第14話「聖なる刺客と死の天使」
「……」
同じ頃、屋敷の主であるランディオも目覚めた。そして、すぐに気がついた。
「………こんな夜分に何のようかね?」
半身を起こして部屋に居た招かざる客らに問いかける。黒ずくめの三人の人間――黒い服に黒い覆面、黒い靴に黒い手袋――、性別も分からない。ただ黒くないのはその手に持つ白刃のみ。
薄闇の中で光るその白刃が汚れていないことにランディオは、内心、不幸中の幸いだと喜ぶ。少なくともここにいる彼らは屋敷内のものを誰も傷つけずここまで侵入してきたということだ。だが逆にそれはそれほどの実力のある連中であることも示している。
(…油断、していたな)
この時期、自分が殺されるという影響を考慮していなかった。最大の火に油では済まないだろう。
「ふぅ……誰の手のものかね?」
自分でも下らないことを聞いていると思いつつも不埒者共を威圧するように眺め見る。ランディオに助けを呼ぶという選択肢はない。そうしたところで彼らはすぐに自分を殺して、駆けつけてきた使用人を殺して去るだろう。
だからこれは悪あがきだ。だが、ランディオは本気で足掻くつもりでいた。彼らを差し向けた人間の思い通りにさせるわけにはいかない。
(昔習った護身術でどの程度しのげるか…ふふ)
絶望的とも言える状況に自嘲の笑みがこぼれる。
だが、彼らはそれに反応は返さない。ただ、作業的な確認するだけだ。
「ランディオ・ペティル、だな」
「いかにも。知っていて来たのだろう?」
「………」
応えはない。
そして、一人が動く。
(速い…っ)
結局の所、ランディオは何も出来なかった。ただ、兇刃が振り下ろされるだけだ。
(くっ…?!)
ランディオとて諦めるつもりは毛頭ない。が、この状況はそのランディオに覚悟させるにたる状況であった。
(すまな…――)
「――がぁはっ!!?」
だが、次の瞬間、獣の如き悲鳴をあげて吹き飛んだのはまさにランディオに白刃を突き立てようとしていた暗殺者の方だった。
「な…?!」
「?!」
すんでの所で助かったランディオだけではなく、暗殺者達にも初めて動揺が走る。何が起きたか誰も理解出来ないのだ。
「な、に」
ランディオが気がつく。自分の目の前の“闇”が一際、濃いことに。
そして、暗殺者たちも同時に気がついたことがあった。部屋の扉が開いていた。それ以上に異常があった。その扉の向こうが黒いのだ。夜闇ではあり得ない漆黒。
それが蠢いていて、部屋の中へと染み出していた。そこからひたりとひたりと何かが出てきた。小さな影だ。
「……その人には手を出さないでくれますか?」
冷え冷えとした声。知らない人間には若いことは分かるがそれ以上のことは分からない。
普段の彼女を知っている人間が聞いても一瞬、誰か分からないような冷たい声だ。
陰属魔法“深淵”で装束の代わりに影をまとったハルシェイアだ。
だが、その影――ハルシェイアよりも標的に近いのは暗殺者の方。普通に考えれば、残る二人のどちらかが一歩踏み込めば、影より早くランディオを殺せる。けれども暗殺者は冷静だった。仲間が何故飛ばされたか、少なくともどのような種類の魔法が使われたのか、既にその時には理解していたようだ。
「ふっ」
ランディオに向かって短剣を投擲する。が、それは凝集した影によって防がれる。陰属性魔法“影人”――影や闇に人の形に練り上げて操る魔法――、魔剣事件の時も獣人と化した男の手首をへし折った技だ。
しかし、暗殺者たちにとってそれは意図通りだった。その投擲は囮に過ぎない。その間にもう一人が、
「斬風!」
とバルコニーの窓を切り崩して、脱出し、剣を投げた暗殺者は倒れている仲間の服を掴んで壁の穴から飛び降りた。
「っ…!」
まさか、ここまで慎重に要人を暗殺しにきた人間がこんなに早くそれを諦めるとは思わなかったのだ。完全に虚を突かれた形となった。ハルシェイアはそれを追おうと、バルコニーへ飛び出そうとしたが、
「追う必要は無い」
と冷静なランディオの声で止められる。疑問符を浮かべながら、ハルシェイアは彼に向き直った。
この時、既にハルシェイアは纏っていた闇を解いており、夜目になれていればその姿をはっきりと見ることが出来た。
それを見てもランディオはまったく驚かなかった。既に声は出していたが、普通ならば娘の友人があれだけのことをしたなら少なからず驚愕するはずである。それがない、ということは。
ハルシェイアはハッとして、ランディオの顔を見た。
「気付いて?」
「最終的に確認したのは今、さっきだがな」
「…ぅ」
最近、こんなことばかりだ、とハルシェイアは思った。本当に知られたくなければ、まったくの偽名にすれば良かったのかもしれないが、後の祭りだ。別に密偵活動をしているわけでもないのだが、出来ればジャヴァールでの事は知られたくない。
