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学園都市アステラルテ  作者: 順砂
第三章『異邦の地にて』
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第13話「良い悪夢の中で」

今回は久しぶりに、残酷描写注意です。

軽め…ですが。

 その昔、この地を治めた王朝の離宮として建てられた壮麗な白亜の山城は、今や黒くくすんだ煙と、赤い炎と紅い鮮血で彩られている。その地理的条件と構造から美麗さと堅固さを知られたエーデレユス朝のシェチェーレン城は今まさに陥落しようとしている。

 これより一月前のこと、既にこの一年半前に東のグルバフを併合した北のジャヴァール王国により、エーデレユスの都カモステレネは落とされていた。

その際、国王以下中枢は都の東のダーラ山地にあるこの城に遷っている。まさにここが最後の砦であった。それが今、まさに落ちようとしていた。

 「東の文芸国」と謳われたエーデレユス王国の終焉である。

そして、ジャヴァールによるモルゲンテ地域統一時代の開始する、その瞬間だった。


 鮮血が舞い、白い壁と、白い肌と白い髪を濡らす。だが、その白い髪は既に赤く紅く染め上げられている。ハルシェイアはそれに眉を動かさない。心も動かない。

 床に無残に転がる、少年兵の虚ろな瞳と目が合っても。心はまったく動かなかった。そして、走る。斬る。走り、また斬る。

 ハルシェイアと共に敵陣を突き進むのはたったの二人。短剣を持つ痩身の平凡な男――独立近衛第六分隊副官のブルレデト、戦場で冗談みたいなドレスを着て冗談みたいな大鎌を振るう冗談みたいに妖艶な毒婦――第六分隊員ヴェティリス。

 だが、この三人だけで充分だった。作業のように淡々とそれでいて素早く確実に敵兵を屠るブルレデト、嬉々として壁や床、柱ごと相手を切り裂くヴェティリス。城内に残存した勢力などそれで充分だった。

 それに城内に散開した独立近衛を中心とした部隊が他の場所を制圧にかかっている。殆ど兵など居ないのと同じ。

 だが、ここに来て、敵兵士の士気が上がっている。この絶望的な状況で。

(王が…近い、から?)

 だが、それだけではない。それでも折れるときはポキリと折れる、人心などというものは。不思議だった。つまりはこの王にはそれだけのものが有るというのだろうか。

 そんな勇者達を何人斬り殺しただろう。ハルシェイアは一際、大きな扉を見つける。事前の情報ではそこは謁見室だった。

「ハァァっ!!!」

 ハルシェイアは扉の十歩ほど前で勢いを緩めず裂帛の気合いと共に右手に持った脇差し空で横に薙ぐ。魔剣に乗せられた単純な魔力は、その大きな扉を――守っていた三名の兵士ごと――砕き吹き飛ばす。木くずや石屑ともに、肉片や内臓がばらばらになって部屋の中へ吸い込まれていった。

「うわぁ、ハルちゃんたら、えっぐーい」

 後ろでヴェティリスが楽しそうに何か言っていたが、無視した。

そんな生臭い残骸を越えると、謁見室だ。しかし、元々私的な離宮の所為かそういった部屋としてはそれほど広くない。

 その奥、飾り気はないが気品溢れる椅子、そこにその男は座っていた。

中肉中背の年齢は六十近いはずだ。顎髭を蓄え、泰然と理知的な瞳の色を湛えている。男の名はパティオ・ラル・エーデレユス。モルゲンテ地域を三つに分けたエーデレス朝第四代国王にして、おそらく最後の王になるもの。東の賢王、文国の哲人王と呼ばれた男だ。

「エーデレユス国王、パティオ陛下、ですね」

 黒い刀身を煌めかせながら、ゆっくりと男の方へハルシェイアは歩き、後ろの二人もそれに倣う。もっとも、ヴェティリスだけは陽気な鼻歌を口ずさんでいるが。

「たしかに私がエーデレユス国王、パティオだ。それで君は?」

 簡単な問いだ、だが、すこぶる唐突だった。

「……え?」

 一瞬何を問われたか分からず呆気にとられて、思わずハルシェイアは、

「ハルシェイア・ジヌール・エステヴァン、です、……?」

と素直に答えてしまい、首を傾げる。ハルシェイア自身思っていることだが、このような場所にいる白髪の十歳過ぎの少女など、彼女意外には居るはずもない。

 一瞬、この王に自分の情報が届いていないのか、とも邪推するが、

「もちろん、君のことは聞いている、ハルシェイア嬢。わずか十歳にして、ジャヴァール王国独立近衛連隊長。我が友、ダルナハを討った少女。最初は悪い冗談だと思ったことを良く覚えている」

とあっさり否定された。

「実際、このようにまみえても信じられないという気持ちもあるし、種々の憤りも感じる。君が憎き敵であるということも、目の前で若い命が散ったことにも、そして君のような少女が戦場に立っている、その異常さに。敢えて問う、ハルシェイア嬢。何故、君はここに来たのかね?」

