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学園都市アステラルテ  作者: 順砂
第三章『異邦の地にて』
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第24話「狗と狗」+幕間3-7「路地裏の戦い」

「ハル、…で、その容姿…、その、技術―――まさかハルシェイア・エステヴァンか?!」

 ハルシェイアは黒服たちを内心苦いものを感じつつまっすぐ見つめていた。

 油断、した、と。

 魔法の影で編んだ衣を強烈な光魔法で剥がされたものの、その衣のお陰で、幸いにも身体にも、目にも異常はない。

 だが、教会には、「ハルシェイア・エステヴァン」の居場所を知られたくはなかった。あくまで「ハルシェイア・ジヌール」という、よくいるごく普通の留学生の一人として紛れていたかった。中でも、目の前の黒服たち――教会の暗殺兵などは、一番知られてはいけない連中だ。

 そして、これで完全に隊の全員に自分のことがばれてしまった。

「違う、って言っても、信じない、よね?」

 ハルシェイアは感情を込めず冷ややかに黒服達に問いかけるが、

「……」

と相手は応じないし、ハルシェイアも期待していなかった。こちらの言葉など嘘も真も彼らには通じない。彼らは彼らの知りたいことのみ知ればいいのだ。それが彼らの真実である。よって彼らに会話する気は最初からないだろう。彼らの詰問に対して、こちらが、彼らの望むような答えを答えることのみが、彼らの望みであり、絶対の事実であるからだ。

「死神……皇太女の狗が大学派に荷担して何をしている?」

(エディの、狗…か。やっぱり、そういう風に、思われている…んだ…)

 ハルシェイアはそんな感想を抱きながら、無駄とは思いつつ、その質問に正直に答える。

「偶然、だよ。ただの」

「ジャヴァールは何を企んでいる?」

 だが、やはりというか、黒服はそんなハルシェイアの本音など歯牙にもかけない。別にハルシェイアも期待はしていなかったが。

「やっぱり、信じて、くれない、よね?」

 その間も黒服たちがハルシェイア達を包囲しようと間をじりじりと詰めている。ハルシェイアはそれを横目と気配で確認した。そして、ある一箇所を確かめる。

「答えんか。まぁいい…そもそも我々には詮索する権限は元よりない。貴殿等ごと、その策謀を葬るのみだ」

 それが合図だった。一斉に黒服たちが動いた。

 同時にハルシェイア叫ぶ。

「ネラスを引きずって、“三時の方向”へ走ってください!!」

「!!」

 これにはここの場に居るハルシェイア以外のの人間が驚く。暗殺兵はハルシェイア達を包囲するように配置されている。特に「三時の方向」、つまり東は正面口である。扉の前には四名もの兵がいる。ハルシェイアはそこに対象を守りつつ飛び込めというのだ。状況確認できていないか、とんだ阿保か、正気の沙汰ではない。

 だが、その驚きから瞬時に立ち直ったアラスは言った。

「ハルシェイアに従え!!いくぞ」

 アラスが大きく肯き、ネラスを脇に抱え走り出した。それに慌ててアルテ、フレングス、一歩遅れてバガルが続く。

「何、を……?」

 次の瞬間、アラスが信頼してくれることに感謝しつつ、ハルシェイアが一瞬、可憐に冷笑した。

「な、に…・?!」

 暗殺兵の長の目に映った、いや、消えたのだ。自分の部下の姿と大きな扉が。

本当に消えたのか。否、そうではない。

 そもそも包囲されているはずのこの玄関ホールにハルシェイアはどこから現れたのか。

 答えは簡単だ。

 なんてことはない。堂々と正面の入り口から入ったのだ。

 扉を魔法で消して、扉方面に回り込んだ暗殺者を打ち倒し、そして、この間とその後、夢属魔法による幻でそれを誰にも見せないようにした。一瞬の早業。音すら立てなかった。

 そう最初からそこには無かったのだ。在るように見せていただけ。

 そして、誰もそれに気がつかなかったのだ。

「逃がすな!!」

 黒服の長が叫ぶ。同時に黒服達が、扉へ向かって駆け抜けようとするアラス達に殺到する。無論、その時にはハルシェイアも動いていた。が、それよりも早く行動していたのは、

「させねぇよ!」

と叫びとともに、黒服達の行く手を遮るように突如として樹木の壁が床からそびえ立った。黒服達に動揺が走る。

(マサミ…さん!)

