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学園都市アステラルテ  作者: 順砂
第三章『異邦の地にて』
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幕間3-4(下)「落日の城―異邦人と怪物―」

 それから半時ほど。マサミはまだ城内を抜け出せずにいた。

「くそ…」

 マサミは押し寄せる敵を上手く除けつつ城内を進んでいたが、一方でそのために予想以上に時間がかかってしまい焦り気味だった。さらに、ジャヴァール軍によるものか失火によるものかはわからないが、どこからか城内に火が回っており、場所によって火の海になって、ルートが限られてしまっていたことも、マサミの焦燥に拍車をかけていた。

(……隠し通路まで、たどり着ければ…)

 そして、その火のせいで城内の気温がかなり上がり、マサミの精神力を僅かながらも削っている。キャスはドリアイソの力で眠らせてあるが、それほど強いものは剣聖の補助があったとしてもマサミの実力がかけられず、いつ目覚めてもおかしくはない。

 何せよこれ以上時間をかけるわけにはいかなかった。

 そして、それから五分ほどかけて何とか一階の奥に辿り着く。この場所は他の場所とは隔絶しており、上階を、それも分かりにくい所を経由しないと来られない場所だ。

 そしてこのさらに奥、半地下になっている場所に隠し通路の入り口がある。

(ここまで、敵も炎も入り込んで…いないか…)

 それがマサミの最大の懸念だったが、幸いここにはマサミ達以外の姿も気配もなく、火の手も回っていなかった。

「……ふぅ」

 マサミは一息つく。予想以上に緊張していたらしい。突然、軽い疲労感が襲ってきた。

(いけない、いけない。まだ気を抜くわけにはいかない……っ?!)

 その時、何もないこのフロアに大きな異音が響く。空間そのものが軋むような不快な音だった。

「――…っ?!」

 そして他のフロアと隔てる厚い石壁の一部が静かに消失した。壊れたわけではない、本当に消え去ったのだ。黒い光に包まれて。

 その壁の消えた所に一つの影があった。小さな影だ。長い棒のようなもの――おそらく刀を持っている。

 背後の紅い炎に照らされて、染まって見えるが、老婆のように真っ白な髪。

 非常に場違いで、白昼夢のような光景。それも、これは悪夢の類だ。

 そして、それを確認したマサミは、出来すぎだ、と思った。色んな物を通り越して、笑いがこみ上げてきた。

「…………ふ、ふふ、たく、なんだよ、やっぱりお前かよ」

 マサミはあまりの可笑しさと皮肉さから思わずそれに親しげに悪態をついた。

(因縁じみているな)

 そして、それが一歩だけで踏み出すと、はっきりと姿が見えるようになる。十を越えるか越えないかという可愛らしい少女だ。数年も過ぎれば美女になるであろうことは想像に難くない。だが、その容姿を台無しにするように全身に斑状に文様があった。赤い紅い模様。

 血だ。おそらく全て返り血だろう。それが可憐な容姿を見事に打ち壊し、魔的で異常な美しさを醸し出している。

「……はい」

 それが感情のない声で応じる。

 それを聞いて、マサミの血が沸騰する。いや、もう既におかしさの後ろで煮えたぎっていた。一気に激昂して、声を張り上げて、それの名を呼んだ。

「ハルシェイア・エステヴァン…!」

 今度は応えがなかった。

 それは仇敵だ。笑い話みたいな話だが、これが、このまだ幼いと言っていい少女が、マサミとキャスの、そしてこの滅びゆく国の最大級の仇敵の一人だった。

 敵将“傭兵王”ガンジャス・エステヴァン上級将軍の娘で、ジャヴァール独立近衛連隊“白狼”の連隊長で少佐。僅か十歳。情報だけなら、ただの悪い冗談か、誤情報だと思うだろう。

 だが、実際、戦場に出て気づくのだ。冗談でも、誤りでも、まして夢でもなくそれはそこにいたのだ。殺戮を伴って。

 傭兵姫、白い死神、貪狼、ジャヴァールの白き怪物…多くのあだ名は伊達でもなんでもなく、おそらくこの戦争で最も人を殺した人間だ。

 可愛らしい少女が人を簡単に殺していく。それは常識が頭の中で眼で見た物を拒否するような一種異様な光景だ。

 もちろん、年端のいかない少年少女が戦争に駆り出されることがあるということは、マサミも『故郷』にある別の国の写真や伝え聞いた話で知っている。

 だが、この少女はそれに比べても異常だ。貧しさも、愛国・郷土愛・血縁などの個人や集団のアイデンティティに起因もせず、理不尽にも否応なくそのような状態に追い込まれたというわけでもない。

 可愛らしい容姿で感情もなく、主導的に、圧倒的な力で戦場に虐殺をもたらす。それはまさに怪物だ。

 その怪物に、気の良いルベゲンス将軍とその部隊も、ちょっと嫌みなギベネ将軍も、キャスの親衛隊の皆も殺された。

 戦争をしているのは、分かっている。人を殺し、人が殺されるのは、悲しいがお互い様であることも知っている。もちろん倫理的に肯定できることではない。だが、一方でそれは必要なことだ、仕方がないことだと、現実的には肯定されることでもある。しかし、それも限度を超えれば単なる「虐殺」だ。線引きは難しいが、この怪物とその部隊がやったことはまさに虐殺だった。

