第9話「尊い願望とよくある現実」
そんな事件のあった翌日、朝のホームルームの前、教室の席に座っていたハルシェイアは友人達と雑談していた。魔法科の先輩に呼ばれたメイアは珍しくハルシェイアの側には居らず、今ハルシェイアと話しているのは二人の女子。
一人はいつものリスティで、空いているハルシェイアの前の席を横に座っている、もう一人は、栗毛の髪を三つ編みにしている子で、名前はキャシーヌ・テグレネという。調理科を目指す女の子で、ハルシェイア達とよく席が隣同士になるのでよく話しようになっていた。彼女は通路側に立っていた。
「大学派と…聖堂派…嘆かわしいですわね」
昨夜の事件のことを話すと、地元民であるリスティは思いっきり眉をひそめた。それはポーズとかそういうことではなく、本気でそう思っているようだった。
「あれ、でも…リスティの家って…?」
そう言ったのはキャシー。ハルシェイアには何のことを指しているのか分からなかったが、アステラルテでは有名なリスティの家系のこと、市内出身のキャシーは何か知っているらしい。
「まぁ…そうですわね」
「?」
今度はわざとらしく溜息をついたリスティに、置いてけぼりをくらった形となったハルシェイアは首を傾げる。
「あぁ、ハルシェイアは知りませんのね。私の家、ペティル家は大学派の幹部…と認識されていますの」
「ぇ……、そうなの…?」
驚いてハルシェイアはリスティを眺めるが、そのリスティ本人は何か不満そうである。言い回しも何か微妙だった。
「巷ではそういうことになっているようですが、私や、祖父や父も外部の人を迫害するつもりは在りませんし、むしろ貴賤を問わず外部の出身者を受け入れて都市の発展に繋げるのには賛成ですわ。ただ、最低限市民としての義務を果たして頂きたいということ」
「あ…、なる、ほど…」
この場合の市民の義務とは主に納税の義務のことを指すのであろう。昨日、アラスから聞いた話を勘案すれば、このリスティやペティル家の考え方は大学派でも比較的穏健派に属する考えと言える。だからこそ外来人排斥を掲げる過激派や外来人制限派と一緒くたにされるのが不本意で仕方がないのだ。
話を振ったキャシーはというと苦笑いをしていた。あまり聞くことではないのかもしれないが、この街のことをもっとよく知るべきだと思って、キャシーにも意見を聞いてみる。
「あの…、キャシーは、どう思っているの?」
「え…あたし?ん~……」
キャシーは首傾げて少し考えて、言った。
「――みんな仲良く、できたら、いいかな」
その単純な答えにハルシェイアもそれまで憤り気味だったリスティも目を丸くする。
「あたしのうちは、古い市民の家だけど、教会人(被官人のこと)にも友達は居るし、外からきたハルシェイアやメイア達とも友達だし、だから、ね、仲良くできたら、って――アレ?」
そこでようやく二人が驚いた様子を見せていたことに気がついたキャシーは一瞬、訝しげに首を傾け、何故か顔を紅くした。
「あ、あれ、やだ、あたしったら…なんか恥ずかしいこと言っちゃって…」
「いいえ、そんなことありませんわよ。それは多分、重要なことですわ」
少しきまりが悪そうしているキャシーに対して、リスティは真剣な顔でそれを肯定した後、優しい笑みを浮かべた。ハルシェイアもそれに続けて肯く。
「キャシーは、優しいね」
ハルシェイアはニッコリとキャシーに微笑んだ。そんな笑顔をまともに見てしまったキャスは違う意味で頬を紅潮させた。
「え、あの…優しいなんて」
「優しい、よ?ね、リスティ」
「え、あ…そ、そうですわね」
リスティもハルシェイアの笑顔に見とれていたのか、ハルシェイアに声をかけられて気がついたように校訂した。
「あ……ぅ―――えへへ~」
キャシーが照れて、ハルシェイアとリスティは二人で笑い合う。
その時、その席へ近づいてくる人影があった。ハルシェイアの後ろから来たので最初にそれを見たリスティが何故か不機嫌そうな顔をして閉口する。
「何か楽しそうですわね」
「………」
無駄に偉そうな口調、一時期よりも控えめになったとは言え漂ってくる香水の香り。長い金髪も以前よりも簡素に結い上げているが、それでもその印象は華美の言葉が似合う。
「……あらあなたには関係ないことですわよ…セ・ラ・フィ・ナっ…さん」
リスティがあからさまに気分を害したようにその名を呼んだ。彼女はセラフィナ・ムアラベー・ティムリス・カースティルヌ、西の大国ゴリウス王国摂政の孫娘だ。家の慣習でアステラルテに留学している。ハルシェイアが最近仲良くなった、セラフィナのお付きであるダッテンに聞いたところだと、アステラルテ帰りはゴリウスの上流階級ではステータスになるらしい。
「別に貴女に聞いているのではなくてよ――ねぇ、ハルシェイア?」
そんなセラフィナもわざとらしく邪魔とばかりに、それでいて優雅に、手首を軽くリスティにふってハルシェイアに向き直る。この二人、自他共に認める犬猿の仲なのだ。
「そこの失礼な田舎貴族様、ハルシェイアとは私が話しているのよ。貴女はそこのお供の方達と楽しく、ご歓談でもなされていたら?」
そうやってリスティが指さしたのはセラフィナの後ろにいる女子生徒二人。セラフィナの随従で、アステラとハルニーである。その二人はというと険の強い黒髪の少女――こちらがアステラ――は「またか」といった諦観の表情で、少し垂れ目の栗毛の少女――こちらがハルニー――はちょっと面白そうにその様子を眺めていた。
「……あら、無礼な町貴族様、わたくしが誰と話そうとわたくしの勝手ですわ――ねぇハルシェイア?」
「えっ、と……」
いつもならメイアないしハインライが止めてくれるのだが、残念ながら二人とも教室に姿がない。助けを求めてキャシーを見るが、帰ってきた応答は、小声で、
(ご・め・ん・ね)
だった。
そんなことしている内にリスティとセラフィナがヒートアップしてくる。他に助けは無いかと首を回して、アステラと目があったが首を振られた。
(そ、んな…)
他の生徒達は避難。ダッテンは笑っている。
(ひどい…)
結局、この言い合いはホームルーム直前にメイアとハインライが戻ってくるまで続くこととなった。
キャスは言った。「みんな仲良く、できたら、いいかな」と。
ハルシェイアはそれが理想論だって知っていた。甘くて幼い願いだと。
だけど、と思う。
それでも、その甘い理想はとても素敵なものに感じたのだ。
そうなればいい、そうなって欲しい、と。
でも事はそんなにうまくいかない。現にこの時点で既に争乱の火種は燻っていたのである。
これより三日後の朝、ルイシュテン門近くの路地で全身に打撲痕のある男の死体が発見された。それはハルシェイアが剣を突きつけたあの男のもの、であった。
その事をハルシェイアが知るのはその夕方のことである。
何とかかんとか更新です。
今回は少し短めでしょうか?
今、少々どころではなく立て込んでまいりました。
六月、本当に忙しくてしわ寄せがじわじわと…orz
今月、執筆が非常にのろのろペースでストック、もう一話半ぐらいしか残っていません。
次の更新はどう…しましょう?二週間後に出来れば良いけれど…どうでしょうか?
という感じです。長くても一ヶ月以内には更新します。
がんばります。すみません…。
では、よろしければ次回お会いしましょう。
2011/08/02 指摘により修正
途中からキャシーヌの略称がキャシーではなくキャスになっていたのを修正。ご指摘ありがとうございました。




