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2 ゆらりゆられて春を重ねる

 上流社会(ハイソサエティ)の子どもたちは、茶会を開いてはそれぞれの屋敷を訪れあって交流を重ねていく。

 参加している子どもたちの護衛は人間で体の大きな男性ばかりだから会場の隅で静かに控えているけれど、僕はお嬢様のすぐそばにいられる。

 従者を兼ねた護衛オートマタである僕が少年タイプなのは、そういった場に同行した時も周りの子どもたちに威圧を与えず場に馴染むためでもあるのだ。


「ねえ、その子アデル様の護衛なの?小さいのね」

「僕の護衛は大きいよ。ほら、強そうでかっこいいでしょう」

「……ジルは強いですわ。お父様がそう言ってらしたもの」

「えー、見えないなぁ。なんか地味だし」

「――っ」


 ……僕の姿は茶色の直毛とやはり茶色の瞳で、意図的に平均的な顔立ちでつくられている。それはあくまで主の影であり、主よりも目立つことをよしとしない立ち位置であるためだ。

 それでもやはり、自分たちと年が近い姿の僕のことが気になる子どもはこのように出てくる。


「そ、そりゃ地味、ではある、かもしれないけど」


 僕をちらちらと気にしながら、お嬢様は悔し気に整った顔をゆがめてぷるぷる震えている。さすがに他人の眼が多いこんな場で癇癪(かんしゃく)は起こさないようだ。屋敷に戻ったら爆発するだろうから、何か気を紛らわせなくてはならないかもしれない。


「でも、私のお願いは全部聞いてくれるし、優しいもの」

「優しいって、変。オートマタなのに」


 お嬢様と気の合わないジュリエット嬢が、愉快気に目を細めて笑う。確かに、と思う。オートマタに()()()という形容はそぐわない。


「それに目だって琥珀色で綺麗だし」

「そう?ただの茶色じゃないかしら。我が家に出入りしている平民の商人の目がそんな色だったわ」


 でも、でもと呟いて、お嬢様が少しずつうつむいていってしまう。


 ――僕は常に影に控えているべき従者なのだから、地味でも普通でも、そうつくられているものなのだけど。


「お嬢様」


 僕を見上げた青紫の瞳がうっすら潤んでいたから、口角をあげて笑みの形をつくってみせた。

 そばのテーブルから小皿をとり、お嬢様が持つ果実水の入ったグラスに手をかざす。

 きりきり、と囁き声ほどの音をたてて指先に小さな歯車状の光が瞬いた。それはくるくると回転しながらグラスのふちをゆっくり走る。

 ひとつぶ、ふたつぶと、果実水が飴玉のように次々丸く宙に浮いてリズミカルに跳ね踊った。


「わぁ」


 僕のことを地味だと言った令息から小さな歓声。


 ――しゃん


 涼やかな音色とともに、空中の果実水が八重咲の花の形に凍り、からんころんと小皿に落ちる。


「どうぞ」


 小花の氷菓子が山となったそれを差し出すと、大輪の花がほころぶようにお嬢様が笑った。


 会場の隅に控えている護衛や侍女たちから、ほお……と感嘆のため息がこちらまで届く。

 魔術の繊細な制御は、そのまま僕の性能をあらわすものだとわかったのだろう。

 人間に魔力はあっても魔道具を介さないと魔術は使えないし、その魔道具も用途ごとに使い分けなくてはならない。その上操作自体も技量が必要で、高度になるほど使いこなせるのはごく限られた者なのだ。


 ほらね、ジルはすごいんだからと得意げな表情を取り戻したお嬢様に、今度はジュリエット嬢が悔しそうにしていた。






「ねえジル、この本読んで」


 後はベッドに入るだけの時間。お嬢様は分厚い植物図鑑を抱えてくる。

 ……植物図鑑。お嬢様は植物に特段興味を持っているわけではないはずなのだけれど。

 受け取れば、お嬢様にはかなり重かったであろうことがわかる。

 おそらくは、そうおそらくは分厚ければ分厚いほど長く読み聞かせの時間が続くと期待しているのだろう。面白くない時間が長引いて何が嬉しいのかはわからないが、寝る前に読む本は一冊だと旦那様に決められていたから。


「では、ベッドに」

「違うの!ジルここ」


 お嬢様は、大きなクッションをいくつもソファに並べてぱんぱんと叩いた。


「……それは」

「いいの!ここ!」


 お嬢様の言う通りに埋もれんばかりのクッションを背もたれにして座り込むと、僕の足の間で満足げに鼻を鳴らして寛ぐ体勢をとる。眠気で体温が少しあがっている。僕の身体の表面は獣の皮膚を加工したものだけれど、その下はすぐ特殊陶製だからけして居心地のよいものではないはずなのに。


「――これ!これかわいいわ」


 小さな爪が示したのは青紫色の小さな花。旦那様の書斎から持ちだしたこの植物図鑑の精密画は色鮮やかに描かれている。それは春に咲く花の項目にあった。


ビオラ()、春に咲く青紫の小さな野草」

「ねえ、ジル、私の瞳と同じ色!ね!」


 膝の中から僕を見上げる青紫の瞳は確かに図鑑と同じ色をしていた。


「同じ、はい、お嬢様の色ですね。ビオラ色」


 嬉し気にくふくふと喉を鳴らしてまた図鑑を見つめるお嬢様を抱えなおして、説明文を読み聞かせ続けていくと、その次のページにくる頃にはもうお嬢様はすぅすぅと寝息をたてていた。

 僕の身体のサイズでも抱え込めるくらいに小さな身体が、巣の中の小鳥みたいに丸くなってる。クッションよりずっと硬いだろうに胸元ですりすりと頬ずりをして、白い指がしっかりとお仕着せの襟元を掴んでいた。

 起こさないようにそっと抱き上げて、ベッドへ寝かせ布団をしっかりと整える。

 かかる黒髪をよけながら撫でた頬は暖かで柔らかで、その体温は僕の胸にある魔導回路の温度をわずかにあげた気がした。


 僕は胸に手をあてて首を傾げる。その仕草はお嬢様がよくしているものだ。

 どうしたのジル、これはなあにジル、そう言って首をこてりと倒して僕を見上げる。僕は誰に何を問いかけようとしているわけでもないのに、なんでこんな仕草をしてしまったのだろう。

 ここには魔石を収めた魔導機構があり全身をめぐる回路の基盤がある。それだけだ。それだけであって他には何もないのに、何かがあるような、ないことがあることのような、そんな感覚が僕に記録されていく。


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