 生存者は皆無に等しく、あるのは誰が誰なのか分からないような、殺し方すらわからない死体ばかり。

 マサミ自身もウルバの戦いで敵将ガンジャスをあと一歩の所まで追い詰めたが、彼女の介入で重傷は与えたが討ちとることができず、逆にマサミのほうが怪我で暫く動けなくなった。

 それでもガンジャス負傷で、ジャヴァール有利だった戦局が一度は膠着状態まではもっていけた。。が、それもこの怪物のせいで幻となる。その時、エーデレユスの防衛線はハルシェイアが指揮しる少数精鋭のゲリラ戦的攻撃でそれを守る前線の部隊が各個撃破、いや虐殺され、ガンジャス復帰による本格侵攻の再会時には、多くの死者と少なくない脱走者が出て、防衛線はがたがたに崩れていた。

 そして、おそらくたった今――

「――王は?」

「………殺した、…私が」

「そう、…か」

 予想通りの答えだった。王は、あの高潔な王、キャスの父親までも殺された。だが、一方で、

(なんだ?)

 と、やや引っかかりも覚えた。よくはわからなかったが、何か彼女が揺らいでいるような気がした。今まで戦場であったこの少女はこのような揺らぎを見せることはなく、まるで良くできた人形のようだった。それが今、一瞬だけ揺らいだ気がしたのだ。

 だが、それはマサミにとっては重要なことではない。

 本当に重要なことは、

(どうやって切り抜ける?)

ということだ。

 無論、大人しく見逃してくれるはずもないだろう。逆に立ち向かって、派手に戦えば、他のジャヴァール兵にこの場所を喧伝することになる。特にハルシェイア・エステヴァン直属の第六分隊に出てこられると非常に面倒なことになる。

 だが、目の前の少女はそのマサミの予想を良い意味で裏切った。

「……その…――」

 少女が何かを口ごもるようにつぶやく。

「?」

 訝しげにマサミは怪物を見る。違和感が本格的なものになってきた。

(…なんだ、一体?)

 少し言い淀んだ後、彼女は突然、明朗な声でこんな事を言ったのだ。

「……私、あなたたちに関して、何も命令うけていない」

(な…に?)

 一瞬、マサミは聞き間違いだと思った。しかし、耳にははっきり彼女の澄んだ声が残っている。

「だから…なんだ?」

「私は……何も、しない。好きにして…」

 その表情は窺えない。だが、声は少し震えている。マサミは初めて、ハルシェイア・エステヴァンのことが、本当に十才の少女に見えた。だが、もちろん油断するわけいかないし、捉えようによってはこの言葉は完全にマサミ達を、脅威にすらならないものと馬鹿にしている。

(一体…なんだ?…どうするか?)

「好きにして、だと?見逃す、と?」

 マサミは相手の真意を探るためにも、一度、馬鹿にされたという風に捉えた体で聞き返した。ここで相手が冷笑の一つでも浮かべれば、ある意味では疑問は解決する。もっとも、それはそれで問題ではあるが。

 だが、そうはならなかった。今度はまっすぐ見つめてきたからだ。

「そうだよ。私はあなた方を討つようには言われていない…だから、逃げればいい」

 その目は言葉通り震えて頼りなかった。本人は隠しているようだったが、何かに動揺し何かに迷っている、そんな感じだった。

(でも、嘘はついていない……?)

 それはマサミの直感でしかなかったが、少しの沈黙の後、マサミはそれを、ハルシェイア・エステヴァンではなく、自身の勘を信じることを決めた。

「…………礼は言わない。お前は俺の恩人達を殺して、そして、こいつを泣かせた。だから、礼は言わない。逃げ切れたら…その時はお前なんか忘れてやるよ」

 揶揄でも何でもなく、それは願望だ。正直、悪夢のようなこの怪物ことなど忘れたくて仕方がなかった。むしろ、最初から無かったことにしたかった。

 だが、同時に忘れることはできないと思う。それだけに強烈で鮮烈な記憶であるし、それに付随する大事な思い出までも否定することとなる。また、特にこの最後の奇妙な邂逅はきっと忘れられない。

 だから、この言葉は願望であるとともに単なる強がりだった。

 彼女はどのようにこれを捉えたかは分からない。

ただ、彼女は

「それも…好きにして。早く行った方がいいよ、私じゃない誰かが来るかもしれない、から……」

とだけ言った。

(俺が気にすることじゃない、か)

 そして、マサミは彼女に背を向ける。一応、警戒はしたが動く気配はない。だから、告げた。

「言われなくとも……じゃあな、小さな死神」

 別れの言葉を。

「……うん、じゃあね」

 その小さな声を後ろに置き去りにして、マサミはこの城から、国から逃げ出した。

 正直、何故、この時、ハルシェイアが彼らのことを見逃したのかは、マサミには検討もつかなかった。ただ、あの時、何か様子がおかしかった。もしかすると、「王が、最期に?」とも思ったが、確かめる術はなかった。


