『寮にいてはいけない日』②
第二女子寮の前の道を西へ歩くと、北のルイシュテン門と南のアラウント門を結ぶ大聖堂通りと、東南の聖教門から市街中心へと伸びる聖行通りが合流する地点に出る。ここを渡ればアステラルテ区のイダール街と隣接する萱草街だ。この辺りは主に種々の工房やそこで作られた製品が並ぶ中小の商店が建ち並ぶ街区で、それにともなって飲食店も多く市内でも最も活気が溢れる街の一つである。
(あ……あの、ぬいぐるみ…かわいい…。それに…あっちの、本の装丁…すごい…。それに――)
綺麗な石畳を踏みしめ、左右に過ぎていく様々なお店をキョロキョロと眺めつつ、ハルシェイアはアルナを見失わないように歩いて行く。とはいっても事件の影響か、以前、ジンスのルームメイトでハルシェイアの友人であるベティに連れてきてもらったときよりも、人通りは少ないので、ちょっとよそ見したぐらいでは見失わないだろうし、アルナがちょくちょく話しかけてきてくれるので、おそらく余程のことが無い限り迷子という事態にはならないだろう。
だからといって油断はできない。ここは、世界有数の「素敵なもの」で溢れるところなのだから。それに目を取られてはぐれてしまうかもしれない。
(あ、…あれも…かわいい、な…)
そうやって色々な店やものを通り過ぎて、やってきたのはイダール街のメインストリートより、一本入った脇道にあるお店。剣と包丁を象った金属製の看板が軒先にぶら下がっており、ここが刃物を扱う鍛冶屋であることがわかる。
「リネント工房にゃん」
「リネント、工房……」
そこはあまり大きな工房ではなかった。いかにも個人商店という感じである。前にハルシェイアがこの街で短剣を買ったのは、こことほど近い場所にある工房で、もう少し大きく店の中も広かったが、ここは第六小隊の事務所スペースもあれば良い方だろう。
店は小さい。けれども、
(看板はきれいに磨かれているし、お店の壁も古いけど…ちゃんと補修、されている。お店の前もきれいにしてあるし…)
「あ、あの…良いお店、ですね」
「にゃん」
ハルシェイアが感想を述べると満足そうに微笑んだ。こういう細かいところをしっかりしているお店は、働いている職人もそのようである可能性が高いということだ。これはハルシェイア自身の経験というより、養父の受け入りだが。
(そ、それしても…)
ハルシェイアはお店に近づくにつれ気になっていることがあり、ここまできてその原因がこの店にあること気がついた。
「――えっと、なんか、お店…賑やか、ですね?」
「そうだにゃあ?…なぜにゃ?」
アルナも訝しげに首を傾げることから普段はそんなことはないらしい。
お店のなかから複数の声――それもかなり若い――が聞こえて、賑やかというか、ちょっとうるさい。
「入ればわかるんじゃにゃい?」
「そ、そう…ですね」
そして、アルナが扉に手をかけて、少し開いた瞬間、ハルシェイアは「あれ?」と思った。
(この…声…?)
そんな疑問に自答するまもなくに、アルナに続いてハルシェイアが店に入る。思ったとおり、そんなに広い店ではない。品物が置かれるスペースは大人十人も入れば良いところだ。もっともそこに出されているのは、食器や調理器具、手入れ用や練習用の武器、若干壁に展示用の剣が飾ってあるのみである。それ以外の本物の刀剣類はカウンターの向こうか店の奥にあるので、店の人間に言って出してもらう。なので、本来そこまで空間は必要ない。
そこに七人もの人間がいた。ただ全員が大人の女性よりも背が低い。そのなかでハルシェイアの目に最初に飛び込んできたのは、金色。金細工のように見事に結われた金髪だった。このお店には似合わない仕立ての良いドレスに、僅かに香る花の匂い。
「なんか…妙に、豪華な娘たちがいるにゃあ…」
アルナがそう言うのも無理はない。ひどく場違い少女だ。アルナが「娘たち」と称したようにそれよりかはやや簡素なドレスをきた少女があと二人もいる。
(えっと…あれって…)
ハルシェイアにはひどく見覚えがあった。というか、よく知っている人物たちだ。
「――え、っと…せ、セラフィナ?」
「え…?あら…、ハルシェイア?」
碧玉のような瞳を瞬かせてハルシェイアの方に顔を向けたその少女は、ハルシェイアの同級生のセラフィナだった。セラフィナ・ムアラベー・ティムリス・カースティルヌという長い名を持つ彼女は、ゴリウス王国の摂政アグリッパの現在唯一の孫娘だ。そんな生粋のお姫様であるセラフィナとそのお付きのアステラとハルニーが、明らかに無縁で場違いなこの工房にいる理由はハルシェイアにはすぐに思いつかなかった。
次に彼女たちの奥にいた四人が誰か気づく。向こうもセラフィナの声でハルシェイアに気がついて声をあげた。
「ん?ハルシェイア…か?」
「お、ハルシェイア!」
「ハルシェイア?」
三者三様の声に、残りの一人は軽い会釈をする。
「ハインライに、ケインに、ダッテン…それに、ディラン…?」
奥に居た男子四人もハルシェイアのクラスメイトだった。ハインライはエンガスト王国の王子で入学以来のハルシェイアの友人で、まだ若干の幼さを残すが理知的な整った顔つきに硬質な黒髪を後で束ねている。その右横の背が高いのはケインだ。ケインはウヌーグ公国の将軍の息子で、よくハインライと一緒にいることが多いのでハルシェイアもよく話をする仲だ。ハインライの左横にるのはダッテンだった。少し前にハルシェイアと色々とあったダッテンだが、今ではハルシェイアと比較的親しいといってよい。最後に三人よりすこし奥にいた栗色の髪の男子がディランで、アステラルテ郊外のトモレラ村出身の少年である。ハルシェイアとは同級生とはいえそれほど接点はないが、武術基礎の授業で剣術の上級者組として一緒だった。
この男子四人はその武術の授業の上級者組という共通点があり、それぞれでは交流があるようだが、この全員が揃うとなるとハルシェイアは同級生として、その状況があまり想像ができなかった。
それもセラフィナも一緒というのは本当にわからなかった。
(……なん、で?)
ハルシェイアは内心首を傾げた。
間章の2話です。
登場キャラが一気に増えました。そして久しぶりの男子です。
最近、男子分が足りなかったので出してみました。
特にストイック(?)な少年ハインラインにはもっと出番をあげたい、とは思っているのですが…。
どっちかっていうと、セラフィナが目立ってしまう…。
このぐらいの分量ならあと数話分ストックがあるので、ペースも比較的早めに上げられるかもしれません。
暫く間章におつき合い頂ければと存じます。