第5話「寮監デボネ」
その後は主にジンスが喋り手となって、旅の苦労話にハルシェイアとメイアが同意したり、故郷や家のことを話したり(その中で、ハルシェイアは自分が孤児で養父に拾われたことを二人に話した)、これからの学園生活に語ったり、ジンスとメイアがここまでくる乗合馬車の中で知り合ったことなど話された。
そしてその夜…、一階、寮監私室のダイニング。
「なるほどね…やりたいことを決める、良いと思うわよ。ちなみにあなたのように入学時に志望が決まっていない生徒はだいたい四割ぐらいって話だから…」
「結構、いるんですね」
「そうみたいね」
約束の通り、夕方、デボネと夕食をとった後、ハルシェイアは志望のことを聞かれたので、昼のメイア・ジンスと話したことを伝えると、このような反応が返ってきた。それに少しハルシェイアは安心し、少し顔がほころんだ。
しかし、次にデボネが言った一言に凍り付く。
「でもあなたはその年でジャヴァールでは人がうらやむような地位も名誉も職も得ているのよね」
「っ?!」
(え、なんで…?なんで――知っている、の?)
ハルシェイアは学園に来るに当たって、自分に関する必要以上の情報は送らなかったし、推薦人も帝都で塾も開いている宮廷学者に頼み、念のため姓も現姓ではなく本姓で登録した。
あまり知られたくなかった、特別だと思われたくなかったのだ。何より――人殺しだと知られたくなかった。それだと、何も変われない、そんな気がした、からだ。
「私のこと、知っているんですか?」
「ええ、ジャヴァールの“傭兵姫”さん、でしょ?」
決定的だった。この人は全部知っている。どんな事をしていたか、してきたか。ハルシェイアは目の前が暗くなった気がした。
「……その呼び方――嫌い、です」
「そうなの?それはごめんなさい――あと、一応、言っておくと、だからと言って、私は良くも悪くも特別扱いするつもりないから、安心して良いわよ」
デボネがそういって優しく笑む。作り笑いではない、自然な大人の笑み。
「え…、あの、何で?」
「私にあなたを特別視する理由はないし、この寮に来る前のことなんて、そこまで興味がないの。ただ、寮に来る子がどんな子か知っておきたい、ただそれだけ」
「でも――私は…」
「その先は無しよ。…それを言っちゃうと私も同じ穴の狢だから――あ、これは内緒ね」
デボネを唇の前に人差し指を立てて、また優しく笑う。先ほどに比べてどこか陰のあるものだった。ハルシェイアは何も言えなくなってしまった。
大人しくなった彼女を見てデボネは指を戻し、一拍置いてからまた独り言のように話し始めた。
「まぁ、そうね…人がうらやむような地位・名誉・職と言ったけれど、その歳でそんなもの得てしまった、だから悩むことになったのよね」
(なんか見透かされている…私?)
ハルシェイアは裸にされたような感じがした。でも何故か嫌な感じはせず、むしろ――
(安心している?)
「ともかく、志望についてはおいおいかなぁ。ゆっくり考えるといいと思うわよ」
「はい」
「じゃあ、堅い話はここまで、ね――と、言っても、どんな話しようか?」
デボネはテーブルにひじを突き、手の上に顎を乗せてハルシェイアを覗き込んできた。
「え、え、えーと?…」
(こういうとき、どんな話をすれば…?エディはいつも話題を振ってくれたし…何話せば?)
ハルシェイアが混乱のため機能停止しているのを見て、デボネがぷっと吹きだした。
「会ったときから思っていたけど、こういうの苦手?」
「あ…ぅ」
図星を疲れてハルシェイアは顔を赤らめて縮こまる。それを見てデボネはまた軽く笑った。
「じゃあ、私がインタビューしましょうか――そうね、まずは誕生日から」
「え?えっと…十月十六日、です」
「あら、あと二ヶ月ぐらい?お祝いしなくちゃね」
「あ…お構いなく」
「構っちゃうわよ――では次、うーん、好きな物、事は?」
改めてこういうことを聞かれ、ハルシェイアは少し困る。ハルシェイア自身、物にあまりこだわりがないので、具体的に何が好きというのはすぐに思いつかない。
強いて言うなら…
(…食べること?読書?)
