第4話「太刀と友人」
荷物を置いてとりあえずすぐに必要な物だけを出してクローゼットの中に置く。その後、刀袋を持って、二人の座るテーブルに向き直った。テーブルには背もたれがついた椅子が二つに、丸椅子が一つ、いつの間にかテーブルの上には三つカップ――ハルシェイアの分も用意されていた。背もたれの椅子にメイアが、ジンスが丸椅子に移っている。
期待したような二人の熱い視線をうけて、ちょっと恥ずかしくもあったが、袋の紐を素早くほどき中から太刀を出した。二人が軽く息を呑むのが聞こえた。
現れたのは、全体的に黒系統で統一された糸巻太刀拵の太刀。長さはハルシェイアの身長の三分の二ほどの長さもあり、鞘は漆黒だがやや紅い光を放っていた。装飾は全くなかったが、その姿そのものが一種芸術品と言えた。
ハルシェイアはそのまま淀みのない動作で刀を平行に抜き放つ。小柄のハルシェイアがこのような刀を抜く姿はまるで手品か何かのようであった。
緩やかにして優美な反りのある刀身、白銀にも漆黒にも光る刃、切先は小さく、刃文は直刃に近い小乱で、静謐な雰囲気と妖しげな輝きを相持った美しい太刀であった。
またその太刀を儚げな人形のような容姿のハルシェイアが持っているのだから、それは一種、一つの芸術作品のようであった。
メイアもジンスも息を飲み込んだまま、その天然の彫刻にしばし見とれてしまった。そんな二人に当のハルシェイアは目をぱちくりさせ、
「どう…したの、ふたりとも?あ…いきなり、抜いたのダメ…だった、の?」
と不安げにちょっと的はずれなことを言った。でも、そんなハルシェイアに見とれていたことも忘れて二人は軽く吹き出し、それから二人とも立ち上がって、ハルシェイアの持っている物を覗き眺めながら言う。
「ちがう、ちがう…んまぁ、ちょっとね。でも変わった片刃剣だよねー…すっごい綺麗だけど」
「ええ、あんまり綺麗なので見とれていただけですよ――それより、それはサーベル…ですか?」
見とれていたことが恥ずかしかったのか、少し誤魔化したジンスと、さらりとそれを告げたメイアと、対照的ではあったが、訊ねたことは同じだった。
現在において主流となる刀剣は両刃のものである。使い勝手の良い片手両手両用剣や短めで盾と併用する片手剣、長大な両手剣、突き刺すことを目的とした細身の物など…片刃で良く見られるのはサーベルと呼ばれる片手湾刀で騎乗での補助的な武器で、北西諸国(北西五王国、またはルーデレイナ地方とも)では儀礼で使われる。ハルシェイアの太刀は少し見ただけなら刃の形状はサーベルと似ており、北西諸国のルメゲン出身のメイアにはそう見えたようである。
「えっと、これはサーベルじゃなくて、太刀。旧太陽帝国時代の両手用の片刃剣…私は片手で使ったりもするけど…」
「へぇ、これが…話には聞いたことあるけど、すげぇ骨董だね――ん?!ということは精霊器?しかも太陽時代の?!!」
「あ…うん、そんな、感じ」
ジンスの驚嘆に、ハルシェイアは少し誤魔化すように言葉を濁らせて肯定した。
精霊器というのは、魔法鍛冶が鍛錬した武具の中でもある程度古くなり、簡易な意志に近いもの持ったものである。
通常の武具にはない強度や切れ味、強い効果がある一方、武具自体が使用者を選定することもあり、武芸者にとってはそれを所有し、さらに使い手となるのが憧れでありステータスなのである。とはいうものの、魔法鍛冶が鍛錬する武具はちょっとやそっとでは致命的に破損したり状態が悪化したりはしないので、精霊器自体はかなりの数が現存し、成ったばかりのものならば、傭兵でも買うことだけならできる。
しかし、今から3200年以上前の旧太陽帝国時代ものとなると、剣聖15剣を初めとして教会や王家、大貴族や名族、国家や都市などが所有し、個人が持つのは珍しい。ましてやこの年代の少女が持つのはひどく珍しく、またこの少女が例え王族だったとしても、常識的にこのような国宝級の刀剣を留学する娘に与える親はいないだろう。
「そ、そんな、感じって…それってほんとだったら、す、すっごいじゃん?何、ハルって皇女か何か?!!」
「あっ、え?ううん、ち、ちがうよ」
興奮しきったジンスに詰め寄られ、ハルシェイアは目を白黒させて、右手で太刀をもったまま一歩後ずさる。
「ジンス落ち着いて。それじゃあハルが喋りにくいんじゃないかしら?」
