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推理漫画の第一話で殺されるキャラだった、私。

作者: 江葉
掲載日:2021/06/03

乙女ゲームがありなら推理漫画もありじゃない!




 真砂まさご 咲良さくらがそのことを思い出したのは、部活見学に来た新入生に説明している時だった。


「ようこそオカルト研究部へ。入部希望かしら?」

「いや~、ここの部長さんが美人だって聞いて!」

「もう、コウちゃん、失礼でしょ!」


 スケベ心丸出しでぐいぐい来る一年生男子とそれを諌める一年生女子。いまだかつてここまで初対面でいちゃついてくる見たとこ幼馴染カップルはいなかった咲良は面食らった。


 新品で少し大きな制服に身を包んだ新入生は初々しい。初々しいが、なんだか漂うリア充オーラ。幼馴染が恋に落ちるとか漫画の世界だけだろとイラッとした。


「あら、ありがとう。でも可愛いガールフレンドの前でそんなこと言っていいの?」


 美人と言われている咲良は軽く流した。背中まである黒髪にきゅっと締まった腰、細い足は自慢だが、美人と言われる顔は友人には「バーのママみたい」と揶揄されてもいる。チーママがあだ名の女子高生の前でいちゃつくな。なお胸はない。


 というか、ガールフレンドって。いつの単語だよ。そう思った咲良はふと沸いた違和感に内心で首をかしげた。


「ガールフレンドなんて良いもんじゃないっすよ~。こいつはただの、幼馴染!」


 初対面の先輩に向ける言葉使いじゃない。県内でもわりと有名な進学校なのによく受かったなコイツ。咲良はやっぱり幼馴染かと納得し、言いきられてむっとなった女子生徒に同情した。


「仲が良いのね。私は真砂 咲良。このオカ研の部長よ」


 このままでは話が進まないので自己紹介した咲良はちょっとからかうつもりで女子生徒にウインクした。どんまい。情緒が小学生で止まってる幼馴染の教育頑張って。


「俺は神智かみち 光介こうすけ

「あ、あたしは虹野にじの 花奈子かなこです」


 オカルト研究部の部室は本校舎の三階にある。図書室の隣だ。


「本がいっぱいですね……」


 部室を見回して花奈子が言った。


「骨格模型とかホラー映画のポスターがいっぱいあるって思ってた?」


 くすくす笑う咲良に頬を染めた花奈子がうなずいた。


「あの、はい……」

「前はそうだったのよ。でも部室に置いてあると女の子は怖がるでしょう? おかげで部員は減る一方。部長権限で撤去したのよ」

「本もそうですけど、ビデオもホラーよりミステリーが多いですね」


 本棚を眺めていた光介が言った。

 え、今時ビデオ? と思った咲良は再び違和感に首をかしげる。


「それは私の趣味ね。伯父が推理小説家なの」


 嬉しそうに笑った咲良が本棚から一冊取り出した。彼女の宝物、初版本だ。


「この人よ。江戸橋 三歩賞受賞、九頭竜くずりゅう 不比等ふひと!伯父のミステリーが大好きで、私はオカルト研究部に入ったの!」


 いや、なんでだよ。普通そこはミステリー研究部に入らない? ああ、そうだ。ミステリー研究部に行ったら推理作家の姪ってことでさんざんいじられたんだったわ。だから犬猿の仲のオカルト研究部に入ったんだった。


 『緋色の追求』というタイトルの初版本は日焼けして黄ばみ、何度も読み返した証明のようにところどころ汚れていた。


 このタイトルも見事に某名探偵を意識しているわよね。なんだろう、この、全体的に著作権に引っかからない程度のパロディ。どこかずれている感じがするのにこれが現実だとわかっている気持ち悪さがあるわ。


 咲良は喉元に突き刺さった魚の骨がどうしてもとれないような苛立ちを感じた。もう少しですっきりするのにどうしても出てこない。これを取るには悲惨なことになりそうな予感がひしひしする。