ハルシェイアは食べることが好きだった。そんなに大食いではなく、むしろ食は人に比べてやや細いほう。それでも、色々なところで色々な美味しい物を食べるのは好きだった。読書もビブロマニアとまではいかないものの、暇なときはまずはあれば本を読む。ただ高価なものだから、父親と旅をしているときは一冊買って貰っては次の町まで読んで、そこで売り別の本を買って貰うということをしていた。今回の旅でもその方式で本を繋いできた。
そこで、もう一つ好きなあったことに気が付いた。帝都アルデネスを出るとき、別れ際、エディに預けてきたあの子。
「好きなのは…食べること、読書――それにフーヤン」
「フーヤン?」
「父さんに初めて買って貰ったぬいぐるみ…くまさんの」
言ってから、ハルシェイアはこの歳でくまさんのぬいぐるみというのはどうなんだろうということに気が付いて、すこし恥ずかしそうに俯いた。
そんな、彼女の言を聞いて、訊ねた当人であるデボネはクスリと笑った。ただ、それはハルシェイアが思ったのとは違う意味でであった。
「お父さん…傭兵王ガンジャス・エステヴァンが、熊のぬいぐるみ…!あはは、渡すところ、見てみたいわね」
傭兵王ガンジャス・エステヴァン、それはハルシェイアの養父の名前で、剣聖十五剣の一つ「太陽剣ヘリオエブス」の主の名でもある。現在ジャヴァール帝国の治めるモルゲンテ旧十三州地域や、その南でアステルテの東にある聖教国・イステルーア王国のさらに以東地域の広い範囲で活躍した高名な傭兵で(ハルシェイアの出身地で拾われたヅズ村は聖教国の南南西で彼の活動領域としてはもっとも西端であり南端である)、現在は縁あってジャヴァール帝国に仕えている。
(デボネ、もしかして父さんのこと、知っている…?)
ハルシェイアはデボネの反応を聞いてそんなことを思ったが確かめようとは思わなかった。先ほどのこともあり昔のことを訊くのは気が引けたし、きっと…訊いてもはぐらかされる、そう思ったからだ。
ハルシェイアがそんなことを考えていると、続けてデボネが口を開いた。
「お父さんのこと、好き?」
これは、悩むまでもなかった。
「好きです」
しかし、デボネはやや意外そうであった。それもそのはずで子供を戦争に駆り出す親は決して良い親ではない。しかも、ハルシェイアの初陣は五歳である。世間的には傭兵王が才能のある子供を拾って戦わしていると言われていた。
もちろんハルシェイアはそういった風聞は知っていたし、言われ馴れてもいた。もちろん風聞は風聞に過ぎず、半分しか合っていない。これを説明するのも馴れていた。
「えっと…初陣は仕方なかったんです、成り行きというか、父さんの知らないところで起きたので。あとは、私も父さんと一緒に居たかったから、勝手に戦場についていったり…」
「…しかも、傭兵王が親愛の情とは別にあなたが仕事上で有効なのに気が付いたと」
「はい。だから道具扱いというのは違うんです。普段は娘で、仕事の時は一兵士…なんです。父さんは優しいんですよ、本当は」
「納得、以前見たときの印象と風聞での印象が違ったからね。それならね…」
デボネはそこで一服お茶を飲んだ。ハルシェイアもつられて同じ動きをした。
その後、デボネは話を転換して少々躊躇いがちに質問をする。
「…これは聞いていいのかわからないけど――生まれた場所のことって覚えているの?」
「え?」
「さっき、騎士ジグルットが同じ村の出身って言っていたから。本当かなと思って」
「あ、はい…多分。私は三歳だったので本当はよく覚えていません」
これは本当である。ハルシェイアには生まれたヅズ村の記憶はない。はっきり覚えている最初の絵は無骨だけど暖かい、今より若い養父の顔。漠然とした悲しかった記憶はあるあとは――
「でも、隣のお兄さんに遊んでもらったような記憶が…それに――」
「それに?」
「今日、会ったとき、なんか『懐かしい』って思ったんです」
デボネは目をぱちくり瞬かせた後、
「そう」
と言って微笑んだ。
その後、少したわいもない話や街や学校のことを話し、お茶が無くなった頃、デボネが声を潜めて唐突にこんな話をした。
「そういえば、聞いている?」
「…え?な、なにをですか?」
「西からきた殺人鬼の話」
「…殺人鬼?」
ハルシェイアは首を傾げる。今日、馬車で到着してからここまでそんな話は聞いていなかった。
