7章 トム·ハミルトン
将軍職を引退したトム·ハミルトンは、山の上で一人で暮らしていた。
ある日、山の中で一人の少年と出会う。
7章 トム・ハミルトン
――― 5年前 ―――
トム・ハミルトンは将軍職を退位してから、体の弱い妻と二人で療養を兼ねて郊外の村でのんびり暮らしていた。
しかし妻が病気で亡くなってからは、ヴェールス国とエルオゼア国の間にある小高い山の上に籠り、炭を作りながら1人で暮らしていた。
月に一度、麓の村まで買い出しのために山を降りていく。
80歳に近い年齢とは思えぬ足取りだが、長年の古傷が痛むことがあるので、山を降りる時だけは杖に頼っている。
身長が190㎝以上はあり、今はかなり痩せたが、若い頃はビッグベアと呼ばれるほどの小山のような体躯だった。
太い眉も真っ白になり、口周りに生えた長い髭も、後ろで1つに束ねた長い髪も、もちろん真っ白である。
しかし、その凛とした佇まいは昔のままだった。
◇
村の商店に入った。 村に一つしかないこの商店は、あらゆる物が置いてある。
「先生! いらっしゃい。 体の調子はいかがですか?」
ポッチャリして優しそうな女店主が奥から出てきた。 亭主を4年前に亡くし、40過ぎのこの女店主が一人でこの店を切り盛りしている。
トムは「先生」と呼ばれている。 初めの頃は「将軍」と呼ばれていたのだが、もう退位したからと言うと、みんなが先生と呼び名を変えてくれた。
「相変わらずですな」いつもの挨拶代わりの会話だ。 そこには日用品や食料を、大きな袋に詰めて置いてある。
「もういらっしゃる頃だと思ってまとめておきました」
「いつもありがとうございます」
女店主はトムから背負子を下ろして荷物を縛り付けてくれた。 その間にトムは「よいしょ」と椅子に座る。
「先生、どうぞ」
昼食を出してくれるのを、トマスは美味しそうに食べた。 これもいつもの事だ。
「お一人は寂しいでしょう」
「ハハハ、気楽でいいもんですわい。 しかし予定の日を10日過ぎて降りてこなければ、見に来て下され。 動けなくなっているか、死んでいるかじゃろうからな」
「もう! 先生、縁起でもない」
「ハハハハハ!」
これもいつもの会話だ。
しばらく他愛のない話をしてから、トムは「よっこらしょ」と立ち上がり、荷物を載せた背負子を背負って山に戻って行った。
◇
帰り道の途中、ガサッ!ガサッ!という物音に杖をグッと握り構える。
音のする方を見ると人が立っているのが見えた。 それも所々黒く焦げたパジャマを着た少年のようだ。
近づくと、少年はカッ!と真っ赤な瞳をこちらに向けた。 よく見ると牙が唇からはみ出して見える。
「魔物か?」と思ったが人間だ。 何があったのかはわからないが、どうやら正気を失っている。
もう一歩近づくと、少年のまわりでザワザワと風が吹きだした。 最初はただの風かと思ったが、次第に少年のまわりで渦巻き始める。 そしてポツポツと小さな炎が風と共に渦巻く。
いかん! 何とかしなければ!