「あー、あの、時代遅れの……」

「コウちゃん!」


 ぽつりと呟かれた光介の言葉を花奈子が咎める。聞かなかったことにすれば咲良もスルーできたのに、どうして黙っていられないのか。

 なんだか決まった順番で動いているような気がする。


「……たしかに時代遅れかもしれないわね。でも、ミステリーはいつの時代も人の心の闇を描くものではないかしら? 古臭くて因縁のあるホラー要素に現代のトリックを絡める、伯父が書いているミステリーを求める人も一定数いるわ。湿っぽい温度を持った、血の通ったミステリーよ。ホラーもミステリーも時代によって復刻する、つまり九頭竜 不比等は不滅なのよ!」


 力説した咲良はそこで思い出した。


 このセリフ、知ってる。


 どこかで見た、いや聞いた、……違う、読んだ。とにかく記憶にある。


「す、すみません先輩! ほらコウちゃんも謝って!」

「お、おう。あの、失礼なこと言ってすみませんでした!」


 頭を下げて謝った光介は、横を向いてぼそっと何か言った。「本当のことじゃん」だ。吹き出しの外にあるセリフ……咲良には聞こえていなかった場面。なのに、知っている。


「……神智、くん?」

「はっ、はいっ」


 怒られると思ったのかピシッと光介が背筋を伸ばした。その変わり身の早さ、まるで漫画みたい。


 『神智 光介』


 日本の三大名探偵を掛け合わせた名前だ。幼馴染の少女花奈子と共に数々の難事件を解決する『神智光介シリーズ』の主人公である。


 トリック、密室、見立て殺人。古典ミステリーの血なまぐささを踏襲し、昭和から平成にかけて週刊少年誌で連載されていた人気の推理漫画。


 つまり『お前が言うな』である。とんだブーメランだ。人の伯父を時代遅れ言ってるけど、それお前のことだからね!?


「他人の「好き」を否定してはいけないわ。神智くんだって虹野さんのこと「高校生にもなって幼馴染につきまとってる痛い女」って言われたら嫌でしょう」


 ぶわっと蘇ってきた記憶をぐっと抑え、咲良はさっきから思っていたことをズバッと言った。こんなセリフ、漫画にはなかった。


「なっ、花奈子はそんな女じゃ……あっ」

「ふふっ、ほらね?」


 咲良の言葉の意味に気づいた光介はカマをかけられたと知って真っ赤になる。怒った先輩にいきなり「痛い女」呼ばわりされた花奈子が目を丸くした。


「えっ?」

「ほら、ちゃんと捕まえておかないと、横から攫われるわよ」

「うう、先輩ひどいっす」

「これが記述トリックです」


 絶対違うと思いつつ、咲良は『緋色の追求』を光介に渡した。


「とりあえず読んでみて。流し読みでもかまわないから雰囲気だけでも知ってほしいわ。好き嫌いが分かれるし、無理にとは言わないけど」

「いえ、読みます。先輩、生意気言ってすみませんでした」


 素直は素直なのよね。ただメンタル小学生というかそこは少年誌の性なのかエロ話大好きでクソくだらない悪戯大好きなだけで。正義感強い良い子なのよ。


「いいのよ。オカ研の活動日は月・水・金だけど私はたいてい放課後にいるから、暇だったら遊びに来て。虹野さんも」


 鈍感系幼馴染ヒロインは展開についていけないようでオロオロしていたが、咲良が怒っているわけではないとわかるとホッと笑った。


 二人が部室を出るのを笑顔で見送って、咲良は左右を見回した。二人の他に人がいないのを確認して部室の鍵をかける。


 それから急いで本棚にあるトリックノートを取り出した。


 これは咲良がミステリー小説を読み漁って研究した成果だ。事件の概要、トリック、犯人と被害者の位置や凶器などが細かく書き記してある。


「ああっ、私の馬鹿! なんでこんなノート部室に置いちゃうかなぁ!? 親に見つかったら『やばい子』扱いされるからですねーわかります! でも死因:自分なんて嫌すぎるっ!!」


 うわあああああっ、と叫びながら頭を掻き毟った。


「なにこれなんで記憶取り戻すのが今なの!? 普通もっと前じゃないのお約束仕事しろ! 主人公とヒロインが入学してきたってことは漫画の第一話よね? そして第一話の被害者はオカルト研究部の美人部長、つまり私っ! なに!? 自分のトリックパクられたあげく殺されちゃうの私!?」


