4章 アイルの心の扉
目的地に着いて暫くの休暇。
アイルは三バカトリオに呼び出される。
4章 アイルの心の扉
目的地の[デボリント国]の首都[ピール]に着いた。
傭兵の仕事は道中だけなので、街に入ると一旦休みだ。 帰りも頼まれているので、5日間の休暇となる。
片道分の報酬を受け取って街に出た。
アイルは街に入るといつも古本屋と図書館巡りをして時間を潰す。
三バカトリオが探してくれた宿に荷物を置き、街に出る。
街ゆく人達がアイルを見て振り返る。 男も女も。
女達はアイルの顔に見惚れるか、じっと顔を見ながら指を指したりコソコソ話をしたりして通り過ぎる。 男達は女か男かを見極めようと覗くように見てくる。
いつもこの視線には閉口する。 自分の顔であれこれ言われるのは好きではないのだ。
途中の小間物屋で目元を隠すマスクを見つけた。 木で作られた黒っぽいマスクで、付けてみるとしっくりくる。
それを買い、マスクを付けて歩くと違う意味で見られるが、それほど興味を惹かれないので気に入った。
古本屋で本を1冊買って宿に戻ると、部屋の前で三バカトリオが待っていた。
三人ともマスク姿のアイルに驚く。 ランドルがアイルの顔を覗き込んだ。
「アイルさん! それ、カッコいいっすね!」
「俺も付けようかな」と、ヨシュア。
「お前が付けたら、ただの強盗だぞ」
ガンスがガハハハッと笑う。
「それは酷いっすよ」
ヨシュアはうな垂れた。
「あっ! そうそう、ホグスさんが晩飯を一緒に食べようって」
「アイルさんを引っ張って来いって言われてきました」
「来てくれますよね!」
今までこういう誘いは全て断ってきた。 極力人と関わりたくなかった。
しかしこの三人には敵わない。 ゴツイおっさんが三人そろって上目遣いに両手を合わせて懇願してくる。
一回り近く上の人達に言うのは失礼だが、何だか可愛い。
いい距離を保ちながらも、一生懸命世話を焼いてくれる。
ほんの少し心の扉を開いてもいいと思った。
「分かりました」
「「「よしっ!!」」」
三人は飛び上がらんばかりに大喜びだ。
やっぱり可愛い。
三人に案内されたのは酒場だった。
「この店は食い物が美味いって評判なんっすよ」
「美味い酒もあるらしいっすよ」
「可愛いお姉ちゃんは居ないらしいけどな」
アイルはこういう酒場には初めて入る。 いつもは一人で食事処に入るか、出店や屋台で済ませるのだ。
中は思ったより広い。
座席の数は50席程だが、贅沢にテーブルの間隔を取っていて、大きめのテーブルには酒と食べ物が沢山並べられ、酒を片手に大きな声で話し笑い合っている。
カウンターの中には所狭しと見た事もない色んな酒が並び、ウェイターが忙し気に殆ど満席のテーブルの間を動き回る。
真ん中辺りの席にホグスとマルケスが座っていた。
ホグスが三バカトリオを見つけて手を振るが、アイルを見て一瞬手が止まり、再び思い直したように手を振る。
他の客もマスク姿の男を振り返って見るが、直ぐに興味を失い、自分たちの話に専念し始める。
「初めてだなアイル。 誘いに乗ってくれたのは。 ところで、それは何だ?」
「いえ······」
アイルはちょっと気恥ずかしくてマスクを外し、テーブルの上に置いた。
すると周りがザワザワし始めた。
「女か?」
「いや、男だろう」
「傭兵か?」
「大層な剣を持っているが、使えるのか?」
「綺麗な姉ちゃんだな」
あちらこちらでそんな声が聞こえる。
「待て、あの長剣······まさかエンデビじゃないのか?!」
そう言う声が聞こえた。 アイルの正面のテーブルに座る男達が気付いたようだ。
「あの顔で? よし、俺が確かめてやる」
だから顔は関係ないだろう?
「やめとけ」と、横の男が静止するのを振り払い、ほろ酔い加減の髭面でゴツイ体格の男が立ち上がった。
それに気づいたホグスとマルケスと三バカトリオがガタガタと椅子を引いて立ち上がり、髭男とアイルの間に立ち、行く手を塞ぐ。
髭男はアイルから視線を外しホグス達を見回した。
「何だ? お前ら」
「俺達に何か用か?」
「あのお姉ちゃんが本当にエンデビか確かめようと思ってな」
ホグスの横からアイルを覗き込む。
「確かに彼はエンデビだよ。 もういいだろ? 放っておいてもらえないか?」
ホグスは一歩前に出る。 体格的には同じくらいだ。
「のけよ!」
髭男がホグスに向かって拳を振り上げた。 しかし、振り下ろす前に誰かに腕を掴まれた。
「へっ?」
振り向くと、さっきまで前に座っていたはずの綺麗な男の顔が後ろにある。
「えっ?えっ?」
さっきまでアイルが座っていた席と後ろにいる綺麗な男を何度も見返す。
いつの間に?
