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学園都市アステラルテ  作者: 順砂
第三章『異邦の地にて』
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幕間3-1「会議は踊る」

 正直、下らないと男は思った。

 目の前で繰り広げられている茶番劇が、だ。

 男は後ろの方に座り、腕を組み議場全体をつまらなそうに睥睨していた。

 その男は四十ほどの痩せ気味の男で、顎には立派な髭を生やしている。歳に比して眼光は鋭く、精悍で理知的な雰囲気を醸し出している。派手ではないがこの場の他の人間よりも身なりがよく、居るだけで存在感があった。

 男の名前はランディオ・ペティル。この街の祖である大賢者アステラルテの弟子ボルナグ・ガイナスの流れを汲むペティル家の現当主で、市行政の次長を兼ねる財務長官でもある。父が先々代の市長、叔父が総学長、自身も次期市長の有力候補されている。

 しかしそれは家柄や七光りだけではなく、アステラルテ随一の能吏としても名高く、現在の地位に就任してから六年で市財政を急激に改善させた実績は敵派閥からも評価されている。

 そんな男がこの議題では一言も発していない。

(………)

 議場は半円上に席が並べられ、中央に議長席と登壇が置かれている。そして右には所謂、大学派、中央に中立勢力、左に聖堂派が座る形となっており、ランディオは右中央の一番後ろに席を持っていた。

 そして、今、右と左の陣営が言い争っている。詳しく言えば、右はこのところの事件の中心人物たるネラス・グラニートを擁護する大学派の市長一派、左は聖堂派。さらに良識ある中立派も右陣営を攻撃している。

 だが、大半の中立勢力は事の趨勢を窺い、右の陣営の市長派以外の者は押し黙っている。

 ランディオもそんな沈黙している右陣営の一人ではあるのだが、そんなの様子を俯瞰しながら内心失望していた。もちろん件の事件がネラス・グラニートの犯行と断定されたわけではない。だが、その後が不味かった。有力な容疑者を取り調べもせず、ろくな捜査もせず、犯人をほぼでっち上げて、しかもそれに反対する民衆を弾圧した。市長の権力を背景とした容疑者の父親である市警総長の主導で、だ。

 最初から厳格に法に則って行動すれば、少なくともこのような騒ぎになることは無かったのだ。

 にも関わらず、ここ数日、朝から晩まで一向に進まず、身のない激論を繰り広げられている。そして、毎日、自派閥に議員を取り込むために食事会やパーティーが開かれている。まさに、会議は踊る、されど進まず、だ。

 大学派の大物であるランディオの発言は良くも悪くも影響力が強すぎる。この沸騰した中、例えランディオが火消しに回ったところで劇薬になりかねない。もちろん、裏では異が落ち着くように方々と連絡を取り合っていたが、どちらかと言えば他の面々が冷静になって、自浄的に軟着陸しないかと静観していたのだが、結果がこの調子だった。

 ランディオにとって予想外だったのは市長派が想定以上に強硬路線に傾くと同時に我を張ったことだ。正直、自信の失策を彼は悟っていた。

 どちらにせよ我慢の現界だった。

(潮時…か)

「――いいかね」

 ランディオが明朗な声で議論に割ってはいると、議場が静かにざわめく。眠っていた獅子が突然目を覚ましたのだ。

 それは中央で座っていた六十ほどの議長も同様だったようで、虚を突かれたようなかおをしていた。

「議長?」

「あ…、ランディオ・ペティル議員、発言をどうぞ」

 ランディオが促して議長は我を取り戻したのか職務を果たし、それを確認してからランディオは改めて発言する。それも議場に爆弾を落とすような。

「帰っても、よいかね?」

「え……」

 平静を取り戻しつつあった議場中が本格的にざわめき始める。

「それは……?」

「そのままの意味だよ、ラバーナ君。このような下らない議論を聞くより、家に帰って娘と食事する方が遙かに有意義だよ。そもそも、これは議会に諮るような議題ではない。然るべき方法で然るべき犯人を取り調べて、大法院にかけるべき事案ではないのかね?無論、私事無く公正に、だ――違いますか、ヤングレー市長?」