 ハルシェイアはその不可思議とも言える光景に覚えがある。戦争の時、義父ガンジャスとマサミが戦った時だ。義父の太陽剣“剣聖” ヘリオエブスを用いた強烈な攻撃は、あのような大樹の壁に阻まれ、それが原因でガンジャスはマサミに追い詰められたのだ。

 あの樹木の正体は、そう…

 そのことに黒服の長も、気がつく。

「……まさか――“樹霊剣”ドリアイソ、だと?!では、エーデレユスのマサミ・ハルスミ?!」

 マサミはそれに反応しなかった。ハルシェイアの位置からは確認に出来ないが、マサミが隣のキャスに話すのが聞こえる。

「キャス、ここは任せて、護送の方に」

「…わかったわ。気をつけて」

「そっちこそ」

 そうして走り出す音が聞こえると同時に、扉部分を残して樹木の壁が弛み消え、マサミの姿が現れる。

「けっこう、これも疲れるんだ」

とマサミはニヤリとした笑みを黒服に向ける。その後、黒服達を抜いて扉を守る形でマサミの隣に辿り着いたハルシェイアに対して、

「まったく、お前と共闘するなんて、なんつー因果なんだろう、な?」

と皮肉げに言う。

「ご、ごめんなさい」

「謝るなよ――くるぞ」

 マサミもハルシェイアも表情を引き締める。黒服達が殺到してくる。

 その刹那、ハルシェイアは奥に一人残る黒服の長が勝手口の方に移動もせず、ただ佇んでいることに気がつく。

 目標に逃げられたのに、その一瞬で取り戻した余裕の態度から思う。

(やっぱり…伏兵、いる…みたい)

と。

 ハルシェイアの背に少しだけ冷たいものが走った。



 幕間3-7

 

「な、なんで、ハルが?!」

 アラスに従ってベイズス邸を飛び出したフレングス、アルテ、バガル。その中で門を潜ったところで混乱した頭のまま、走りながら声を上げた。その疑問はフレングスも同じだ。

「彼らは、か、彼女のことをハルシェイア、エステヴァン、…と言っていました、が――」

と、フレングスはアラスに訊ねる。

 すでに先ほど待機していた路地へと差し掛かっていた。

「それは――あとで話す。今は走れ…多分、伏兵が――」

 そこまでアラスが言いかけた、まさにその瞬間だった。

『氷刃…跳べ』

「?!」

 アラスはとっさに右手の剣で路地の向こうから飛んできた物を宙でたたき割った。神業に近い、アラスの瞬発力、胆力の賜物である。

 しかし、その破片は勢いを損なわず、アラスの身体や脇に抱えられたネラスの身体を傷つける。それは僅かなもので、アラスは眉一つ動かさない。

 だが、ネラスは違った。

「…?――うわぁぁ!」

事態を飲み込んだネラスが一拍置いて悲鳴を上げる。

 飛んできたものは氷。雪属魔法“氷剣”――目立たないことから、密偵や暗殺者がよく使う魔法の一つだ。

「ちっ」

 そして、それを放った者はアラスの目線の先、どう回り込んだのか、路地の向こうに屋敷内にいた刺客達と同じ格好をした者がいた。それだけではない。

(後ろもか…)

 背後の部下達を半円状に囲むように五人の黒服達。事実上、六人に路地に閉じ込められる形となっていた。それも隊員たちの間合いから、一歩離れた位置で。

 袋の鼠だ。アラスは自分の失策を悟った。小隊のメンバーは簡単な魔法なら扱えるが、この状態で複合的に殺傷力の高い魔法を使われたら危うい。

 アラスの額に冷や汗が浮かぶ。

(前に突破するか、後ろを撃破するか…)

