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学園都市アステラルテ  作者: 順砂
間章『寮にいてはいけない日』
81/88

 『寮にいてはいけない日』⑪

お待たせしたのに、ハルシェイアが出てきません…。

「ふぅ…」


 アステラルテ・カースディルヌ邸総執事ラゴール・グードリオは眼鏡を外し、疲れたように眉間を揉む。

 そして顔を上げて眼鏡をかけなおすと、老執事は薄く嗤ってヴェダル伯マルナクが退室した扉をみて言った。


「そろそろ切り時かもしれませんね――あれは」


 ハルシェイア達と挨拶した時の慇懃な様子とは違い、伯爵に対してひどく辛辣な言葉を吐いた。


(名前だけの役職に左遷されたことにも気がつかない無能が…)

 

 彼の中ではあの男の価値はそれ以上でもそれ以下でもない。ヴェダル伯マルナクがアステラルテでついている職は在アステラルテ・ゴリウス総商会特任顧問で、アステラルテ・ゴリウス間の貿易一切を監督する役職であった。本国にいるときは国家の造作を審議・決定する工務官の筆頭であったが摂政直々の指名で現職に栄転になった、と本人も一部を除いた周囲も思っていた。だが、それは摂政の真意ではない。


(しかし思ったよりかは公金には手を付けませんでしたね)


 老執事はそうやって内心つぶやいた。

 摂政アグリッパは、家柄だけで職につき、しかも無能で素行の悪いマルナクに見切りをつけて、栄転の名の下に体よくゴリウス国内から追い払い、その上でマルナクを不正しやすい環境に置いた。マルナクが公金に手をつければ、その証拠を大義名分とし排除する。これはそういう話だった。ちなみに彼の後任の筆頭工務官はアステラルテ大学出身で摂政子飼いの下級貴族がついている。

 「大摂政」とも呼称されるアグリッパだが、このような回りくどい排除をしないといけないほど、貴族社会の繋がりと力は強大だった。アグリッパの政治基盤は貴族層の支持があるからこそであり、その貴族達の支持をアグリッパが失い、政権の運営を彼らが握ったとき、彼らが国と民の利益と自分たちの利益のどちらを優先するのか。それは火を見るより明らかだった。

 このような貴族達の強い力とそれに伴う傲りを招いたのは、先々王とアグリッパ達の罪でもあり、最大の失策だった。


(あの時は、そうする他、国内を安定させることはできなかった……)


 四十年前、ゴリウスで建国以来の最大の内乱があった。後に四王の内乱と呼ばれたこの内乱は、王位継承問題に端を発した争いであり、ゴリウスの民や国民に大きな傷跡を残すものだった。

 この内乱で結果的に即位したアルテイトⅢ世は内乱と直接関係しなかった王子であった。そしてアグリッパ達の幼なじみで親友だった。

 政治基盤の弱い王とその側近であるアグリッパは、国内を早く安定させるために貴族達――それも内乱をのらりくらりと立ち回って生き残り、混乱に乗じて富と私兵を蓄えた貴族の力を利用しなければならず、彼らの支持を得るために貴族優遇策と血統主義の誇張をおこなった。

 これによって貴族層の支持を獲得し、一応の国内復興を成し遂げることに成功するが、賢明な王だったアルテイトⅢ世は、貴族の力を抑制する前に病により早世してしまった。

 本来であれば、このあとアルテイトⅢ世とアグリッパは徐々に貴族達の富を国に還元して、貴族達の力を抑制していくはずであった。ところが王の死により、その子である幼い王子が王位に就き、アグリッパは摂政として彼を守り育てなくてはならず、政権の安定のため貴族達との関係を継続しなくてはならなかった。

 そして、その王すら若くして死に、アグリッパは老いた。今の王も幼く、もちろん実務や軍事で優秀な人材はいるが、それらの人間をまとめこの状況を改革するようなアグリッパの後継者となりうる若者はいない。


(マルナクのような輩はいくらでもでてくるのですが)


 マルナクの下卑た笑いを思い出しラゴールは嘆息した。

 そもそも一年もいればわかったはずだ。誰がアステラルテのゴリウス社会最大の実力者であったか。在アステラルテ公使でも、商会長でも、ましてや商会顧問などではない。それをマルナクはわかっていない。分かっていればラゴールにあのような不遜な態度は取るまい。


(先々王陛下の考えも、アグリッパの思いもしらない俗物にわかるはずもありませんか)


 そう心の内でラゴールは独りごちる。彼の預かるカースディルヌ邸は私邸である。しかし元々はアルテイトⅢ世の密命を奉じてアグリッパがラゴールに作らせた機関で、当時まだ置かれていなかった公使館に代わり、アステラルテやアルナジェン中部の情報収集・各種交渉・学術交流の拠点として設置されたのが初めである。