 どうして「私」なのかそこはヒロインじゃないのかとか言いたいことはたくさんある。しかしすぐそこにある死亡フラグにそれどころではなかった。


 犯人は知っている。ミステリー研究部の二年生、名前思い出せないけどショートヘアの女子生徒だ。

 オカ研とミス研はライバル関係。犯人はある日オカ研を探りに来て、真砂咲良のトリックノートを発見する。


 作家志望だった犯人はそのトリックをパクって推理小説を書いて、それが賞を取ってしまうのだ。当然咲良はパクられたことに気づいて犯人を追及する。よりによってオカ研の部室に呼び出して、二人きりで。もうこの時点で被害者が決定している、迂闊すぎるだろ。


 とにかく追求された犯人はこのことを出版社に話すと言った咲良に逆上して、持っていた鞄で殴り殺すのだ。鞄にはミステリー小説が詰まっていて、ボキッと首の骨が折れた。


 このままでは警察に捕まりトリックを盗んだこともばれてしまう。焦った犯人は怨恨に見せかけるため咲良の顔面をぼこぼこにし、次の作品で使おうと思っていた咲良のトリックで罪から逃れようとする。


 その後は咲良から本を借りていた主人公の神智光介と虹野花奈子が謎を解いていく。姪を殺された九頭竜不比等も主人公に疑われたりするが上手いことヒントを与える役割として登場した。


 そして犯人は捕まり、不比等は咲良の残したトリックノートを元に新作小説を書き上げ、それが評価される――これが第一話だ。


 九頭竜不比等はその後もたびたび登場して主人公を助ける。なにしろ主人公は未成年なので、保護者が必要だったり取材旅行に同行したりとストーリーの関係上大人が必要なのだ。アドバイザーポジションの便利よくいるキャラ。


「何なの私の人生……。パクられてはじまってパクられて終わるわけ……?」


 不比等が咲良の名前を作者欄に載せてくれるが、死後である。死んでちゃそこで試合終了だ。


 あまりにもひどい人生に咲良は泣いた。私が何をしたっていうんだ。売れてなくても不比等の小説が好きで、大好きな伯父の力になりたいと思っていただけじゃないか。


 もはやなぜ自分がキャラに成り代わっているのかとか、前の人生はどうなったかなんて考えている余裕はない。あと微妙に違うパロディ作品にも泣けてくる。なんだよ江戸橋三歩って、仮面の二十面相とかふざけるな。本物が読みたい。


「あーっ、しかも本貸しちゃった! 主人公関わってくるフラグ~!」


 迫りくる死亡フラグの速度を自分が上げている事実の残酷さよ。何も考えずに渡してしまったがこれが原作補正というものか。怖くてまた泣いた。


「怖すぎる……とりあえずノートは持って帰ろう……」


 トリックノートは十二冊ある。我ながら人殺しのことばかり考えているようでその重さが肩に食い込んだ。


「あ……」


 とぼとぼ歩く咲良に、前から来た女子生徒がぎくりと足を止めた。


「?」


 一年生なら入部希望者かと咲良は思っただろう。どこで見分けるかというと、制服に付けた校章の色だ。一年生は青、三年生は赤、そして女子生徒は二年を表す黄色の校章を着けていた。なおこの校章は繰り返すので来年の一年生が赤になる。


 見覚えのない二年生に図書室に行くのだろうと思った咲良はそのまま通りすぎた。


 駅に着き、電車に揺られながら死亡フラグについて考える。


「今は四月……。小説雑誌に載るのっていつだっけ。というか第一話が入学直後な時点で投稿されてるよね……。受賞してもスルーしとけば大丈夫かな? でもまたトリックノート見に来るよね……」


 トリックノートがある限り死亡フラグは消えない。部室からなくなったとなれば咲良が持ち帰った以外ありえず、犯人は接触してくるだろう。

 図書館のコピー機でコピーを取れと思うが有料だし、ミステリー研究部の部員がオカルト研究部の部長のノートをコピーしたなんてばれたらミス研で何を言われるか。ちまちま時間のある時にノートを写したんだろう。その意欲を別のことに使ってくれ。


 部室は内側から鍵がかけられるが外鍵は職員室にある。顧問の先生が最後に鍵をかけるのだ。密室トリックにうってつけの仕様である。


「うーん……」


 なにしろ昭和に開始した漫画だし、あんまり覚えていないんだよね。犯人の名前も顔もさっぱりだ。ショートヘアの子だったと思うけど、ショートヘアの犯人が何人いたと思ってるのよ。自分の存在すら懐かしすぎるわ。


 トリックノートは不比等にあげよう。もし咲良が殺されても、トリックが同じなら犯人が学校にいると気づいてくれるはずだ。


 そもそもここで私が死なないと、神智光介シリーズはじまらないんじゃない?