「――とりあえず、それはいい。助かった、礼を言う」
「ぁ…どういたしまして…。あの?」
「何故、逃がしたか、かな?」
「はい」
ハルシェイアには逃がす理由がわからない。安全性を考えれば、捕らえて暗殺の背景を明らかに一番だし、最悪殺してしまってもその分、相手の暗殺者が減るのだ。無論、下手人を殺したことで相手が出方を変えて、行動が読めなくなる可能性もあって一概に最善とは言えないが少なくとも短期的には身の安全が図られる可能性は高くなる。
「端的に言えば、私が殺されかけたという事実だけで、火に油、に成りかねないのだよ」
その端的すぎる言葉でも、“治安維持”に関わっていたこともあるハルシェイアは理解した。
「…つまり、だから…隠蔽、する?」
ハルシェイアの思考に今のこの街の状況が思い浮かぶ。ハルシェイアも関わったあの暴行事件から街を揺るがす動乱へ発展しつつある。その中で、要職である財政長官就き、影響力の強い名門の当主であるランディオが暗殺されかけた。この爆ぜる寸前の事態にその刺激は如何ほどのものか。
だが一方で暗殺されそうになった事実は変わらない。そして、裏に誰が居るのか、ハルシェイアには心当たりがあった。歩行術や体さばきが自分の副官ブルレデトと似ていた。
おそらくランディオもそれに気がついている。だからこそ、犯人を見逃したのだ。
「………教会、ですね?」
ブルレデトは元教会系の暗殺者だ。その動きが似ているということ同じ系統の技を習ったものということだ。
そしてランディオは自嘲的に笑う。それが肯定であった。
だが、分からない。教会がランディオを狙う意義が。
「でも…なんで?」
「混乱に乗じて、この街を抑えるつもりなんだろう――来る聖戦のために」
言われたハルシェイアはそこで初めて気がついた。この街が抱えるもっと大きな問題が今回の騒動の背景にあることに。
教会の言う聖戦が何を意味するのか。エディが、ジャヴァール皇太女エディスティンがそれをかなり意識していたからだ―― モルゲンテ統一戦争の最中に。
「対鉄竜帝国戦…?!」
南の大陸に住まう魔族の国家、エーゲル=バース鉄竜帝国。元々、南大陸中央部の山地の三つの弱小国が自衛のために統合したのがこの国の始まりだった。だが、次第に力をつけて、特にここ百年ほどで強国化し、つい先月には南大陸北部の対エーゲル=バース連合の中核だったメルチェヘンを併合してほぼ魔族世界統一を確実にした。
そして、大方の見解ではそのまま人間世界に武力進出してくるだろうと予測されている。もちろん明日、明後日の話ではなく、鉄竜帝国がそれらの新入地域をまとめあげるのに十年以上はかかると予想されているので、それ以後であろうというのが大方の予想だった。
無論、このことは可能性でしかない。実際は攻め込んでくるかどうかも分からず、攻め込んで来たとしても本当に十年以上後かどうかも分からない。これは現時点で最も高い可能性にしか過ぎないのだ。
だが、それを抜きにしてもイステ教会の権威は、アステラルテを中心にこの西アルナジェン地域では都市の強大化により相対的に政治的求心力が低下しつつある。しっかりとこの地域を抑えておきたいというのもあるのかもしれない。
事実、今回の騒ぎで、抗議民衆の裏にはイステ教会の影が多分にちらついている。この騒ぎで民衆の味方として立場を誇示し、大学派に打撃を与えた上で、密かに火を煽るだけ煽ってから火消し役として力を示す――そんな青写真を描いているのかも知れない。
もちろん教会も十全の成功をすると思ってはいないはずだ。だが、これによって少なからず権威を改めて強く示すことは可能だ。
(……だから、かな)
そのような教会だ。教会としてもランディオを殺せなくとも、ランディオが暗殺されかかった事実だけが欲しいのだろう。暗殺者たちの諦めが異様に早かったのもその所為かもしれない。周りに分かるように派手に窓を壊せば、最悪それでも任務は達成出来るのだ。邸内に箝口令を敷いて内々に処理にしても、この窓の壊れようだ。人の口に上るのも時間の問題である。
「……大変、ですね」
「まったくだな」
まとまった感想が言えなかったためそれだけを言うと、意外というべきか、当たり前と言うべきか、ランディオはそれに素直に、やや苦笑気味で同調した。
そのあたりでようやくランディオの部屋に家の人間が集まってくる気配がし、急に外でも護衛達が事態を把握したのか慌ただしくなる。
ハルシェイアは息をついて刀を鞘に納めた。
11月忙しくて、少し更新遅れてすみませんでした。
なので、少し短めです。
ハルシェイアが微妙に活躍する回ですが、結局後半は説明文orz
というか、これ学園物だったよね?たしか。
四章は路線戻せるといいなぁ…というか一応その予定です。
では、今回はこの辺で。次は年内更新目指して。