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学園都市アステラルテ  作者: 順砂
第三章『異邦の地にて』
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幕間3-2「密談」

「申し訳ありませんでした、勾当様…」

 黒い服を着た男達が、一人の男に対して平伏していた。場所は豪奢な机と神学書などがぎっしりと詰められた本棚に囲まれた、広い部屋。おそらく誰かの執務室であろう。そして、その机の前にその「勾当」と呼ばれた男は立っていた。白いイステ教会の大司祭の法服を着た五十前後の男だ。

「良い。次善とは言え貴公等は十分働いてくれた。大司教様もお喜びなることだろう」

「は…。あ、有り難き幸せ」

 男達はあたまを下げたまま礼を言う。やや腑に落ちない様子であったが、男達にそれを問う資格はない。命じられたとおり動き、上が満足する結果を出す。それだけであり、それが至高であるのだから。

「だが…」

「?」

「影を付けられたのは感心せぬな」

 その勾当の言葉に男達が思わず驚いたように顔を上げる。

「『我は全の息吹により、闇を見出す――聖魔法“見鬼”』」

 勾当が詠唱をすると、一番後ろに居た男の影から滲み出すように泡のような黒い物が浮かび上がり、宙でひらひらと蝶の形を為す。

 自分からそのような物が出てきた男も、今までそのような物が付いてきたことに気がつかなかった仲間達も愕然とした。これは、あっては成らない失態だ。普通ならば処分は免れ得ないような事態だった。

「『灯火よ爆ぜよ――“焔”』」

 その言葉と共に影の蝶は燃え上がり消え去った。

「ふむ…」

 男が考えるように自分の顎を撫でる。

 それを見て男達が青ざめつつ再び平伏した。

「申し訳…」

「よい…。当然、向こうも最初からこちらの仕業であると考えておろう。だからと言って、ランディオ・ペティルは動くまい。向こうにとっては事を荒立てようなど考えるはずもない。向こうにとって、今回の件が我々の行為であると実証された…ただそれだけだ」

「……はっ」

 それを聞いて男達はさらに、床に額が着くほどに深く、深く頭を下げた。

「だが、貴公等を退け、そのような精度の追跡魔法を扱うような術者…それがペティル家に付いているというのか…何者だ?」

「わかりません。姿も闇にて確認出来ず…」

「ふむ…少し調べる必要があるか…?――ではそれは貴公等にまかせよう」

「はっ」

 男達は受諾の意志を示す。

「だが、それは後でよい。差し当たっての課題はネラス・グラニートの居場所を掴むこと、そして、優先すべきはネラスの確保ないしネラスを我々の手以外に落ちないよう処理することだ」

「……分かっております。ですが、未だネラスの居所は掴めておらず…」

 男たちのリーダーが苦い顔をして言う。今回の件に関して失態続きだ。一つ一つのそれが、上が勾当でなければ、切られていてもおかしくないものだ。

「それは、街のどの勢力も同様のようだ。果たして鼠はどこへ潜り込んだのか――最優先事項として続けて調査せよ」

「了解致しました…」

「うむ、では下がれ」

「はっ…」

 男達は慇懃と退出し、部屋には勾当だけが残される。そしてつぶやく。

「使えない手駒を使わざるを得ないとは、な…」

 だが憂いを帯びたその言葉を他に聞いた者は居なかった。


 一方、同じ頃、勾当と男達が会話していた場所から少し南に下がった聖行通り沿いの歩道。もう少し歩いて横道に入れば、第二女子寮が見えてくると行った位置。

「?!」

 歩いていたハルシェイアは突然、立ち止まった。

(追跡の影が、消された…?)

 逃亡した暗殺者を尾行させていた魔法が消失したことにハルシェイアは気付いたのだ。かなり隠密性の高い陰属魔法である。相当、魔法に敏感な人間が向こうに居たようだ。ある程度の想定内とは言え、少なからず驚いた。

「ハル、どうしたにゃん?」

「あ…いえ、ちょっと――」

「何か心配ごとかにゃん?」

「えっと…」

「にゃん?」

 見ると皆が立ち止まってハルシェイアを見ていた。

(ぅ…?)