「え…あの?」

 続けざまに問われてハルシェイアはどぎまぎする。その様子を見たヴェティリスは溜息をついて忠告する。

「ハルちゃん、こんなのただの時間稼ぎよ、まともに受け答えしないのぉ」

「え?!・・・ぁ」

 気がついて、表情を引き締めて王を見るが、王の賢明な瞳は何も変わらない。

「時間稼ぎなどをするつもりもない。首を取るというならそれも良かろう。ただ、末期に知りたいだけだ――そしてまだ私は君に答えを貰っていない。ハルシェイア嬢…何故、君はここに居るのかね?」

 その話し方は静かに真摯でハルシェイアにはヴェティリスの言うように時間稼ぎには思えない。それ以上に改めて問われて、妙な焦燥感が湧き上がってきた。

(私は…?)

 応えるべきか、応えないべきか。それ以前に、もしも応えるとしても何と答えればいいのか。まったく分からなかった。なんだか、床が急に不安定になったような、そんな気がした。

「・・・・・・」

「君の意志かい?」

(私の…?)

 自分の意志なのだろうか。確かに最初は父親の役に立ちたくて、役に立ったことが嬉しくて、それが理由だったはずだ。

 だから、何か、ひっかかりを感じながらも答える。

「…私は、父さんの為に」

「お父さんの為に?君の父上はそれを望んだのかね。だとすれば、正気ではない」

「と、父さんは、一言も…!」

「ふむ…でも君はここにいる」

「…父さんの手伝い、したかっただけ。それは、私の気持ち、だよ?」

「したかった…か。普通は・・・少なくとも君のような歳の子の頑是無い願いでは戦は出ないし、周りが出さない。でも、君はここに居るだろう?」

「だから・・・それは、私の」

(何で…私、こんなに焦っているの?)

 何かを暴かれようとしている。ハルシェイアの漠然とした何かが。

「…君は気がついているのではないのか――もうその願いの期限が切れそうなことに、そうすることが当たり前だと、惰性的にそう思っているのではないのかね。考えを放棄して、大人達に利用されて、幼い願いのまま血剣を振るう君は、その剣とどこが違う?」

 思わず自分が携える黒い光りを眺める。夜の闇のように綺麗で、汚泥のように醜かった。

「考えない人間はモノでしかない。ならばまだ君は人間ではない。――だから敢えて問う…君は何者だ?」

「………」

 ハルシェイアはすぐには答えられなかった。代わりに後ろに居たブルレデトと、ヴェティリスが片や冷静に、片や焦れたように言葉を発す。

「ハルシェイア様、ただの詭弁です。耳に入れる必要はありません」

「ごちゃごちゃうるさいから、ちゃっちゃとやっちゃおう。私がやろうか?むしろやらせて、王様を嬲って殺すのやってみたかったのよね。なるべく死なないようにちょっとずつ……」

 だが、その悦に入ったような言葉は、

「君たちは黙りなさい――私は彼女と会話している」

というパティオの静かな叱責に遮られる。興を削がれた形になったヴェティリスは一瞬で激昂した。

「何様よ、立場が分からないの、やっぱすぐに――」

「ヴェティリス…静かにして」

「――くっ、ふん」

 今にもパティオを殺そうと武器に力を込めたヴェティリスの機先を制してハルシェイアの冷え冷えとした声が響き、ヴェティリスは不満そうに脱力した。

「………」

 そして、改めて王を見据える。

 たしかにブルレデトの言う通り詭弁なのかもしれない。それは分かっていた。だけど、それを詭弁とは切り捨てられない。これは、むしろ――

「私は……私、だよ・・・」

 ひねり出した言葉はそんな言葉だった。むしろ、それしか言えなかった。

「何故、あなたはそんなことを言う、の?」

「ふふふ、敗者から勝者への個人的な忠告だ。君には興味があった。十歳ほどの姿をした白い死神、傭兵姫。我が臣を殺戮する少女――実際、まみえてみれば、大きな力を持った故に非道く歪まされた、歪んでしまったただの不安定な少女だ。私は私・・・それも一つの真理だろう。しかし、君はそれを胸を張って言えるほど、何者かになっているのかな?」

 見透かされた気がした。

 その目はおそらく王者の目だ。彼の言葉通り敗者から勝者への忠告ではないし、ましては年上の者から年下の者に対する単なるそれでもない。

 では、何なのか。

「・・・・・・・・・」

 実際、よく分からなかった。彼の言いたいことが。でも一つだけ理解した。理性ではなく感情がそう訴えていた。これは――呪い、だと。

 だから、そこで無理矢理、ここに来た理由を思い出す。

(私は殺しに来たんだ……)

 ハルシェイアは一歩、足を出す。徐々に老人に近づいていく。だが、その歩みと並行するように王の言葉は止まらない。

「君はまだ何者でもない――だが、それは無限の可能性だ。ある程度生き方が限定されるとしても、な」

「…っ」

 王の瞳が初めて生の感情らしい悲しげなそれでいて愛おしげな揺らぎを見せて、ハルシェイアはその言葉と共に軽い、しかし深い衝撃を受けて足を止めた。もう一歩踏み込めば、首を落とせる距離。本当に二人で相対していた。

