11話 登校
11話です。
「火神?」
俺がいつも座っている端の特等席に座っていたのは少し茶色がかった髪をした自分と同じ制服の男子。この二つの特徴から火神だと考えられる。
本当に火神か目を細めて顔を見ようとすると、火神らしき人物はこちらを向いた。
あっ、やべっ
一気に冷や汗が、首や背中などをつたう。冷房もこの時だけは効かなかった。
当然、顔をガン見していたため火神らしき人物と目がバッチリ合った。さっきまで俯いていた顔が見えると完全に火神だということが分かる。
俺は咄嗟に目を離そうとしたが合ってからでは遅い。火神はこちらを見ながら微笑ましく手を振ってきた。
前までなら俺を見ても何もしてこなかったと思うが、今の俺は有名人と言っても過言ではない。そんな有名人を見て手を振るのは当たり前だ。
俺は、やむを得ず人でぎゅうぎゅうな空間で出来る限り手を振り返す。振り返すと火神はニコッと笑みを浮かべまた俯いた。
寝てるのか?
俯いた火神はそれから微動だにせず、どうやら寝ているようだった。どうせゲームとかで徹夜してまた遅刻だろう。だらしない。
しかし、俺も人の事を言っている場合ではない。その遅刻大魔王がいつも乗っているであろう電車に俺も乗っている。
遂に俺はめでたく遅刻大魔王の配下に加わってしまったのだ。(全然めでたくない)
これ以上最悪な事があるだろうか?
このままクラスメイトに遅刻常連というレッテルがはられたら俺はクラスメイトから距離を置かれてしまうかもしれない。理由は遅刻大魔王が現にそうなっているからである。
そんなことになったら平和主義の俺にとっての平和という文字が一気に崩れ去っていくことになる。
まあ、松島のせいでもう平和のへの字も原型留めてないんだけどな。 だから別にそういうレッテルはられたとて·····
崩れたあとの砂山に手でつんつんとやっても何も変わらないのと一緒の原理だ。
いやいや、ちょっと待て。 なんで俺はこんな考え方になってんだ。 これじゃもう平和を諦めてるみたいなもんじゃないか
今は平和ではないかもしれない。しかし、「人の噂も七十五日」というではないか。これが本当だとするとあと75日で俺の平和は返ってくることになる。
だから余計に俺の平和を乱すものを増やすと75日どころの話ではなくなってしまう。
よし、電車降りたらダッシュだな
そう決心すると同時に上から電車のアナウンスが聞こえてくる。
「いつも当電車をご利用頂きありがとうございます〜。 次は終点、陽向、陽向でございます〜」
アナウンスの数十秒後、向かい側の扉が開く。
陽向駅の周りにはとにかく会社が沢山あるので必然的に電車内はサラリーマンばかり。そのサラリーマン達が一斉に電車の扉に向かって流れ出す。
俺はそのサラリーマン達の押し合いに揉まれながらもなんとか流れに乗ることに成功し窮屈な電車内を脱し、駅から出た。
「はぁ」
俺は、家から最寄り駅までの走りといい、今の事といい疲労しきっていたがここまで来たら引けない。
今の時刻は8時10分。登校時刻まであと10分ほど。
歩いたら学校まで20分ぐらいかかると思うが走ったら話は別だ。
俺は残りの体力を振り絞り学校までの直線的な道を走り出した。
「ふっはっふっはっ」
走る度、俺の息を吸う音が大きくなっていく。その音に同調するように日差しもだんだんと強くなっている。
そして、学校への道の途中にある公園に差し掛かると自分の息を吸う音と別の同じような音が後ろから聴こえてきた。
「ん?」
誰が走っているのか気になり俺は走り続けながら後ろを振り向く。
「え」
後ろに見えるのは微笑みながら走る火神。火神の髪からは汗が滴り地面に丸い跡がついているのが見える。
しかし、そんなことよりも俺は「火神が学校に急いで行っている」という光景を目にし唖然としていた。
「やぁ、笠柳くん」
走っている俺の横に並び俺と同じペースで走りながら話しかけてくる火神。
「え、あ、おう」
「どうしたの? そんな顔して」
「え、あ、いや、ちょっと驚いた事があってな」
「驚いた事?」
不思議そうに見つめてくる火神。
俺は別に隠す必要もないので驚いた事について話す。
「いや、いつも遅刻してるのに急いではいるんだな」
「そりゃあ、そうだよ。 学校にはちゃんと登校時間が決まってるんだから」
火神は一瞬キョトンとした顔をしたがまた輝かしい笑顔に戻って言った。
しかし、俺は火神の返答に疑問を抱く。
「じゃあ、なんでこんな遅刻ギリギリみたいな時間の電車に乗ってるんだ?」
火神は登校時間が決まってるから当然早く行くと言っていたが、そうならあんな遅刻ギリギリの電車に乗らなければいい。普通に早い時間の電車に乗れば余計なリスクも無いはずだ。
なのになぜ?
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