「あ、ごめん、ごめん――でも、ほんと、それはどこで?」
「えっと…、私、小さい頃から、父さんと旅をしていて、そこでたまたま見つけて、主に認められて…」
「たまたま…?」
「森の奥の洞窟にあったの」
『・・・』
その思いもかけないあっさりとした答えにメイアもジンスも唖然とした様子で、今何かおかしな事を言ったのではないかと、またオロオロと狼狽え始めたハルシェイアを眺め――そして、また吹き出した。
ハルシェイアは可愛らしく目をぱちくりさせた。
「まぁしかし、そんなお宝が拾えるなんて、ラッキーにもほどがあるよなぁ」
「そう…なのかなぁ?」
「いやいや、そうだと思うよ」
そう言いながらジンスは口にお茶菓子を放り込み、向かいではメイアがお茶を静かに含んでいた。
三人は既に落ち着いて、椅子に座り、昼食代わりのお茶会を楽しんでいた。ハルシェイアも既に刀をしまい、それは背後のクローゼット横の壁に立てかけられている。
お茶はメイアが持ち込んだアーデイ王国産の青茶で、あまり値の張らない物らしいが趣味が良く、美味しかった。お茶菓子はジンスが買ってきた一口サイズ焼き菓子で、目の前でうずたかくなっていた。これもほどよく甘くて、ハルシェイアの好みだった。
(それに…お茶とすごく合う…美味しい〜)
「でも、あれ見ちゃうと、あたしの剣は見せにくいなぁ…どう見ても『ドラゴンとトカゲ』になっちゃうよ」
「え…そんなこと無いと思うよ。私もジンスの剣、見たいな」
ハルシェイアがそういうと、メイアも頷いた。
「あ…そ、そう?じゃあ、あとで持ってくるよ。でも、精霊器でもないし近代の作だし…一応、親父の知り合いの魔法鍛冶が作ったやつだけど」
「私もジンスの剣が見てみたいですね」
「うーん、そっかじゃあ、まぁ期待しないで、ということで――剣は良いとして、ハル?」
「えっと…何?」
「大したことじゃないんだけど――志望学科は?さっき紹介の時、言っていなかったでしょ?やっぱり傭兵科?」
「あ…うん、じゃなくて――」
ハルシェイアは何故か言葉を濁した。二人が心配そうに彼女を見つめた。
ここで言う志望とは中等部から高等部に上がるときの志望である。彼女たちが通うアステラルテ第三中等高等学校は高等部では高等教養科、傭兵科、魔法科、文学科、政治科、商業科、技術科、芸術科、医療科、調理科の十専攻科が存在するが、中等部では中等教養科の一つしか存在しない。しかし、中等部入学時から高等部進学時の専攻科を意識して授業を取るためにこの時期から志望が問題となるのである。
「――決まってないの」
「決まってない…?」
「うん…、何をしたいのか決めたくて学園に来たから…」
ハルシェイアが、テーブルに置かれたカップを見つめて言う。カップに映る彼女の顔はその液体の色よりも暗くなっていた。
「うーん、そういうのも有りなんじゃない?やりたいことを決める…良いんじゃない?」
「そうですね。時間はまだたっぷりありますし、学園には多くの先輩方が居られるようなのでそういう方たちを見るのも良いかもしれません」
ハルシェイアはその二つ声を聞いて顔を上げた。
「そういう、もの?」
「多分…よくわからないけど、結構、居ると思うよ。ハルシェイアみたいな子――つーか、それが普通だと思うし。あたしらだって、家が騎士だから…って感じだしなぁ」
「ええ、そうですね。もしも、そういう家に生まれずにここに来ていたら、私も迷ってしまっていたかもしれません」
「そう…なんだ」
ハルシェイアは少し安心すると同時に自分の世間知らずさを少し恥じた。もちろん、将来の不安は消えない。見つからないかもしれない。でも、こういう風に二人に不安を言って、二人にこう言われて、少し気分が軽くなった。そしてちょっと嬉しかった。
そして、それが顔に出ていることを笑って指摘された。しかし、そうやってからかわれるのもやっぱり少し嬉しかった。
事件が起きませんね…。
もっとテンポよい書き方ができる文才が欲しいですorz
2010/10/12修正(メッセージにてのご指摘による。ありがとうございました)
・「武具自体が使用者を選別こともあり」→「武具自体が使用者を選定することもあり」
・「学園には多くの先輩方は居るようなので」→「学園には多くの先輩方が居られるようなので」