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学園都市アステラルテ  作者: 順砂
第三章『異邦の地にて』
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第8話「もうすぐ13才……」

「アレ…?あの…こっち、屯所じゃ…?」

 あの後、少し歩いてから前を歩くアラスの行く方向が屯所に向かうルートから外れていることにハルシェイアは気がついた。

 それに対しするアラスの答えはこうだった。

「ん、あぁ、今日はもう遅い…寮に戻れ」

「でも、一度、屯所に戻った方が?」

 確かに気がつけば随分時間が経ってしまっている。八時の鐘は少し前に聞いたので今は八時半少し前という所。絶対ではないが、寮には九時には戻ることになっているのでなかなかぎりぎりの時間ではある。特に明日は授業がある。ハルシェイアは徹夜が比較的に平気な方ではあるが、寝られることに越したことはない。

 ただ先ほどの事件のこともある。現場に居合わせた人間としては一度屯所に寄るべきなのではないかともハルシェイアは思ったのだ。

 だが、それに対するアラスの答えはやはり直帰して良いということだった。

「このまま帰っても大丈夫だ。夜の方も人を雇ったからそちらに任せる」

「あ、…そう、なのですか?」

 夜にも人を雇ったとは初耳だった。ハルシェイアはてっきり雇われたのは自分だけだと思い込んでいたので少し驚く。

「あぁ、ちょうど昨日、男女の傭兵を二人、な。時間が合わないからなかなか会う機会もないと思うが、その時は紹介しよう――では、行こうか。寮まで送ろう」

「え…でも、私、大丈夫ですよ?」

 ハルシェイアは不思議に思う。自分のことを知っているはずなのに、どうしてそんな事を言うのだろうと。私のことよりも隊の仕事に戻った方が効率が良さそうなものなのに。

 だが、ハルシェイアのそんな言を聞いたアラスは立ち止まり、向き直って真剣な顔で後ろにいるハルシェイアに対面すて言う。

「先ほども言ったが、今の君はあくまで事務補助、非戦闘員だ。それをちゃんと送り届けるのも私の仕事だ、わかるな?――それに例え君がそういう事態に対処できたとしても、その時危険な目に遭うことには変わりはない。君は自分がまだ十二才の女の子に過ぎないことを忘れるべきではない。簡単なことだが、それだけに重要なことだ…」

 それを聞いてハルシェイアは目を丸くした。似たようなことを言われたことはあってもここまでまとまってハッキリ言われたのは初めてだったからだ。

「あ、あの…その…」

 だからハルシェイアは戸惑ってしまう。謝ればいいのか、お礼を言うべきなのか。

「素直に聞いてくれると嬉しい」

「え、っと――あ、ハイ」

 その返事を聞いてアラスは満足そうに頷いた。

「あ、でも…」

 ハルシェイアはあることに気がつく。これはとても重要なことだった。特にこの年代の少年少女達にとっては。

「ん、どうした?」

「あ、あの、私、その…十三才、です…あ、でも、まだ十二で…もうすぐ、なんですけど…」

 ハルシェイアの誕生日は十月二十六日、四日後だ。自分のことながらちょっとした背伸びだと思いつつもハルシェイアはほとんどもう十三才だと意識していた。そっちのほうが、なんだか大人って気がするからだ。

 そんなのが子どもっぽいことだと自覚しているので恥ずかしそうに言うハルシェイアに対してアラスは目を瞬かせる。

「……そうだったのか、すまない――そして、早いが、おめでとう」

「あ、いえ、ありがとう、ございます…」

 ハルシェイアは頬をほんのり紅くしてはにかんだ。その飾らないアラスの祝辞が素直に嬉しかったのだ。


 それから会話無く少々急ぎ気味に歩く。一度西側から旧城壁通りに出て南に下がれば屯所に近い市庁通りとの交差点に出る。ここまで来れば屯所に一度挨拶しても良いのではないかとも思ったが、アラスはやはりその気はないらしく、ハルシェイアを送り届ける方を優先して市庁通りを屯所のある東ではなく西に曲がった。