「放せよ! グッ!」
我にかえって掴まれた腕を振り解こうとしたが、ピクリとも動かない。 アイルは抵抗する男の腕をゆっくり下ろしてから離した。
「確かに僕がエンデビと呼ばれていますが、何か?」
少し上目遣いにニッコリと笑いかけてみる。 すると髭男はボン!と、音が聞こえるくらいに耳まで真っ赤になった。
「あ···いや···その······そうか···それならいいんだ。 ハハハ······」
男は「チクショウ···可愛いじゃないか」と、ブツブツ言い、腕をさすりながら席に戻っていった。
驚いたのはホグス達である。
「アイル······お前······笑えるのか?」
ホグスとアイルの付き合いは長い。 今までに何度も一緒に護衛をしてきた。 しかし、一度も笑ったところを見た事が無かった。
「当たり前ですよ」
そう言ってホグス達にも笑いかけて見せた。
「おっと······」
マルケスは平気だったが、他の四人はなぜか真っ赤になっている。
「飲みましょう」
アイルは真っ赤になっている男たちを放っておいて先に席に着いた。
ちょっと不思議だ。 自分の笑顔にこんな威力がある事を始めて知った。
しかし、何年ぶりに笑っただろう。
また心の扉がギギッと、少し開いた。
◇
その夜は久しぶりに楽しんだ。 相変わらず喋らないし笑わないが、楽しんでいるのがガンス達にも分かり、いつも以上にはしゃいでアイルを楽しませてくれた。
そしてアイルは初めて飲む酒を楽しんだ。
思ったより美味しい。 ただし、いくら飲んでも酔わないが、まわりの人達が陽気に酔っていくのを見るだけでも楽しかった。
そして、店の客達やウェイターまでもが何人もアイルに握手を求めてきた。 ガンスがマネージャーでもあるかのように来る人来る人をチェックして許可を与える。
その張り切り具合だけでも可笑しい。
この人達になら心を許してもいいのではないかと思えてきた。
アイルが人と関わるのを避けてきたのには理由がある。
それは自分の心の奥の方に何かがいるのを感じていたからだ。
時折顔を出そうとするのを抑え込んできた。 この人間離れした力もそれによるものだろう。
同じかどうかは分からないが、ゴルドも何かに心を乗っ取られたようだった。 自分の中にいる何かと同じではないかと思う。
ゴルドのあの特異な力もそれに依るものだろう。
そしていつか自分もそれに乗っ取られてしまった時、周りの人達を傷つけるかもしれない。
何か衝撃的な事が起これば······自分が突き放したせいでゴルドは心を明け渡したと言っていた。 その時のゴルドの時の様に、もし裏切られたら······目の前で酷いことをされたら······その時自分の心の奥の力を押さえることが出来なければどうなるのだろう。
あの時の様に······
彼らは信頼に値する。 自分も見ている事しか出来ない子供ではないし、今のところ自分の心の奥の得体の知れない何かも抑えきっている。
大丈夫という気持ちと危険だという気持ちが戦う。
アイル自身は本当は人恋しい。 友達や仲間が欲しい。 共に笑い合える相手が欲しい。
しかし、そんな人達を知らずに傷つけるかもしれない自分の心の奥にある何かがもっと恐ろしい。
ずっとそんな事を考えながら、陽気にふざけ合うゴルド達を見ていた。
◇
それ以後、アイルは好んで目元を隠すマスクを着けている。
あれ以来、この街ではロングソードを担いだマスク男がエンデビだと知れ渡っている。
しかし、その視線はあまり嫌ではない。 わざわざ握手まで求めたりする者は無かったが、気軽に挨拶をしてくれる。
何だか少し嬉しかった。
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〈主人公〉
レイス・フォルト = (偽名)アイル = (あだ名)エンデビ
〈傭兵リーダー〉
ホグス・アクト
〈ホグスの相棒〉
マルケス・リーヴ
〈3バカトリオ〉
ガンス・ケリアト
ヨシュア・フォルト
ランドル・ヴァーニ
アイルにとって、つかの間の穏やかな日が訪れます。 このまま平和が続けばいいのですが·····(^_^;)