 その機能は未だに失われていない。そして、それをずっと統括しているのは――

 そこまで考えてラゴールは笑った。

 このことに今のこの屋敷の主は気がつくだろうか、と。

 確信はない。だが予感はある。


(セラフィナ様は、一族のなかで一番アグリッパに似ていますね)


 高貴な孤独と懊悩。


(良くも悪くも違う点は多いようですが)


 苦笑いをしながら今日の客人を思い出す。

 庶子とはいえ交通の要衝エンガストの王の子であるハインライ王子。

アステラルテ北方の主要国であるウヌーグ公国で、武勇の誉れ高いドルーゾン将軍の子ケイン。

 エンコス半島の付け根にあるダイハイツ領領主で、イステ教の司祭伯爵ドリズホール伯の娘アルメイア。

 それに「ハルシェイア・ジヌール・エステヴァン」 。

 今後のゴリウスとアルナジェンの情勢を考えると、北方諸国とジャヴァール帝国、それにイステ協会とエンコス半島は重要になってくる、そのようにラゴール、それにアグリッパは考えていた。

 意識しないでセラフィナはそれと関わる知己を得ていた。これは得がたい才能と言えるだろう。これは摂政アグリッパが持ち得なかった才だ。

 ラゴールはセラフィナがこの街に来たときから、今までのセラフィナの父や叔母、兄とは違う雰囲気があると思っていた。だが、その時はそれだけだった。アグリッパの血縁とはいえ、あぁまた愚かな貴族がきたのですか、そうとしか考えなかった。

 だが、劇的に変わったの入学直後のダッテンの一件があってからだ。いや、変わったというよりも地のセラフィナが出てきたというべきか。


(我々貴女に期待しているのですよ――)


 そして、老執事は酷薄な笑みを浮かべた。


(もしあなたが駄目なら、アグリッパと私たちは、民の為―――ゴリウスという国を滅ぼすでしょうから……)


 

それが彼が、彼らが、ゴリウスという国に抱いている、諦めであり、失望であり、覚悟であり、希望だった。



----------------

○ラゴール・グードリオ

 セラフィナ政権初期の政治家。元々は混血の奴隷の子であったと伝えられる。幼少の頃に一つ年長のアグリッパ・カースティルヌの従者となり、479年にはアグリッパのアステラルテ留学に同行した。二年後にはアステルテ第三中等高等学校に入学し、そのままアステラルテ大学政治学科に進んだ。491年に同学科を卒業すると、ゴリウス継承内乱の渦中であった本国に戻りアグリッパを補佐し、戦後、宰令に任じられたアグリッパの秘書官となった。しかし、496年には職を辞してアステラルテ大学高等研究院に入っている。この進学には主人のアグリッパないし国王アルテイトⅢ世の勧めがあったとも伝えられるが詳細は不明である。その後、三年で高等研究院を修了すると、ゴリウスには戻らずアステラルテのカースティルヌ邸総執事となり、この職を四十年以上勤めることとなる。またこの間に准男爵位を賜っている。

 541年、73才の時、王妃セラフィナと前摂政アグリッパに請われて宮宰兼王妃政治顧問に任じられ四十五年ぶりにゴリウス本国で職に就いた。この時に同時に男爵となっている。79才の時、病により宮宰を辞すが、王妃政治顧問は慰留された。556年、88才で死去。その葬儀は国葬をもって行われ、侯爵位が追贈された。

                       〔『ゴリウス歴史人物大辞典』より抜粋〕



---以下は没文…「四王の乱」詳細---

 四十年前、ゴリウスで建国以来の最大の内乱があった。後に四王の内乱と呼ばれたこの内乱は、王位継承問題に端を発した争いであり、ゴリウスの民や国民に大きな傷跡を残すものだった。

 当時の王ビルジェスⅢ世の子には二人の有力な王位継承候補がいた。第一王子カイオスは側室の子であったが文武に優れた才気ある王子であり、武官や身分の低い文官に人気があった。それに対するのが正妃腹の第二王子レドール。レドールは能力面ではカイオスに比べ凡庸であったが容姿・血統で第一王子に優れ、保守的な大貴族を中心に支持されていた。

 当時の人々は概ねこの二人のどちらかが王位を継ぐものと考えており、もちろんそれなりの混乱が起こることは予想されていたが、大きな内乱になるようなものとは思われていなかった。その程度には彼らは敵対しながらも相手も認めていたし、そのことは周知されていたことだった。

 ところがビルジェスⅢ世が後継者に指名したのは別の人物――三十才年下の寵姫ベルタ大侯爵令嬢キスカに産ませた第六王子リンナリスであった。当時、リンナリスは生後一月、幼すぎる王太子であった。しかもビルジェスⅢ世は王太子指名当日に譲位してこの幼い王子を王にしてしまったのだ。