 そして、緩やかな坂の上に第二女子寮の灯りが見えてきた頃だった。

「――やはりもう一つ聞いておきたいことがある、いいか?」

と、唐突にアラスが口を開いて立ち止まる。

 ハルシェイアも反射的に歩みを停めた。

「?――大丈夫…ですけど…?」

 怪訝そうにハルシェイアは首を傾げる。重要な話は結構してしまった気がする。ジャヴァールでのことにしろ、魔剣事件のことにしろ。

 それ以上、アラスが真剣な声色で、わざわざ立ち止まって聞きたいことなど検討がつかない。

 そして問われたことも質問と言うより確認のようであった。

「ハルシェイア・ジヌール・エステヴァンのミドルネームは養子になる前の姓か」

「え?…あ、はい、そうです。…?」

「そうか……出身はエンコスのヅズ村、だったな」

「はい」

「………」

 そこまで聞いて、アラスは何か考え込むように押し黙る。ハルシェイアは怪訝に思って恐る恐る話しかけた。

「あ、あの……?」

 自分がアラスの気に触るようなことをしたとはいくらハルシェイアでもそうは思えなかったし、アラスの様子も何だか本当に何かを確認しているだけのように見える。

 ハルシェイアには訳がわからない。

 だが、答えは至極、明瞭であった。

「すまない…、エンコス事件の時、私はヅズに派遣されたので、な――」

(え…?!)

「――?!…そう、なん、ですか?」

 ハルシェイアは心底驚いた。目の前の上司があの場に赴いていたことはもちろん、アステラルテに来てから故郷に関係する人間によく会うという……奇縁にも。

 地理的にエンコスに近いこと、あの戦争の時、故郷のある一帯に派遣されたがのアステラルテ軍だったこと、そのアステラルテ軍に保護された多くのエンコス難民が軍と共にアステラルテに来て定住したこと…ここに来るまで知らなかったが、この都市がエンコスに縁深いのはそういった理由から必然ではある。

 だが、そうだとしても、ハルシェイアは奇縁を感じ得ずにはいられなかった。ジグルットに出会い、ヅズの生き残りの人に出会い、そのヅズに出向いたアラスに出会い――これが奇縁でなくてなんと言うのだろう。

「ああ。我々が着いたときは手遅れだったが…すまない。それに…――これは、本当は言うべきことでは無いのかも知れないが…だが、君に伝えておきたい――君の父親の遺体を確認したのは私だ」

「ぇ……?!」

(おとう…さん、を……)

 父のことは覚えている――たった一つの光景だけ。くすんだ金髪には赤い…、碧の瞳は胡乱げで、何より床に、転がり、首だけで…。そんな、終わりだけ。

 それだけだ。それを父だと認識していたし、すごく怖くて、怖くて、哀しくて、悲しくて、何より気持ち悪かった。その後の記憶はない…次に気がついたとき、原野をさまよっていた。

(――なのに、私は今、そんな光景を作る側の人間……なんだよ、ね…)

 今、そんな光景を見たとしても何にも思えない。

あの時は確かに感じていたはずなのに、そんな感情が在ったはずなのに。

そんな風に記憶にこびりついた感情がそう投げかけてくるのに。

だが、現在は違うのだ。

(あの時に、私……壊れちゃった、のかな)

 黒髪だったはずの髪は白髪になっていた。記憶も曖昧で――そもそもろくに喋ることができないような年齢だったが――名前以外のことを途切れ途切れに思い出し始めたのは一年以上経ってからのことであった。

先ほどの誕生日にしても唯一覚えていた日にちだったため誕生日としたのだけなのだ。結局、それが事実なのか思い出すことはなかった(もっともそれが正確だったということは最近ジグルットの父親から聞いていて判明している)。

何より養父に発見されたとき、どういう訳か村からかなり離れた場所を歩いていたのだ。だから養父はヅズの隣のやはり全滅した別の村の娘だと勘違いしたぐらいだ。そこで身寄りのないハルシェイアを引き取ることにしたのである。

もしあの時、ハルシェイアの出身地がヅズだと養父ガンジャスが気づいていたら、どうなっていただろう。遅れて村に到着したアラス達に預けられて、ジグルット達と一緒にここアステラルテで暮らしていたかもしれない。

そう思うとやはり奇縁と言えた。

悲劇が無ければ今の自分は無い。現実の自分ともしもの自分、どちらが幸せなのかは分からない。それでも何か凄く悲しかった。

例え新しい父母が居たとしても、自分を生んでくれた父母にはもう会えないし、記憶にすらいないのだ。

(……?)