 そして、急に緊張したハルシェイアは、アルナの印象的な瞳に思わず、

「あ、あの、えっと、ここからちょっと北へ行ったところに教会の施設、あります?」

と聞いてしまったのだ。

(あれ…私、何を聞いて…??!)

 今、この状況では明かに不審で唐突な言葉であり、実際、エルナスとリスティが訝しげに眺めていた。ただアルナだけは変わらない様子で、

「ん~と…ちょっと北にゃと…?あぁ…、聖ヒルエン教会あるにゃん。リダーナ兵事勾当が神父にゃあ」

「兵事勾当…、教区軍政の長…?」

 イステ教会の兵事勾当(ここではアステラルテ大司教区兵事勾当)とは、大司教区に置かれ、そもそもは大司教殉教団や大司教麾下の騎士団を統括する事務方の頭である。しかしながら、実質上は、軍事組織的にも殉教団将軍よりも上首となり、軍事行動に対しても多くの権限を有している。

「大司祭で、教区長補佐も務めるから、実質、大司教の次に偉いにゃん」

(……ということは、リスティのお父さんの暗殺命令をだしたのは――)

 リダーナ兵事勾当である可能性が高い、とハルシェイアは内心で結論づける。そこに到ってリスティもハルシェイアが何を話しているのか理解したようで、やや厳しい表情を見せた。しかし、アルナとエルナスが一緒のため、それは一瞬だけですぐに平静を装う。

「それが…どうしたんだ?」

 エルナスは怪訝そうに聞いたが、それをアルナがハルシェイア達の事情を知ってか知らずか、口を挟む。

「まぁまぁ、別に良いにゃあ。そういうのが気になる年頃もあるにゃん」

「どんな年頃だ」

「にゃははは…。それにエルナスは早く戻りたいんでしょ?にゃん。こんな処で立ち止まっても仕方ないにゃあ」

「……釈然としないが――ふぅ、先へ行くぞ」

 軽く嘆息したエルナスの呼びかけで、再び歩き始める。これ以上、追求されずホッとしたハルシェイアだったが、次の瞬間、アルナの意味ありげに片目をつむったのを見て、ドキリとした。

(この人は・・・どこまで・・・?)

 気がついているんだろう、とハルシェイアは考えるが、その答えはようとして知れなかった。



(この子は、ホント、色々な意味で変わっている子だよね~。ねぇルグダーナ)

《だねー》

 歩きながら面白そうにハルシェイアを観察していたアルナが内心、誰かに語りかけるとアルナにしか聞こえない声で返答があった。声は無邪気な少女の物であり、元気で明るめの声であるが、それに反して生身の人間が喋ったような現実感はない。

 アルナはもちろん返答があったことには驚かず、その声との音にならない会話を続ける。

(ハルシェイア…、ハルシェイア…、どっかで聞いたことあるような名前なんだよねー?ルグダーナは聞き覚えある?)

《ん~…?ない、かなぁ…?でもでも、あの刀は多分、私の「お姉ちゃん?」だと思うよ、さっきも言ったけど》

 ルグダーナの言う、さっき、とはハルシェイアが路地裏に降りたってすぐのこと。ハルシェイアの愛刀が自分の姉であることをルグダーナはアルナに告げていたのだ。

 そうルグダーナはアルナの太刀である。魔剣も含む精霊器は大小の意志を持ち、中には会話が成立するものが存在する。だが、実を言えばルグダーナのように饒舌な精霊器は非常に珍しい。なお、ハルシェイアの黒姫は、古い精霊器ながら意思の疎通ができず、意志そのものも希薄であり、こちらも非常に珍しい。

(ということは、あの“お姉さん”が作ったってこと?)

《ん~…多分?》

 アルナの問いかけにルグダーナは曖昧な答えを返す。別に誤魔化しているわけではなく、本当に明確には分からないのだろう。

(どういうこと?)