 これに真っ先に動いたのは第二王子レドール派だった。レドール派は王の譲位一月後に王都郊外にある、ビルジェスⅢ世とその寵姫、その所生のリンナリスⅣ世が住むフェイトム宮を包囲し、王都を占拠したのだ。ビルジェスⅢ世とリンナリスⅣ世は直前に察し、ベルタ大侯爵領に逃げおおせたが、寵姫キスカは逃亡中捕らえられて処刑された。

 また第一王子カイオスは王都がレドール派に占拠されると王都を脱出し、叔父にあたるビルジェスⅢ世の弟、リナスド公爵オルガスのもとに逃れようとした。だが、途中のバイク市で付き従った側近とともに毒殺された。このカイオス暗殺は当初はレドール派によるものとされたが、後に叔父であるリナスド公爵オルガスの謀略だったことが明らかになっている。

 さて、王都を占拠した第二王子レドールであるが、王都占拠の五日後に自ら王を名乗り、レドールⅥ世として即位した。さらにリナスド公爵オルガスは、ビルジェスⅢ世のリンナリスⅣ世への王位継承をビルジェスⅢ世が気が違ったものとして認めず、レドールⅥ世の即位に関しては、レドール派による王位の簒奪と第一王子の暗殺を非難した。そして、オルガスは旧カイオス派を吸収し西方諸侯に推戴される形式で即位した。

 このように国内に三王(前王ビルジェスⅢ世を含めれば四王)が並び立つ事態になり貴族達もそれぞれの陣営に分かれて内乱に参加することとなるが、王位継承に関する主義主張だけではなく、貴族間の個人的争いや利権問題でそれぞれの陣営を行き来するものや、内乱の陰で民から富を収奪して武力を蓄えるものも多く、むしろこのような貴族達は戦いに積極的に参加しなかったことから戦後も多く生き残ることになる。

 内乱の推移は、当初もっとも大きな勢力を誇ったのは王都を抑えたレドール派であったが、東西を敵に挟まれ兵力を二分するしかなく、また人気のあった第一王子暗殺したという評判から人心が離れて次第に追い詰められて、乱開始の三年後にはオルガス派により王都を落とされレドールは同母弟のコランズとともに自決した。またその直後には幼いリンナリスⅣ世が僅か四才で病死し、その直後、前王ビルジェスⅢ世も息子の死の衝撃により毒を煽って自殺する。慌てたリンナリス派のベルタ大侯爵キルグはビルジェスⅢ世の第五王子で僅か十歳のコントスを擁立するが、翌年にはオルガス派に攻められてキルグは戦死し、コントスは内応したリンド伯レルラークに殺されて五年の内乱は平定された。

 これで王統はオルガスに統一されたかにみえたが、オルガスは王都での勝利宣言の前日、家族や自身を支えた有力な側近たちとともにフェイトム宮に滞在していたところ、レドール派の残党に襲撃されて妻子全員共々殺害され、多くの臣下達も死んでしまう。

 そこで即位したのがアグリッパの手引きで逃げおおせていたビルジェスⅢ世の第四王子でカイオスの同母弟であったアルテイトであった。

 だが、有能であるが政治的地盤を持たない王――アルテイトⅢ世と親友であったアグリッパは権力強化と疲弊した国内再建のために、貴族達を優遇し貴族達の富を利用する政策をとった。それは血統主義をことさらに強調し、高位の役職や内乱で領主のいなくなった土地を分割して与える一方で、王やアグリッパの行う政策に協力させていったのだ。またアグリッパ自身がそのような貴族の中心に立つことにより貴族達を制御しようとした。

 ところがこの貴族優遇政策が後々問題となってくる。貴族達の増長と腐敗と招いたのだ。それはアルテイトⅢ世が早世してしまったことがさらに拍車をかけてしまう。

 親友を喪いアグリッパは貴族社会に一人取り残された。アグリッパは貴族達の支持を得ることには成功したそれ以上でもそれ以下でもなかった。貴族達の支配者とみられがちであり、当の貴族達もそのように考えているが、アグリッパやラゴール達に言わせれば、貴族達の思考停止の理由付けに利用されるにすぎない。面倒なことは摂政様がやってくださる、我々の権威は摂政様が守ってくださる。そのくせ、もし自分たちの利権が冒されるなら摂政すら下ろそうとするだろう。何せ現在、国軍より諸侯軍の総数が多いのだから。

 国内を安定させるためにおこなった策が、逆にアグリッパ達を縛り付け、最大の癌となってゴリウスという国を蝕んでいた。

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お待たせして申し訳ありません。

気がつくと一ヶ月書けなかったことに気がついて戦慄しました。


で、あげたのがこの内容で…なんというか、本当に申し訳ないというか。

おじさんというかおじいさんの独白?です。

ゴリウスの裏事情はこんな感じです。

セラフィナと深く関係するので、この先も脇の方でたまに触れられるかもしれません。


最後の没文は長くなりすぎて本文にはいれませんでした。推敲もしていないので読みにくいと思いますが、参考までに。


次かその次ぐらいに間章終わるつもりです。

今後ともよろしくお願いいたします。

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