「君はしたいことを、なりたいことを探すべきだ。それで、この血の塗られた道を選ぶならそれも良い。だが、今のまま、惰性に人を殺し続けるなら、君の歪曲が不均衡が、周りを多くの人々を巻き込んで破滅するだろう。君にはそれだけの力がある――そうだろう…カグイアナを継ぐ者?」

「?!」

 無意識に太刀を握る力を強めた。

(この人…この剣のこと、気付いて…)

 視線が交差する。死を、自分が殺されることを予期しているはずのパティオの強い瞳。それがハルシェイアを混乱させる。まるで自分が獲物のようだった。狡猾な兎に追い詰められた哀れな狼――それが虚構だとしても、この一瞬においては一つの真実だった。

 無意識に体が震えた。手が動かない。その事にハルシェイアは酷く混乱した。

(なん、で…なん…で?)

 こんなことは初めてだった。何か魔法を使われたのではないかとも思う。だがそんな兆候はなかったし、そんな感覚もない。何かが内から渦巻き湧き上がっている。それがハルシェイアを押しとどめていた。

「・・・何を躊躇う?君は私を殺しに来たのだろう」

 そう言いながら彼は笑った。

「っ…」

 そこからは一瞬だった。左の太刀を握る力を緩め――右手の脇差を薙いだ。

 その瞬間、彼はつぶやいた。

「私もまた何物でもなかったな」

 ごとり…

 鈍い音を立て、賢者の首は床に転がり、視界は紅く染まる。

 ハルシェイアはにやけた顔を愛刀の“黒姫”に力を込めて一瞬で引き締めた。

 脇差――血と殺戮を求める魔剣“月闇”は普段、“黒姫”の力に戒められている。今回はその戒めを“黒姫”に緩めさせ、魔剣の性質を利用して王を惨殺したのだ。

 そんなことをしたのは初めてだった。そんなことをしないと人を殺せない自分に出会うことも。

 ハルシェイアは通常感じない妙な虚脱感を味わっていた。

 床に転がるモノのかっと見開かれた瞳と視線が合う。


 ――君は何者だ?――

 ――君はまだ何者でもない――

 ――君はしたいことを、なりたいことを探すべきだ――


 ――私もまた何物でもない――


「なんで…なんで。そんなこと…言うの?」

 思考は混乱し、心は虚ろに満たされる。そして――

 だから、あの時、あんな事をしたのかもしれない。


「私はあなた方を討つようには言われていない…だから、逃げればいい」


 あの瞬間、あの二人を見逃すなど――


 

「……」

 ハルシェイアは夜中に目を覚ました。まだ夢で見たエーデレユスの王の顔が眼の裏に焼き付いている。見ようとしなかった自分の歪みに気付かされた日のことを。アステラルテに来る遠因となった邂逅を。

この夢を見るのは久しぶりだった。少なくともこの街に来てからは。

 「…?」

 ぼやけた思考で部屋を見回す。大きな天蓋付きのベッド、広い部屋。自分の寮の部屋ではない。

「ん…ぅ…」

 ハルシェイアの隣で身じろいたのはリスティ。そこでハルシェイアは思い出す。

(ぁ…私、リスティのうちに…。…?)

 ハルシェイアは首を傾げる。別に何でリスティの家に居るか理解出来ないわけではない。何か違和感を覚えたのだ。

 いや違和感とは少し違うかもしれない。これは――

「…?!」

――異常だ。

 眠気が飛ぶ。

「リスティ、起きて…!」

 ハルシェイアはなるべく音を響かせないようにしつつリスティの体を揺さぶった。

「ん…うぅ…?ハル…?どうなさいましたの?」

 眠たげな目をしながらもリスティは目覚める。起きがけながらハルシェイアのただならぬ様子に気がついたようだ。

 そして、そんなリスティにハルシェイアはこんなことを訊ねた。

「この屋敷内で、暗殺されるとしたら、誰?」

と。


またお待たせして申し訳ありませんでした。

しかも、今回は回想なうえ、何か殺伐としてますし…。


このネタ自体はかなり前に考えたものだったのですが、メモも何にもしていなかったので、再構築するのに思ったより苦労。

しかも大学院のことで色々…完全に言い訳です。


あとこの間、ご指摘により大幅な誤字脱字修正を行いました。

ご指摘下さった方ありがとうございました。


またプロローグを加筆修正しました。

いくら何でも雑な序だったかな、と思いまして。


次回、話は多分、進みます。

そしてまた同じくらいのお時間を頂くことになるかと。

申し訳ありません。


よろしければ次回、また読んでください。


2010/10/28修正(匿名さんからの指摘に基づく)

・「作業のように淡々とそれでいて素早く確実敵兵を屠るブルレデト」→「作業のように淡々とそれでいて素早く確実に敵兵を屠るブルレデト」

・「応えるべき、応えないべきか。」→「応えるべきか、応えないべきか。」


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