 何よりそんなことを考えている暇はなかった。本当に大変だったのは、その後だった。目覚めて、「城に戻る」と暴れたキャスを少々強引な手を使ってなだめ、やっと交流の隣国クリューム伯国に落ち延びた。キャスは伯や教会の力を借りてエーデレユスを復活させるつもりでいたが、ジャヴァール・聖教国双方と良い関係を結びたいクリューム伯爵の裏切りによって、ドリアイソ(とおまけのマサミ)は教会に、キャスはジャヴァールに引き渡されかけたが、寸前で逃げ、その後は教会やジャヴァール勢に見つからないように西へと逃げてきた。路銀も尽きかけたところで、ようやく両勢力の介入が比較的少ないアステラルテに辿り着いたのだ。

 そして、臨時の職を得て今日に至るのである。


 ここで、マサミの回想は終わった。

 気がつけば、最近の職場であるルーベイ区第6警衛小隊の屯所の目の前だった。

「しかし、教会か……見つかると面倒かな」

「……まぁ、ジャヴァールの連中がいないだけマシよ。それに私は、いざとなれば、マサミ、というかドリアイソを取引材料にエーデレユスを再興に協力を取り次ぐから」

「ちょっと、酷くないか。それは?」

「もちろん、最終手段よ。今のところ、どちらも必要だからね、私には」

「どっちにしろ、なんかぞんざいじゃないか、俺の扱い」

(まぁ、ある程度軽口が出るほどになったのは良いこと、だよな?)

 そんな会話を交わしつつ、屯所の扉を開けた。

 そこで衝撃が待っているとも知らずに。

「ん?」

 マサミは開けた扉の向こうに自分の目線より低い位置に何かあることに気がつく。というより居る。

 別におかしくはない。ここまでは誰でも入れる。ちょうど出てくる子供とかち合っただけと、最初の一瞬ではそのように判断した。

 ところが、次の瞬間見えたのは老婆のように真っ白な髪。

 きれいな碧の瞳に可愛らしい顔。

「なっ」

 マサミは驚愕した。それは先ほどまで記憶の中にあった顔だったからだ。

 それは向こうも同じだったようで、困惑し動揺し切った表情で、首を横に振っていた。マサミも混乱した頭で、これはどうやら完全に事故らしい、と判断し、思わず何だか泣きそうになっている仇敵に首を縦に振って、理解したことを示した。

 憎しみとか、ジャヴァールの人間に会ったという焦燥はあまりにも唐突な再会の衝撃で吹き飛んでいた。何より、憎い相手だが、認めたくはないが見逃してくれた恩もあるし、その時のやり取りから、今は一応の信用はできるとは思っていた。

 それよりも何よりも最大の懸念は、自分が今、誰と来たかだ。もちろん、彼女だ。

 背中に訝しげな視線を受けているのは分かっている。

 そして、目の前の彼女を見た瞬間、彼女がどうなるのかも分かっている。

 そのことに対する焦りから人事不省に陥った思考で、マサミは、半ば諦観を込めて、

「…これは…――まずい、な…?」

とつぶやいた。

 と、同時に、

「マサミ、何、ボサっと立っているの。邪魔よ」

と後ろからマサミは押しのけられ、入り口の脇へと身体半分移動する羽目となった。

 そして、入り口を遮るものが無くなり、キャスがそれを見た。

「………」

「………」

「あ…あの…」

 顔を見合わせて無言。そのキャスの顔は、マサミの位置からは長く綺麗なプラチナブロンドの髪にちょうど隠された窺い知ることは出来なかった。おそらく、何か言いかけたその少女――ハルシェイアはその表情を見ていたはずだ。

 その時、何かが煌めいた。

「――っ?!」

「キャス!!」

 あっという間もなくハルシェイアの首にキャスの抜いた短剣の白刃が迫っているのが、マサミの視界にしっかり映っていた。


上編に続いて下編となります。

今回は敵から見たハルシェイアです。

まさに、怪物、です。


またもう大体、分かってしまっていると思いますが、マサミは異世界迷い込み系(主人公)で、日本人です。漢字で書くと春澄正躬。平安時代の官人の名前を合成したものです。ただ、あくまで裏設定的なものでそこまでストーリー上、重要ではありません。


何だか本当に設定の垂れ流ししているような…。


それはともかく、最近、更新が遅れっ放しですが、次こそ一ヶ月で…頑張り、たいです。

では、よろしければ次回お会いできれば幸いです。


2011/09/13 脱字修正

(誤)情報だけただの悪い冗談か、誤情報だと思うだろう→(正)情報だけなら、ただの悪い冗談か、誤情報だと思うだろう。


2011/09/13 文章修正

(前)それでもガンジャス負傷で一度は戦局が膠着した。→(後)それでもガンジャス負傷で、ジャヴァール有利だった戦局が一度は膠着状態まではもっていけた。

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