 そこじゃないような気もするが咲良は悩んだ。だってすでにトリックノートは見られた形跡がある。つまり、犯人の殺意はすでにはじまっていると見ていい。シリーズの中には何年も前からトリック考えて準備している犯人もいたし、神智光介いないと完全犯罪完成しちゃう……。あと主人公とつるむ刑事が無能で終わる……。


 生きるべきか死ぬべきか。考えているうちに咲良は母の実家に着いた。不比等は母方の伯父なのだ。


「こーんにーちはー。不比等おじさん、いるー?」

「あらあら咲良ちゃん、いらっしゃい」

「おばあちゃん、おじさんは?」

「二階よ」


 祖母の百合子は苦笑した。デビュー作こそ賞を取ったが、今の不比等は年に一冊本が出れば良いほぼニートだ。四十代、自称小説家の冴えないおじさんという哀しい現実。それでも咲良は不比等が大好きだった。


「不比等おじさん、入っていーい?」


 二階に上がって咲良は小声で呼びかけた。執筆中は返事がない。


「咲良ちゃん? どうぞ」


 二階には後二つ部屋があるがそこは不比等の資料に占領されている。四畳半の和室が不比等の寝室兼仕事部屋だ。


「久しぶり」


 ボサボサ頭にビン底眼鏡で顔を隠し、無精髭まで生えた不比等はいかにも昭和のオタクキャラだ。次の登場会でこざっぱりしたイケメンになり「誰?」と言われるまでがお約束。中年なのに腹が出ていないし、イケメンの要素は今でもある。


「咲良ちゃん? ……何かあった?」

「え?」


 パソコンじゃなくて原稿用紙とか、ちゃぶ台に座布団とか、昭和だな~としみじみしていた咲良はドキッとした。


「悩み事? 僕で良かったら聞くよ」

「不比等おじさん……」


 座布団に座り直した不比等に、彼との思い出がどばっと蘇ってきた。


「おじさーんっ、こわいよぉっ」

「さっ、咲良ちゃん!?」


 いきなり泣き出した咲良に不比等はぎょっとした。


「どっ、どうしたの、あの『白髪三千鬼』でも泣かなかった咲良ちゃんが怖いなんてっ!?」


 不比等の膝に縋りついて泣きだした咲良に不比等はおろおろしながら慰めた。ちがう、そういう意味の怖いじゃない、今そこにある死亡フラグが怖いのだ。


「咲良ちゃん、不比等。お茶……」


 そこに百合子がやってきた。四十男に縋りついて泣きじゃくる女子高生という地獄絵図に祖母がログインした。


「不比等ー!!」

「誤解だー!!」


 このタイミングというお約束に咲良は本当に漫画だ、と涙を零した。


 瞬間湯沸かし器になった百合子を二人がかりでなんとか宥め、不比等と二人にしてもらった。


「はあ、まいった……」


 運動不足の不比等はもうぐったりしている。


「ごめん、おじさん……」


 咲良は鞄からトリックノートを取り出した。


「おじさん、これ預かってくれる?」

「トリックノート?」

「私がまとめた、ミステリー小説のトリック解説。で、こっちが私が考えたトリック」


 トリックノート最新号を呼んだ不比等の顔がこわばった。


「……咲良ちゃん、推理作家になりたいの?」

「ううん」


 それはない、と咲良は首を振った。


「最初のほう読めばわかるけど、私にストーリーは無理。キャラを考える脳みそなさすぎて断念したくらいだもの」


 ノートの序盤にかいた推理小説もどきを呼んだ不比等がすんと表情を消した。作家には耐えがたい苦痛だろう。ちらっと咲良を見るその目はかわいそうなものを見る目そのものだった。