 そういうとランディオが三つ右隣にいた市長を睨み付ける。市長派が言うところの犯人は既に取り調べが終わっている。つまり、このランディオの意見は、市長が庇っているネラスを取り調べろと言っているのだ。

 そのランディオに睨まれた市長がぎくりと肩を震わせた後、ハッとしてランディオを睨み返す。同じ派閥という意識があったヤングレーにとっては、そのランディオの発言は酷い裏切りに等しかったのだ。

 だが、ランディオはそれを敢えて無視した。言いたいことは言った。それで議場が紛糾しようが、派閥間の力関係が変わろうが、この際どうでもよい。既に議会は機能していないのだ。

(黙って肉が腐るのを待つよりも、例え燃えてしまったとしても火にかけた方がよほど有意義だ)

 無論、ただ事をそのような消し炭にするつもりはない。議会を見限ってもやるべきこと、出来る限りのことはしなければならない。

「では、失礼する」

 そして、ランディオは立ち上がり、議長や他の議員の制止を振り切り議場を出た。扉を閉めてもざわめきは止まないが、ランディオはもうそれを気にはしない。

議場を出て一階へ向かう階段の所で、控えの間からランディオが議場を出たことを察した秘書のデルペールが合流し、彼に指示を与える。

「デルペール、内々におそらく彼のことだからもうしているとは思うがカリウス総騎士団長に今回の件の調査を依頼してくれ。もう市警ではどうにもならない」

「畏まりました」

「大法院は?」

「総騎士団特例には議決が必要だと…」

 総騎士団特例とは市警の持つ警察権や門兵隊が持つ門衛権などをそれらの部隊が機能不全に、ないし特別な事情において動かせない場合に騎士団にその権限を代行させる措置であり、ランディオは今回の件にこの制度が使えないかと考えていたのだ。

 だが、現状、議決に持ち込めるとは到底思えなかった。

「――ただ…」

「ただ?」

「大法院監察の捜査権を大判事五名以上の許可を以て一時的に騎士団に付与することは可能だそうです」

 それを聞いてランディオは頷く。それで充分だったからだ。

「なるほど…では、そのように働きかけてくれ」

「はい。門衛のほうには?」

 現在、今回の弾圧事件の抗議のために城外街の民衆が城壁の門に殺到していて、門兵と押し問答を繰り広げているのだ。だが、その対応は現況として門兵隊に任せっぱなしなのだ。

「絶対、傷つけるな。そして入れるなと内々に――もっとも私の助言など聞かんだろうが」

 門兵隊は城外軍麾下、どちらかと言えば聖堂派であり、門兵大隊長は生粋の聖堂派の軍人だ。大学派議員のランディオの言葉なのでおそらく無視するであろう。

「わかりました。他には何かございますか?」

「今のところは。第二邸へ戻る。何か変化があったら逐一伝えて欲しい」

「畏まりました」

 デルペールは一礼すると、踵を返し裏口の方へ急ぎ足で歩いて行く。ランディオのために馬車を呼びに行ったのだ。おそらく、下へ行けばすぐに馬車が横付けされるはずだ。

(物事も万事そのように行けば苦労はないのだがな…ままならんな)

 議場では見せなかった本物の溜息をついてから、ランディオはまたゆっくりと歩き出した。



なんとか掲載。

なんと三章初の幕間。

今回は初登場のリスティのお父さん、ランディオ視点です。


そういえば幕間って、何故かアクセス数少なくなるんです。

個人的には幕間含めて本編だと思っているのですが…。

幕間って言葉がわるいのかなぁ…。


次は申し訳無いのですが、未定です。

というかストックが0.5話分しかないので…。

なるべく九月末には戻ってきたいとは思っているのですが。

頑張ります。


では、よろしければまた次回。



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