「うーんまぁ、今日、着いたばかりだものね」
「事件になっているの…ですか?」
「うん、この東側のほうではそうでもないけれど、西側では割とそれも深刻な状態のようね――」
デボネの話によるとその殺人鬼が最初に現れたのは、このアステラルテから西に伸びるベルテン街道沿いに三日行った場所にあるステイアウス伯国の中規模都市ギルズ。ここで、三人、その後ベルテン街道沿いに二人、アステラルテに入ってから西から東へ移動しつつ、既に十八人。その被害者数が示すとおり、当初は道ばたで出会った人間に対する辻斬りまがいだったようだが、徐々にエスカレートしていっており、特にアステラルテに入ってからは屋内に押し込んでまで凶行に及ぶ例も出ている。
そこまで聞いて、ハルシェイアは少し気になったことがあった。
「…なんで、それら全部が同じ犯人とわかるんですか?何か共通でもあるのですか?」
「全員ね…どっか食べられているんだって」
「……どっか食べられている…?犯人、って、魔獣じゃない…?」
「目撃者がいて、少なくとも人型はしているみたいね」
ハルシェイアは首を傾げる。もちろん別に何が食べられたんだろう?と思ったわけではない。被害者の遺体が食べられている、それは分かった。ハルシェイアが不思議がったのは、
(食べて…どうするんだろう?)
ということ。人が人を殺す時、普通はそれを食べるという行為は伴わない。ハルシェイアもそんな光景はまだ見たことはなかった。人伝えに飢餓の時、そういうことがあったような話は聞いたことはあったが、ピンとは来なかった。
そんなハルシェイアの考えを悟ったのかデボネは言う。
「私も詳しいことはわからないわ…ただ勘だけどどうもお腹が空いたから、という理由ではない気がするわね。状況にもよるけど、食べたか、持ち去られたか、一見してはわからない。ということは犯人が何らかの形で『食べました』ということを示威した、うーん?――まぁ騎士ジグルットあたりに聞けばその辺わかると思うけど…」
デボネは血なまぐさいことさらっと言った後、変わりなくお茶を飲む。
ハルシェイアもデボネの意見は妥当だと思った。そして、それ以上は分からないのも同意見であった。
そして、ハルシェイアはそんな殺人鬼など、自分には関係のない話だと、この時はそう思っていた。
ハルシェイアはそこでふと、話題を変えて先ほどから気になっていたことを聞いてみた。
「あ、あの…」
「なに?」
「えっと…騎士ジグルットって、あの…ジグルットさん、騎士なんですか?」
その質問を聞くと聞かれたデボネは軽く呆気にとられたように目を丸くした後、腹を抱えて笑い出した。
(あ、あれ、私、へんなこと言ったの?)
ハルシェイアがオロオロとすると、笑い終わったデボネが目尻に涙を溜めて訳を話した。
「ああ、ううん、ごめんごめん。あの円卓十六士のジグルット・カティが、それもあんなに劇的な再会していおいて、そこまで認識されていなかったなんておかしくて」
「あの…ジグルットさんて有名人?」
「それは円卓十六士だからね」
「えっと、円卓十六、士…?」
「ああそれはね――」
円卓十六士。このアステラルテ独自の制度で、新太陽帝国に仕えた大賢者アステラルテが帝国崩壊後、この地に居を構えた際に付き従った十六人の護衛に由来する。将来有望で品行方正で文武に特に優れた者――出身は問わない――が選ばれて、他の騎士とは違い、独立した権限と行動が許される。また、慣例として30才前後までには退任し、その後、アステラルテに残る者は都市幹部になることが期待されるエリート中のエリートであった。
「――で、彼はその中でも最も有望視されているのよ。飛び級繰り返して、第三学校を14才で卒業して、今はたしか18才で上級研究院に通いつつ騎士業に励む、と」
「すごい…ですね――あの…」
ハルシェイアが何か決意したように声をあげる。
「ん、なぁに?」
「…ジグルットさんと改めて話したいんです」
それを聞くと、デボネは優しく笑った。
微妙に会話が不自然な気が…気のせいならいいけど(汗)
作者の対人能力の低さが滲み出ているかも知れません…orz
次回は残酷描写有りなので注意してください。
2013/06/12 ご指摘により脱字修正
(誤)色々ところで色々な美味しい物を食べるのは好きだった→(正)色々なところで色々な美味しい物を食べるのは好きだった