《そういう感じ、直感?…ピピーン、とするだけで他はよくわかんないの。だって、呼びかけても答えてくれないんだもん――多分、『理』が違うんだと思う?》

(ことわり?)

 アルナは心の中で首を傾げる。精霊器については解明されていないことが多い。基本的に古い器物が大小の意志を持った物であるが、その差は単純に古さで決まるわけではない。古くとも精霊器にはならない物もある。専門家ですらその差がどこから来るのかは諸説入り交じって統一した意見が出されていない。であるから、専門家ですらないアルナにはさっぱりわからない。

 しかし、それに対する返答もまた舌足らずな物であった。

《うん、私と生まれたとこが違うんだと思う。私はこっちだけど、あの子は向こう…かな?》

(あっちとか、こっちとかは…多分、まだ私が聞いちゃいけないこと、だと思うけど…とにかく生まれ方が違う、と?)

《うん、そんな感じ~》

 アルナがルグダーナと出会ったのは去年の夏、実習で地方殉教団の山林訓練に参加したときのことだ。彼女が所属した部隊が魔物の群れに襲われ、彼女は重傷を負ったまま、遭難し、再び魔物に遭遇した。本来なら喰い殺されていただろう。だが間一髪助けが入ったのだ。

 鮮やかすぎる朱色の髪に、小さな眼鏡をかけた不思議な女性。無造作に業物であろう長柄の剣を振るって、魔物を倒した。「私は頭脳労働者なんだがな…」などと文句を言いつつ。

 そして、ルクレールという名のその女性に助けられ、何を気に入られたのかこのルグダーナを貰ったのだ。そして、彼女が“異邦人”であるということを聞かされた。それも特殊な。

 “異邦人”とは、理由は分からないがまれにこことは別の世界から紛れ込んでくる人のことである。そして、それら“異邦人”たちは例外なく同一の世界から迷い込んできていることが判明している。魔法のない世界らしく、彼らには魔力があっても魔法は使えない。

 しかし、ルクレールとそして、アルナが運び込まれた先にいたもう一人の“異邦人”は巧みに魔法を使った。

 そして、ルグダーナの言う「あっち」や「こっち」はその辺りの事情に関わるらしいが、アルナはそれについて詳しく聞いていない。ルクレールたちが話すつもりが無かった上に、アルナにはそれを聞く覚悟はなかった。

(……いつか、もっと私が強くなったら、ね)

 あの事件で、アルナは自分が力も心も弱いことを思い知っていた。天才とちやほやされて調子に乗っているつもりは無かったものの、甘えがあった。アステアルテに戻ってから、自分より実力が上の多くの人と試合をし、多くのことを学んだ。それでも…

(私も、まだまだだなぁ)

 アルナは悟られないようにハルシェイアを眺める。

 笑い飛ばしたものの、ハルシェイアの抜き打ちにはドキリとした。恐怖も覚えた。それ以上に高揚する。やはり上には上が居るんだと。

《私はそんな「まだまだ」な、アルナが好きだよ、強くて》

(ふふん、ありがとルグダーナ…実は私もけっこう好きなんだよ、「まだまだ」な自分)

 アルナは嬉しそうに微笑む。これは第三者がみても明かで、

「いきなり、気持ち悪いぞ」

と横のエルナスが眉をひそめたが、

「ちょっとした密談が楽しいにゃん」

と悪びれた様子もなくあっそう答えた。ルグダーナのことを知っているエルナスは仕方なさそうに曖昧な表情を見せたが、よく意味が分からないハルシェイアとリスティはきょとんと首を傾げた。

「ほらほら、そんなことより、目的はもう目の前にゃん。早く行って、早く休憩したいにゃん」

 アルナが指さす先には寮がもう大きく見えた。


お待たせしました。

でも幕間ですみません。


地震が怖いです。

先ほども富士山辺りで震度6強の地震がありましたが、

玉突き的に大地震が起きるのは史料上明らかですので、

東海や東南海が誘発するんではないかと内心ビクビクしています。

あ、でも、地震の専門家ではないので誘発云々は話半分でお願いします。


次回はやはり一月をメドに頑張りたいです。

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