8章 アイルの能力
トムにジャンプしてみるように言われて飛んでみると、自分が恐ろしく飛び上がる事が出来るのに驚く。
8章 アイルの能力
翌日、トムと一緒に山を降りた。
結構な高齢に見えるのだが、杖はいるのか?と思う程、トムはタッタッと山を降りていく。
アイルも大きなサンダルなので歩きにくいが、一向に疲れない。 一気に駆け降りて行けそうなほど体が軽い。
それよりも、トムの息遣いから心臓の鼓動、遠くで鳴いている小鳥の声や虫の声までが鮮明に聞こえる。 だからと言って、よく聞こえ過ぎてうるさいという訳ではない。
聞き分けられるのだ。
いつもの感覚と違う事に戸惑う。
「大丈夫か?」トムが振り返って聞くので、アイルは頷く。
「こやつ、平気で付いて来よるわ。 わしも歳を取ったのう」
トムは少し息を切らしながら小さな声で呟いたが、アイルには丸聞こえだった。
僕を引き離すつもりだったのか? この爺さん。
◇
麓の村の商店に着いた。
「おや? 先生、どうしたのですか?······あら、あの子は?」
「ふむ。 アイルはしばらくここで待っていろ」
そう言うと、トムは女店主と店の奥に入って行った。
奥で二人は小声で話している。
「先日の帰りに山で拾いましてな。 アイルに服と靴を買ってやるために降りてきたんじゃ。 あれに合いそうな服はありますかな?」
女店主は奥から顔をのぞかせ、アイルを見る。
「そうねぇ······あぁ、良さそうなのがありますよ。 少し大きいかもしれませんが、育ち盛りなので大丈夫でしょう?」
「任せますよ」
「ところで先生。[アイル]って、先生が昔可愛がっていた犬の名ですよね? 同じ名前ですか?」
「ハハハハハ、わしが奴につけたんじゃ。 名前を思い出せないと言うからのう。 良い名じゃろう? 呼びやすくて。 しかし、このことは内緒じゃぞ」
小声で話しているが、アイルには丸聞こえだ。
あの爺さんったら······
少し大きめの服と靴を買ってくれた。 さっきよりもずいぶん動きやすい。 それ以外にいくつか小物を買って家に戻った。
◇
家の庭に着くと、トムが振り返った。
「アイル、ちょっとあの木の枝を取ってみろ」
······何を唐突に?······
アイルは上を見上げた。 家の横に生えている高い木の枝が横に伸びてきている。
『えっ? 屋根より高い位置にある枝の事か? 届くはずないだろう?』
アイルがトムを見返す。 トムがやってみろと、アゴで示す。
仕方がないので思いっきりジャンプした。
「わぁぁぁ~ぁ~~ぁ~~~っ!!」
取ろうと思った枝をはるかに通り過ぎ、高い木のまだ上まで飛び上がってしまった。
「わぁぁぁ~ぁ~~ぁ~~~っ!!」
今度はその高い場所から落ちる。 こんな高い場所から落ちたら死ぬ!!
なす術もなくその木の中に落ちて行く。
ザザザッ! バキバキバキ!
葉っぱをまき散らし、枝を折り、体を顔を腕や足を枝にぶつけ、ドンッ!と地面に落ちた。
「って~~!」
とは言ったものの、大した痛みじゃないし、どこにも傷が無い。 慌ててトムが駆け寄ってきた。
「大丈夫か? 思った以上じゃったのう。 しかし、ここまで凄いとは思わなんだ」
アイルは立ち上がりながら、分かっていたの?と、トムを見上げる。
「アイル、お主は風と炎も操れるのじゃろう?」
「操っているわけでは······」
アイルが初めてまともに返事をしてくれて、トムは少し驚き、喜んだ。
「ふむ。 しかし、分かってはいるのじゃな。 よし! 今日からアイルを鍛える事にしようぞ」
「こんなに力が強いのに、もっと鍛えるのですか?」
トムは頷く。
「アイルに初めて会った時、お主は我を忘れておった。 わしを必死で威嚇したのじゃ。
まるで、怯えた小虎のように······何かとんでもなく恐ろしい目に合ったのじゃろう」
アイルはうつむき、唇をかんだ。
「さっきの様子じゃと、アイルのその力は昔からあったわけではなさそうじゃのう」
アイルは頷く。
「ふむ。 そして恐怖か怒りかはわからんが、そういうものがきっかけで力が暴走するのじゃろう」
「·········」
トムは無言を肯定と受け止めた。
「大きな力を手に入れてしまったからには、うまくコントロールをしなければ、思わぬところで大きな被害を出してしまう。 力をコントロールできる心と技量が必要じゃ。
技量があれば心に余裕ができる。 余裕ができれば力をコントロールすることも可能になるじゃろう」
アイルは、トムの一言一言に聞き入る。
「力を暴走させるな。
コントロール出来てこそ本当の力と言える。
心を静める術を身に付けろ。
微力ながら。わしに手助けをさせてくれんか?」
アイルはトムを見つめた。 この人は信用できる。 自分を救ってくれる人だと直感した。
居住まいを正して頭を下げた。
「先生。 よろしくお願いします」
「ふむ。 そうじゃ、ちょっと待っておれ」
トムは枝を削って、2振りの木刀を作り、1振りをアイルに渡した。 そして木刀を構えた。
「思いっきり打ち込んで来い」
「先生、いいのですか? 多分僕はかなり早いですよ?」
絶対自分の方が早いと確信があった。 こんな老人相手に練習になるのかと実は少し不安に思う。
「ふむ。 アイルは剣の経験は?」
「ありません」
「いくら早くても、まだまだ素人には負けんよ······多分······遠慮せずに打ち込んで来い」
多分って······まぁいいか。 本気で戦うわけではないし。
アイルは遊びで棒切れを振り回したことがある程度の腕だが、今は神経が研ぎ澄まされている。 負ける気がしなかった。
「分かりました。 行きます」
上から打ち込み、右から二回、また上から打ち込んだ。
カンカンカン!コン!「いてっ!」
全て受けられ、最後にトムの木刀で頭を打たれた。
「ハハハハハ! 確かに早いな。 普通に人にはかわしきれんじゃろうが、わしには通用せん。 剣筋が丸見えじゃ。 もう一度」
「はい、行きます!」
本気で打ち込むが、今度は腕を打たれて木刀を落としてしまった。
それにしてもトムの木刀の動きがまるで見えない。 動体視力もずいぶん上がっているみたいなのに、対応できないのだ。
「分かったか? 剣術······いや、武術は奥が深い。 しっかり身に付ける事で、手加減もできる。 余裕が出来てこそ感情のコントロールも容易になる。 分かったな」
「はい!!」
◇
それからは炭焼きの仕事を手伝いながら、空いた時間に武術訓練をした。
また、走る練習や飛ぶ練習に、精神統一の修行もして、半年もしないうちにトムに余裕で勝てるようになった。
「もう、わしに教える事が無くなってきたな。 しかし、鍛錬はおこたるなよ」
「はい!」
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〈主人公〉
レイス・フォルト = (偽名)アイル = (あだ名)エンデビ
〈元友人〉
ゴルド・レイクロー(悪魔に心を乗っ取られた男)
〈先生〉
トム・ハミルトン (元将軍)
傭兵エンデビの誕生ですね。 見事な剣さばきは、トム·ハミントン将軍の直伝でした。
( ´∀` )b