 どちらにせよ、確実に誰かが犠牲になる。しかし、考える余裕はない。

 次の瞬間には、自分達を殺す一手が放たれるだろう。

 アラスは覚悟する。前へ一歩踏み出そうとする。そして、前方の敵を叩き斬る。

 だが、それは間に合わないはずだった。何かない限りは。

 しかし、その何かはきた。


「ぎにゃあああ!!!」


「「!!!?」」

 悲鳴を上げたのは、部下達ではなく、背後の黒服の一人。そして、アラスの前の人物もその悲鳴によって攻撃のタイミングがずれた。アラスはそれを見逃さない。それだけで十分だった。アラスは何が起きたか確認せず、危ういと思いつつもネラスを放り出し、一気に詰めて前の黒服を切り裂いた。

 その間、一瞬。

 そこでアラスは初めて振り返る。背後でも黒服が崩れ落ちる。代わりにそこに現れるは白金。遥か東方で「将軍姫」と呼ばれた女――キャスこと、キャスティーヌ・ラル・エーデレユスが悠然と剣を携えそこにいた。

 そして、声を張り上げる。

「走狗ども、聞け!!引けとは言わない!かかってくるならば、この場で切り捨てる!!!」

 キャスの威厳のある声は、寒々しい路地に響き、その場に居る者を振るわせる。

 今はキャスとフレングス達が黒服達を挟む形となっている。数も四対五。だが、対峙しているのは教会の暗殺兵と街の警衛兵。優勢とは決して言えない。

 その事実に当然、気がついているだろうアルテが言う。

「嫌になるわ…でもやるしかないか」

 剣を改めて構え直した。フレングスとバガルも続く。

「隊長、それを連れて行って下さい」

「ちゃちゃっと片付けて行きますんで」

 その部下達の声に一瞬の逡巡の後、叫ぶ。

「――任せたぞ!絶対に死ぬな!」

 絶対の信用と信頼。

「「「了解!!!」」」

 それを聞くと、地面で呆然としているネラスを素早く拾いアラスは駈ける。人を一人抱えているとは思えない速さで。

 後ろで剣戟の音がするが、振り返らない。部下を信じると決めたから。

 路地を抜ける。用意してあった馬車はあったが、御者は居ない。いや、暗い夜道、その石畳が僅かに濡れていることがわかる。

「ちっ」

 馬車の荷台の下から黒い液体が流れていた。先回りしている暗殺者が居ることから予想はしていたが、あまりに惨い。

 だが、それを悼む間はなかった。幸い馬は無事で落ち着いている。おそらく黒服は周囲に明かな異変を伝えない為に馬を刺激することは避けたようだ。

 ネラスを地面に降ろすと、宥めながら素早く綱を切って馬を馬車から離す。

「乗れ」

 ネラスにアラスは命令するが、ネラスは動こうとしない。

「このままだと、お前も殺されるぞ!わかっているのか!」

「別に……」

「何?」

「このまま、殺されてもいい…どうせ、僕は終わりだろ!」

 ネラスは虚ろな眼で笑う。

 それを見たアラスは静かに、自然な動きでネラスの胸ぐらを掴んだ。そして、

「甘えるなっ!二十歳も過ぎた大人が!自分でやったことの後始末ぐらい自分でやれ。分かっているんだろう、自分のしたことの重大さを。でなければ、そんな顔をしない。にも関わらず、お前は何もせず、今もお前は死ぬことすら他人任せだ。終わりも何も、何もしていない奴は始まってもいない!お前、何様だ?死ぬなら、自分で動いてからにしろ!!」

と顔をかなり接近して怒鳴った。それは怒気の中にも若者を諭すようなそんな響きがあるものだった。

 じっと鋼鉄のような視線でアラスはネラスの瞳を視たあと、ネラスの身体を静かに下ろす。ネラスは本当の意味で呆然としていたが、そのあと、何を考えたのかのろのろと馬に向かった。

 アラスはそれを見て小さく頷くと、ネラスを馬上に引き上げるために馬に素早く跨った。

 そして、ネラスを前に乗せたアラスは、夜の路を馬で疾走する。必死の気持ちで。決死の覚悟で送り出してくれた部下達のためにも。


少し遅れましたが、なんとか投稿です。


ハルシェイアは相変わらず動きは少ない…。

次回はちゃんと動くはず。


ではよろしければ次回。

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