背負子を下ろし、刺激しないようにゆっくりと少年に近づいていく。 少年は牙を剥きトムを威嚇するが、襲って切る気配はない。
少年の様子を見ながら風の渦の中をゆっくりと近づく。 落ち葉や折れた枝が風に舞い、トムを傷つける。 そして時折炎が当たり、服や髪を焦がす。
「大丈夫じゃ······大丈夫じゃ······何もせんから落ち着け」
優しく声をかけながら牙をむく少年にゆっくりと近づく。
そして優しく抱きしめた。
「大丈夫······だれもお前を傷つけたりはせん。 大丈夫じゃ······大丈夫じゃ······」
背中を優しく撫でながら、耳元で囁く。
すると風が少しずつ治まってゆき、少年の瞳の色が明るいブルーへと変わり、牙もなくなっていった。 そして少年はそのまま気を失った。
トムは自分の家と下の村を見比べていたが、下の村にこの少年を置くのは危険だと、山の上の自分の家に連れていく事にした。
「この子を上まで運ぶのは、一苦労じゃな」
そう呟いて、少年を肩に担ぎ上げた。
3日後、レイスは目覚めた。(子供の頃の話しなのでアイルではなくレイスと記述)
「ここは······」
見た事のないログハウス風の小屋で、壁には色んな物が吊るしてあり、部屋の隅には剣までが吊るしてあった。 そして、自分が寝ているベッド以外には、小さな木造りのテーブルと二脚の椅子。 釜戸と水桶と、いくつかの木箱が置いてあるだけだった。
小屋の外に誰かがいる気配がする。
見に行こうとベッドから降りると、自分が見慣れぬ服を着ている事に気がいた。 ダブダブの大きな服だ。
足元にはサンダルが置いてあったが、これも大きなサンダルだった。
「あ、水を飲んでる」
表の気配が異様によく解る。 なぜか表にいる人の水を飲み込む音まで聞きわけられる。
不思議に思いながらサンダルを履いて表に出てみた。
何かを燃やす匂いに交じって、木の匂いや土の匂いまで鮮明に鼻孔をくすぐる。
「目覚めたか」
コップを手にした白髪の老人が家の裏から顔を出した。 もちろん知らない顔だ。
アイルは少し警戒しながら老人の顔を見つめる。
「3日間眠っておったわ。 お主が一人で森の中にいるのを見つけて、連れてきたんじゃ。 何も思い出せんか?」
その時、恐ろしい光景が脳裏をよぎる。
······あっ!
思い出した。 思い出した! 思い出した!!
お父さんが、お母さんが、ゴルドに無残に殺された!
目の前で肉塊となり、血が飛び散った。 それを見てゴルドは笑っていた。
ゴルドが。 ゴルドが! ゴルドが!!
怒りに震え体が熱くなる。 すると、自分の周りに風が吹き始めた。
そうだ······両親が殺された後、何かが起こった······?!
······ 風? ······
······ 炎? ·······
なにか恐ろしいことが起こった気がする!! それも自分が······
その時、フワッと何かが自分を包み込んだ。 さっきの老人だ。
「大丈夫じゃ······落ち着くんじゃ······大丈夫じゃから······」
フッと我に返った。 この老人の声は妙に落ち着く。
俯いたまま、老人から一歩下がって離れる。
「落ち着いたか? ほれ、水を飲め」
レイスは老人が差し出す水を受け取り、一気に飲み干す。
「わしの名はトム・ハミルトンじゃ。 お主は?」
「·········」
「名前を忘れたか?」
「·········」
忘れた訳ではなかったが、なぜか言えなかった。
「そうか······名前がないと不便じゃのう。 じゃあ······[アイル]はどうじゃ? 良い名じゃろう? お前さんは、今日からアイルじゃ。 良いな」
アイルは頷く。(再びここよりアイルと記述)
「とにかく、アイルの服と靴を買わんといかんな」
アイルのダブダブの姿を見回した。 160㎝ほどのアイルには、190㎝以上あるトムの服は大きすぎる。
翌日、麓の商店まで行こうと言われた。
アイルはまわりを見回している。 見慣れぬ場所で木々の間から見える麓の村も見覚えがない。 それを察したトムが答えてくれた。
「ここか? ここはエルオゼア国とヴェールス国の中間あたりある山の上じゃよ」
そんな所まで来たんだ。
あの後のことはよく覚えていない。 家が燃えて、その場にいてはいけないような気がした事は覚えている。 どうやってこんな所まで来たのだろう。
その時、壁に叩きつけられた母親の姿と、無残に殺された父親の姿が再び脳裏を横ぎった。
苦しいほど胸が締め付けられる。
今度は瞳が赤くなる代りに涙があふれだした。
「······お父さん······お母さん······」
ヒック、ヒックと泣き出すアイルを大きな体が優しく抱きしめる。
「我慢せんでいい。 泣いていいんじゃよ」
その言葉を聞いて、アイルは声をあげて泣いた。
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〈主人公〉
レイス・フォルト = (偽名)アイル = (あだ名)エンデビ
〈元友人〉
ゴルド・レイクロー(悪魔に心を乗っ取られた男)
〈先生〉
トム・ハミルトン (元将軍)
アイルはトムに心も体も救われました。
暫くトムと暮らす事になったアイルは·····
(゜_゜;)