「……学校で」

「うん」

「おじさんを馬鹿にされるの許せなくて……。何か力になれたらと思ってやりはじめたら自分でも楽しくなっちゃったの。なんかパズルみたいで」


 不比等も同じ高校に通っていたのでミステリー研究部があるのは知っている。小説家になりたい子もいるが、評論家気取りで小説を批判する部員がほとんどを占めているのだ。


「咲良ちゃん……。花の女子高生なんだからそんな殺伐としてないで、恋をするとか友達と遊ぶとかしようよ……」

「一年三百六十五日人を殺すこと考えてるおじさんに言われたくないよ」


 不比等の高校時代が本の虫だったことを知っている咲良である。ブーメランが直撃した不比等は胸を押さえた。


「このノートがどうかしたの?」

「……ここ、見て」


 咲良はノートの上の角を指差した。ドッグイヤー、ページがわかるよう角が折られている。ほんのわずかだが、たしかに跡がついていた。


「私以外の誰かがこのノート見てる。オカ研なんてほぼさぼりだから、ノートをわざわざ折って目印にする人なんかいないわ」


 そしてこのページには咲良が考えたトリックが載っている。


「……盗作?」


 しばらく考えていた不比等がその可能性を指摘した。咲良が力なくうなずいた。

 証拠はない。ドッグイヤーもノートを出し入れしているうちについたのだろうと思っていた。しかし死亡フラグの迫る今、それは犯人がつけたものと考えて間違いないだろう。


「おじさん、私が殺されたら仇を取ってくれる?」

「それは飛躍しすぎだよ」

「オカ研とミス研が仲悪いのおじさんも知ってるでしょ? ミス研には推理作家志望の子だっているし、部室にあったノートを盗作するような子なら、私を殺して隠蔽するかもしれないじゃない」


 実際原作ではそれで殺される。完全な逆恨みだ。


「咲良ちゃん……」

「わ、私っ、このノートはおじさんにって……、他の誰かに使われたくないっ。おじさん、助けて……っ」


 ぽたぽたと畳に涙が落ちた。


 原作がはじまらないとか完全犯罪率があがるとか、もはやそんなことは考えられなかった。ただ、死にたくない。死ぬのは怖い。おじさんに会えなくなるのも、お母さんやお父さん、おばあちゃんにおじいちゃん、友達とも会えなくなるのも嫌だった。私という存在が誰かの悪意によって消滅させられる恐怖。それに何もせずにいられる人なんかいない。


 姪の想いに不比等は胸を突かれた。不比等の膝の上で「おはなし」をねだっていた幼い咲良。エログロナンセンスを怖がらず、不比等の書く小説が好きだと言ってくれる咲良。高校生になっても変わらずに、咲良は不比等の一番の読者だった。


 そんな咲良がこれほど追い詰められている。

 