そんな形にならない悲哀の中で、思考の隅で何かが過ぎる。何か大事なこと、忘れている気がする。

それを思い出そうとしてが、

「すまない、嫌な話をしたな」

と声をかけられて思案が途切れた。

「…え?」

 アラスにそんなことを言われて、一瞬理解できなかったハルシェイアが思わず声をだしてしまった。遅れて、考え込んでいたため気鬱になったのかと勘違いしてアラスが謝罪したことに気がつく。

「あ、いえ…少し、考えていた、だけ…なので、その――」

「そうか?だが、それでも……」

 真摯に申し訳なさそうなアラスに足して、ハルシェイアは逆に恐縮してしまう。

「本当に、全然…えっと――だから……」

(アレ…?)

 唐突にあることに思い至る。アラスは確か「父親の遺体を確認」したことを不用意に言ってしまい、それで落ち込ませたかも知れないと謝っている。

(母親は……?)

 そういえば、自分の母親がどうなってしまったのか、全く聞いていなかった。おそらく死んでしまっているのだろうとは思っていたが。それでも今のアラスの言い回しは気になった。「両親の遺体」ではなく「父親の遺体」なのか。

 忘れていたのはそういうことだ。死んだとは思っていた。だが、明確に誰かに確認したことはなかった。

 だから勢いのまま聞いてみる。

「あの、私の、母は…?」

「………遺体は確認していない」

 アラスはそれだけ言うと言いあぐねたように押し黙る。気遣ってくれるのは素直に嬉しいが、ハルシェイアはどうしても気になった。

「どういう、事……です?」

 ハルシェイアの思いの外しっかりした質問にアラスは重たくなっていた口を開いた。

「損傷の多い遺体が多くて誰だが、誰のどの部分なのか、分からないのも多かった」

 やはり、とハルシェイアは思った。特定できるような遺体には母は含まれず、あとは誰だが判定できない数人分の死体、といったところか。心の中で溜息をついた。ハルシェイア自身、今何故かもやもやしているこの感情の正体はわからない。

「だから行方不明者は死亡と判定した――だが君は生きていた」

 そのアラスの言葉が意味する所…それを理解したハルシェイアは。

「ありがとう…ございます」

と素直にお礼を言った。

「ふぅ……すまない、気を使ったつもりが逆に使われてしまったな――慣れないことをするものではないな」

「あ、あの、その……」

 何か言おうと思うが、言葉が続かない。そんなハルシェイアを見てアラスは笑みを浮かべ、

「そろそろ行こうか、これ以上遅くなるのは不味いだろう」

と言って再びアラスは歩き出す。

「あ、はい」

 帰るべき場所の灯りは優しくハルシェイアの家路を照らしてくれていた。




 その頃、第六警衛小隊屯所。

「初日と言うことで少し早めに来てみたら、いきなり事件なんて…タイミング良いのかしら、悪いのかしら?」

「良い、でいんじゃないか。やりがいあるだろ?」

「まぁそうね。暇なよりは性に合うし」

「――しかし、移民差別か…こっちにもあるんだな」

「わたし達もどちらかと言えば迫害される方…かしら」

「さぁ…まっ俺は、本当に異邦人、だしな」

「……。――さて、張り切って見回り行きましょう」

「あぁ」

 そんな会話を残して男女は屯所を出て行った。二人は知らない。実は大きなニアミスがあったことに。それに気がつくのは比較的近い将来のことである。




今回は難産でした。

あまり文章にも納得いっていません。

いつか直したいです。


しかし何故か六月忙しい…何故だorz


まぁそんな感じでして、次回もおそらく一週空けてということになってしまいそうです。

もしできれば、来週更新したいのですが、それが出来た例なし…。


こんなポンコツ作者ですが、それでもよろしければ次回もよろしくお願いします。

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