。うん。こっちの金のほうもどうだ」
「とてもお似合いです」
旦那様が指さした大粒のピンクダイヤモンドのブローチは金の蔦に縁どられていて、お嬢様の白い肌がなお透明感を増している。
「どう?どう?」
「うんうん。いいな。――おい君、新作はもうないのか」
「とてもお似合いです」
そのたびごとに僕と旦那様に似合うかと聞いて、旦那様は好きなものはどれだけでも選べといい、僕はその都度、お似合いですと返していて。
それが気に入らなかったのはわかる。どんどん唇がとがっていったから。
だけど僕には、様々な宝石や貴金属などお嬢様を彩るだけの添え物でしかなくて、どれもこれも構成成分や種別が違うということしかわからない。何で飾っていたとしても、お嬢様より輝いているものなんて何一つない。そこまで思考して、お嬢様は別に発光していないなと気づいた。
そこにいつものお嬢様の癇癪が落ちて、いつものことなのに、嫌いだというその言葉で回路を遮断されたかのように手足が動かなくなった。
店の前に停めたままの魔導式自動車を目指し扉を開け放ったお嬢様を、旦那様が「仕方ないな。少し離れていろ」と命じて追う。
ほんの僅かな隙だった。刹那ともいえるくらいだった。
いつもの定位置にいれば、なんということはなく僕自身も内部においたまま障壁をはれた。
いつも通りではない距離だったから四方から襲う無数の風刃を防ぐには、魔導式自動車にたどりついた二人だけを囲む分の障壁しかはれなかった。
僕が倒れても旦那様付きの腕がたつ護衛が他にも数人いる。四肢を切り落とされて投げ出された僕に、障壁の中からお嬢様が叫んだ。石畳に転がる手足は、切り口から小さな火花と蒸気をあげている。
あの障壁だけは崩さないでいれば、後は他の護衛がなんとかするだろう。
「ごめんなさいごめんなさいジルごめんなさい」
「何故お嬢様が謝罪されるのですか」
修理が終わってすぐに屋敷に戻れば、お嬢様が泣きじゃくって飛びついてきた。
「もう痛くない?痛くない?」
「僕はオートマタなので痛みは感じません。大丈夫ですよ」
「ほんとう?」
「僕に嘘はつけません」
ひっくひっくとしゃくりあげ続けながら、僕の胸元にしがみつく小さくて細い指は離れようとしない。
「ジル、嫌いなんて嘘だから。だいすきだから」
はらはらこぼれる大粒の涙は、とっかえひっかえした宝石のどれよりも透明で美しい。
人間は死んだ瞬間に重さを変えるという。オートマタにはそんな現象は起こらない。
その差である4分の3オンスは、オートマタと人間の境目にある何かだろうか。
その重さ分の隙間が人間の身体のどこかにあるのかもしれないが、僕にはそんな隙間がないはずだ。
少なくとも僕の構成図には意味のない空間など計上されていない。
だったらこれはなんだろう。
僕に痛みを感じる機能はないのに、確かに四肢を切り落とされた瞬間にも測定されていなかったのに。
完璧に修理された今、お嬢様がすがりつく胸のあたりに焦げ付くような熱と痺れと震えがある。
お嬢様が十二歳の春、婚約者ができた。
お嬢様の黒髪は六歳の頃より張りとしなやかさが増した。その巻き毛がさらに艶めくように丁寧なブラッシングを重ねていく。身の回りのお世話をするための侍女はいるけれど、このブラッシングはずっと僕が担当していた。
鏡越しのお嬢様は、湯上がりで頬をほのかに紅潮させ眠たげだ。
まだ夜は肌寒い。水色の寝衣は厚手だけれど手触りのよいお嬢様のお気に入りのもの。
明日は婚約者との初顔合わせとなるため、普段以上に侍女たちが磨き上げた肌が抜けるように白い。
「私、お嫁さんになるのよねぇ」
「お嬢様がご結婚されるのは十八歳を過ぎてからと伺っております」
「ジル、あなた馬鹿ねぇ、婚約したってことはお嫁さんになるってことなのよ」
婚約が必ずしも婚姻に結び付くわけではないことを指摘する必要性はない。求められていないことを把握するのは、求めていることを把握するより困難であると、この六年間で僕は学習した。今は黙ってブラッシングに戻るべき。
「どんな人かしら」
「十四歳で寄宿学校では成績優秀、魔力量も多く」
「そういうんじゃなくて!」
ふっくらとした唇を少し尖らせる鏡の中のお嬢様と目が合う。そういうのではなくとは。
「王子様みたいとか騎士様みたいとか」
「……爵位は」
「そうじゃないの!」
僕は自律学習型で、自ら知識を取得して学習範囲を広げ取り込むことが可能だ。同じ従者タイプのオートマタの中でも取得率や汎化性能が高いと自負しているのだけれど、まだ時々お嬢様の行動予測がたてられない。
ほら、今、お嬢様が鏡の中でくすりと笑うのも予測外だし、
「ジル、ここ、皺寄った」
手入れの行き届いた桜色の爪で自分の眉間をつつくお嬢様に、数値には出ない原因不明の震えが僕の回路を走るのも予測外だ。
ジルが笑ってくれないと六歳のお嬢様は怒ったし、七歳のお嬢様は泣いた。表情筋はきちんと働いているし、笑顔と言われる形をつくっているけれど、お嬢様は満足しない。
違うのはタイミングなのか、声のトーンなのか、それとももっと他の要因なのか、分析と試行を繰り返し続けているうちに、僕自身に組み込まれている幾多の魔術陣も改造を加えるようになった。
勿論不具合はでていない。数値上の性能は上昇している。けれど数値には出ていないのに、回路に原因不明の震えを感じていることに気がついた。
原因を探しているけれど、未だ見つからない。
再現条件がお嬢様の行動であることだけはわかっているのに、どんな行動がこれを引き起こすのか予測がたてられないのだ。
「ジル、きれいだからあげる。うれしい?」
「はい、とても」
庭で摘んだビオラを僕の耳にかける七歳のお嬢様は、僕がはいと答えてるのに違うと泣いた。
「なんでジルといけないの!」
「僕はオートマタなので」
学園に入学する八歳のお嬢様は、僕が一緒に通えないと知って泣いた。
「ねえ、ジル、似合う?」
「ええ、とてもお似合いですよ」
明日は婚約者との初デートなのだと買ったばかりのドレスの裾を持って問うお嬢様に、そう答えたら不機嫌になった。
「ねえ、ジル」
婚約者とのデートを重ねるごとに、お嬢様が僕を呼ぶことが減っていく。
髪飾りが似合うかどうかを婚約者に問うようになった。
もらった花束に顔を埋めてから微笑みを向けるのは婚約者になった。
行きたいところに最初に誘うのは婚約者になった。
いつの間にか僕と身長が並んだお嬢様は、高いヒールの靴を脱ぎ捨てカウチソファに横たわり、僕の方を見向きもしないで。
「ああ、明日はついて来なくていいわ。彼にも護衛はついてるもの」
人間は成長に従い、他者とのつきあい方に変化が現れるという。
お嬢様が僕を必要としなくなるのも成長の過程なのだと推測はできる。
けれどオートマタである僕は、他者なのだろうか。
常につき従い護る役割は僕が存在する理由であったはずだ。
主の意向や命令は重要だけれど、僕は役割を果たしてきていたのに。
今度は僕が求められていないと把握するべきなのだろうと、推測は可能だけれど、結論として決定づけようとすると回路がきりきりと音を立てている気がするのだ。
数値に異常はでていないのに。