 これで奮い立たないほど、不比等は零落れていなかった。


「……咲良ちゃん、このノート僕がしばらく預かっていいかな?」

「うん。おじさんにあげるつもりで書いたんだし、そのまま持ってていいよ」

「ありがとう。……大丈夫、きっと僕が犯人を突き止めてみせるからね」


 瓶底眼鏡の奥が決意にきらめいている。


「うん!」


 咲良は安堵の涙で頬を濡らし、ようやく笑った。







 それから数日は何事もなかった。咲良は放課後部室に行かずにまっすぐ帰宅するか、部室ではなく図書室ですごし、一人にならないよう気を付けた。


「真砂先輩!」

「あら、神智くんに虹野さん。どうしたの?」

「どうしたのじゃないっすよー。放課後は部室にいるって言ってたのにぜんぜんいないじゃないっすか」

「探してくれたの? ごめんなさい、部室に一人はやっぱりこわくって」


 死亡フラグが。


「あ、やっぱり先輩も怖いんですね」


 花奈子が安心したように言えば、


「意外―」


 光介はあいかわらず失礼だった。


 主人公とヒロインがいれば平気かな。咲良は二人を部室に招いた。


「何か飲みたかったから冷蔵庫からお好きにどうぞ」

「そういやこの部室冷蔵庫あるんですね」

「まあね?」


 一人暮らし用の小さな冷蔵庫は過去オカ研に所属していた先輩の置き土産だ。

 疑いもせずにパカッと開けた光介は、中に入っていた骨格標本とこんにちはした。バラバラに解体されて押し込まれ、髑髏が手前に置いてある。


「ぎゃ――っっ!!」


 タダなら、と欲張っていた光介は腰を抜かした。花奈子がきゃあと叫んで咲良の後ろに隠れた。


「なっ、なんっでこんなところに入れてるんですかぁ!?」

「他にしまえるところがなかったからよ。オカ研の守り神のヤミノさんよ」

「名前までっ!?」


 光介の至極まっとうな抗議を笑って聞き流していると、招かれざる客がやってきた。


「あ、あの、真砂先輩……」

「はい? ……あら、どなた?」


 セミロングの髪に黄色の校章をつけた女子生徒だ。ショートヘアではないがピンときた。


 彼女が――犯人だ。


「二年の里田さとだ 美都英みつえっていいます。あの、お話が」

「二年生? オカ研に入部希望?」

「い、いえ、あの……」


 美都英はチラチラと光介と花奈子を見て言い淀んだ。察して出ていってほしいのだろう。


「先輩、あたしたち失礼しますね」


 気の利くヒロイン花奈子が言うが、ここで二人に出ていかれた死亡フラグが回収されてしまう。咲良は引き留めた。


「いいのよ。何の話なのか、だいたい予想してるし……。それで里田さん、お話ってなぁに?」


 花奈子は突然雰囲気の変わった咲良に光介を見る。光介はうなずき、花奈子を守るように前に立った。


「あ、あの、あの……」

「言えないの? 私はお話じゃなくて謝罪に来てくれたのかと思ったのだけど」

「……」


 うつむいた美都英が悔しそうに歯を食いしばった。


 気は弱そうだがプライドは高いな、と咲良は思った。「カッとなって、つい」で人を殺すタイプの犯人だ。


 しばらく待っても美都英は何も言わない。咲良はわざとらしくため息を吐いた。


「……作家を目指すなら盗作がどれほど嫌われるかわかるわよね? 私のトリックノートなら、誰かに見られた形跡があったから不比等おじさんに預けたわ」


 不比等がそれをどう使ったのか、咲良はまだ知らない。だが美都英の様子からそうとう叩かれたと思った。


「……んで」


 美都英が怒りに肩を震わせた。花奈子がびくりと怯えて光介にしがみつき、光介が身構える。


 怖い。けど、こっちには主人公がついてる。ここをクリアすれば死亡フラグが折れる。息を止めて足が震えそうになるのを堪えた。主人公、頼むぜ。目の前の犯行を食い止めてくれよ!


 死亡フラグを光介にぶん投げた咲良に、美都英は憎悪の形相で近づいてきた。


「なんで……あんたなんかが不比等先生の親戚ででかい顔して、あんなトリック思いつくのよ……? 美人なんだから男と遊んでればいいのにあたしの邪魔をして……なんで、なんであんたばっかりぃぃっ!!」


 美都英が持っていた鞄を振り上げて咲良に襲いかかった。


「っ!」

「先輩っ」

「やめろ!」


 足が竦んで動けない。スローモーションのように迫る鞄に咲良はとっさに目をつぶり、両腕で頭を守ろうとした。

 ガッ、と音がした。しかし痛みは来なかった。


「え……」


 恐る恐る目を開けると、美都英が鞄を取り落として顔を押さえていた。足元には本。咲良が光介に貸した、不比等の『緋色の追求』だった。


「な……っ」


 ナイスだ主人公! さすがは主人公! それでこそ主人公!

 咲良が脳内で主人公万歳を叫んでいると、


「なんでよおおっ」


 犯人の美都英が泣き崩れてしまった。

 三人とも慰めることもできず、突然の凶行に呆然としている。


「咲良ちゃん、無事かい!?」


 そこに不比等がやってきた。ようやく硬直が解けた咲良が不比等に抱きついた。


「不比等おじさん!」


 不比等の名前に美都英が顔を上げる。直撃だったのか、鼻血が垂れていた。嘘泣きだったらしく涙の痕すらない。


「え……不比等先生って……」


 ボサボサ頭に瓶底眼鏡、皺くちゃのシャツを着た不比等に目を丸くする。落ちた拍子に開いた表紙裏、作者近影の写真には若かりし頃の不比等がいた。お世辞でも何でもなくイケメンだ。


