書き出し 2
「天より降臨せし、純白の天使よ……!」
陣営拠点の最奥で全身を黒の法衣に包んだ男が秘宝に触れる。
見る者の心を蝕むほどの美しさを誇る水晶は男に応えるように輝きをさらに眩くさせた。
水晶にふれる手から体内に直接流れ込んでくる『力』に全身の制御を乗っ取られる。立つことすらままならなくなり、男はついに倒れこんだ。
強者と呼ばれる自分を凌駕する存在であることを身をもって確認し、男は願う。
「どうか……! どうかあの御方に……ッ! し、勝利を……ッッ‼」
神経を焼き切られ、五感を無くす。
肌に感じていた土の感触が無くなり、口に入っていた泥の味もしなくなる。
どこからか聞こえていた剣戟も聞こえなくなり、徐々に自分という存在が消えることを確証する。
戦場特有の血の匂いも消え、漆黒の世界のなかで男は心だけの状態で放り出された。
世界から隔離された男は異常なまでの喪失感を感じる。
それでも男は己の願いを口にした。
「――あの御方に、絶対の勝利を」
心からの尊敬を以て、その願いを『力』に込める。
応えてくれる確証はない。
それでも、願わずにはいられなかった。
『――汝の願い、汝を以て、聞き届けん』
ふいに声がした。
無の世界で響き渡る声。
女の優しさを感じる声に男は心を震わせた。
闇の世界に一筋の光が差し込む。
神は存在するのだと、救ってくれるのだろうと。
男は必死にあるのか分からない体を動かし光を辿る。
無限にも思える工程を経て、男は見た。
――ヴェールに顔を隠す女の姿を。
「……あなたが、神……?」
声を漏らす男に向かい合う女はゆっくりと顔を上げる。
全身を真っ白な服で包み込み、女性らしさも主張する姿に男は息を呑む。
純白のヴェールで隠した顔を見せようと、顔を上げる姿には自分という存在を主張する乙女心すらも感じられて――。
「――――」
その視線に射られた時、心の臓を撫でられた。
次々に内蔵を撫でられる感覚に男は嗚咽を漏らす。
しかし、視線だけは一直線に純白の女性だけを見て。
そして、心を撫でられて――、
――男は真っ黒の瞳を見た。
「……っ! ぁ、ぁ、ぅ、あ」
言葉にならない声を漏らしながら男は世界の理を知った。
神の瞳は、全ての色を混ぜた真っ黒な色をしているのだと。
男が叫び声を出す前に意識が遮断される。
神との邂逅を経て、ようやく男という存在が世界から消滅し、
――――世界に、神が顕現した。
この後も色々と展開を考えましたが、長編小説にするほど良いものでは無かったです……。