「コウちゃん、すごい!」

「いや、とっさに投げてた……」


 主人公とヒロインは空気を読まずにいちゃついている。

 作者近影と今そこにいる不比等を見比べていた美都英は、真っ白に燃え尽きたように肩を落とした。


「なによこれ……ぜんぜん違うじゃないの。イケメン作家と親戚なんてずるいって思ってたのに……っ。あたしの憧れ返してっ」


 どうしようもない本音の叫びに、咲良はやっと死亡フラグが去ったことを悟った。


 推理漫画のオチはコメディで。読者の精神を安定させる気づかい大事だ。主人公とヒロインのラブコメが王道です。あ、やってますね。


 死ななくてすんだことにホッとした咲良は光介と花奈子のやりとりに苦笑し、美都英の肩をぽんと叩いた。


「これが現実だよ」

「現実って残酷~!」


 それな。


「えっ、解決したのに僕ひどい言われようなんだけど……」


 しょんぼりする不比等に、咲良は泣き笑いの表情でもう一度抱きついた。


「最高にかっこよかったよ! 不比等おじさんはやっぱり私のヒーローだ!」







 死ななくてすんだ咲良はそれからも普通に学校に通っている。

 盗作を咎められた里田美都英はまだ学生、未成年であったことが考慮され、受賞取り消しと咲良への謝罪だけで済んだ。編集部は激怒したものの、文才は本物なので他のジャンルで試してみたら、と勧めたらしい。実体験に勝るものなしというか、殺意に至る狂気で一皮剝けた美都英は、今はホラーを書いていると笑顔で咲良に語った。地獄のドアをものすごい勢いでノックしている。


「二人とも、しょっちゅう遊びに来るけどオカ研に入部する?」


 そして光介と花奈子はあれからも咲良に会いに来た。


 なんだか懐かれちゃったけど、この二人たしか別の部に入るんじゃなかったかなぁ。たしかヒロインはテニスかなんかでパンチラを披露していた気がする。主人公は友人に誘われてあちこちの部に顔を出しては殺人事件に巻き込まれてたけど、オカ研は第一話くらいしか出てこなかったはずだ。そういえばおじさんも結局ノートを使ってくれなかったし、どうなってるんだろう。


 咲良が殺されなかったので第一話で知り合って仲良くなる刑事も結局登場しなかった。漫画がはじまっているのかどうかもわからない。


「コウちゃんはここなら堂々と学校で漫画が読めるのが嬉しいんです」


 花奈子がため息を吐きつつそう言った。止めなかったのか止めても止まらなかったのか、隠れて持ち込んできたのか、どっちだろう。たしかに学校で漫画読む背徳感というか楽しさは、咲良にもわかった。


「ホラーって漫画のほうが多いわよね」


 しょうがないわね、の意味に光介の顔が輝いた。本棚のラインナップを見た花奈子の顔が引き攣る。


「でも、部の予算で買うのはホラーかミステリーよ。週刊誌持ってくるなら自費でね!」


 そこは釘を刺した。がっくりと光介が崩れ落ち、花奈子が呆れ顔になる。


 主人公とヒロインはいるけど、私の周りが平和ならまあいいか。日本の警察も高校生に頼るほど暇じゃないでしょう。


 そうのん気に思っていた咲良は、今後二人と付き合っていくうちに覚えのあるところに連れていかれ、思いだしたトリックを先に暴露して事件を阻止するというファインプレーを連発することになるのを、まだ知らなかった。




犯人目線漫画大好きです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 短編にするのが惜しい滅茶苦茶面白いストーリーだな 時代的に金田一少年が頭によぎったわ
[良い点] 面白かったです!。 短編にするには惜しいキャラ、設定かと。 [一言] 伯父さんを叔父さんにしてもうちょっと歳を若くして 実は血が繋がってないご都合展開にすれば 女子高生とのラブコメもなんと…
[良い点] 面白かった キャラもいいしストーリーもいい 最後のオチも記憶保持者という強みをきちんと補完しきってて見事という他ない [一言] 作者近影が出てくる部分が一番好き 事前に本を貸してたあたりを…
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