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学園都市アステラルテ  作者: 順砂
第三章『異邦の地にて』
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第5話「二振りの愛刀」

 次の日の放課後――今日は七時間目まで授業を入れていたので、昨日より一時間遅い――、再びハルシェイアはルーベイ区第六警衛小隊の屯所を訪れていた。もちろん勤労のためだ。しばらく放課後や空いた時間は必ず仕事を入れることにしている。

 ちなみに今日、ハルシェイアは二つの長細い袋を背負っていた。昨日説明された携帯が義務づけられている武器として愛刀である“黒姫”と脇差“月闇”を持参したのだ。登録すれば街中での携帯許可も出るらしい。

 ただ、登校前にメイアにも指摘されたのだが、たかが事務員の護身用としては少々大仰すぎる。素直に借りた方が良いのでは、と言われたが、ダッテンの事件以来、自分の愛刀たち――特に“黒姫”が側にないとなんとなく落ち着かなくなってしまっているので、この特例の携帯許可はまさに渡りに船であった。

「あの…失礼します。今日もよろしくお願いします」

「ん?ああ、よろしく」

「あ、来たわね。こんにちは」

「あ…、こんにちは」

 ハルシェイアが挨拶しながら所内に入ると、ソファーで資料を広げて話し合う男女が言葉を返してくれた。一人はアルテ、もう一人は…

(たしか……、騎士アラス?)

 がたいの良い四十前の男性、小隊長のアラスだった。昨日は時間が合わずに合うことは叶わなかったが、前にあったときの印象通りやはり岩みたいだと思う。なんとなく雰囲気が養父に似ている気がした、良くも悪くも。

 そのアラスの座るソファーの横まで歩いて行って、

「あ、あの。よろしくお願いします、騎士アラス」

「ああ、こちらこそ、頼むぞ」

「はいっ」

とぺこりとハルシェイアが頭を下げると、アラスはごつごつした顔を緩めた。それを確認してホッとすると、ハルシェイアはアラスの向かいに座っているアルテに向き直った。

「えっと…、その、武器を、持ってきたんです、が……?」

「武器…?ああ、携帯義務の、ね。登録するから、見せてね」

「はい……ぁ」

「ん?」

 ここに来てハルシェイアは大変なことを失念していたことに気がついて真っ青になった。彼女の二振りの佩刀、普段自分しか持つことがないのであまり意識していないが、両方とも魔剣の類だ。“黒姫”の方は特定の主が居る場合、他人が持ったところでなまくらになるだけだが、“月闇”は違う。生粋の、それも草創期の、年を経た“人を喰らう”魔剣だ。ハルシェイアが持つ分には“黒姫”に押さえ込まれて主に従うが、他人が持てばその限りではない。

(ど、どう、しよう……?)

 それなれば大変な騒ぎになりかねなかった。鞘ごと魔法で封印すれば(今使っている刀袋にはその効果がある)平気だろうが、今そんなことをしたら不自然だし、そもそもチェックするなら刃も見るだろう。それでは意味がない。

「どうしたの……」

「あの…その…二つ、持ってきて、いて……」

「二つ?」

「は、はい……それで、一つだけ、お願いしても…?」

「かまわないけど?」

 アルテは怪訝な顔でハルシェイアを見る。それはそうだ。わざわざ二つ持ってきて、一つだけ登録するというのも変な話である。ハルシェイア自身その事に気がついていたが、咄嗟に思いついたのがこんなことしかなかったのだ。

「うん…?――まぁ、じゃあ、見せて」

「あ、はい」

 慌てて短い袋をソファーの間の背の低いテーブルに立てかけ、長い方の剣袋から“黒姫”を抜き出し、アルテに渡した。

 それはハルシェイアにとってはいつも通りの黒系統で統一された糸巻太刀拵に納められた湾刀。しかし、これにはアルテのみならずアラスまで目を見張った。

「これは……刀、いや太刀というやつか…」

 アラスが震撼したようにつぶやく。最初、メイアとジンスに見せたときはサーベルと間違われたが、流石に騎士の称号を持つ小隊長、一見で分かったらしい。

「はい」

 よく見ると、“黒姫”を持つアルテの手がぷるぷる震えている。

「太刀…?ホン、モノ…?」

「あ、はい…あの?」

 アルテの反応に何か不味いことでもあったのかと、ハルシェイアは不安になりつつ首を傾げた。

 だけど何か違うような気もする。何故か目が輝いている。

「嘘っ……。だって、だって…」

「あ、あの……?」

「太刀でしょ?!旧帝国時代の?!」

「あ、はい……」

「博覧館で…ガラス越しでしか見たこと無かったのに――ちょっと抜いてみても…いい?」

「え…は、はい」

 ハルシェイアはそのアルテの様子に気圧されたように思わずつぶやいてしまう。抜くだけなら出来るし、ハルシェイアが持たない限り斬れることもないので問題は無い。

「……すごい、この反り…それにこの色…鉄の色にしても黒い…?」

「あ、あの、…?」

 抜き身の刀身を恍惚とした様子で見つめるアルテの尋常ならざる様子に思わずハルシェイアは声をかけるのを躊躇してしまった。

「…ということは、元から精霊器として作られたということ…。……」

「えっと…?」

 困惑した様子で、上司であるアラスの顔を見ると、彼は苦笑いして、ハルシェイアに「すまんな」と言った。

「そいつは優秀なのだが、刀剣好きでな……」

「刀剣、好き……?」

 ハルシェイアに武人として自分の得物に人並みならない愛着はあっても、あくまでそれは道具として、だ。使えればそれでよく、彼女にとっての武器に対する価値は、それ以上でも以下でもない。

 ただ実はオタクの気があるハルシェイアは分からないでもなかったり…する。

(本や、遺跡見ているときの私…こんな感じなのかなぁ……?)

 ハルシェイアは歴史や文学が好きで、そういった書物も好きである。これはまだ養父と旅していた四歳ぐらいの時、出会った先生――カテル・ベタレットの影響だった。それまでも養父が必要最低限の読み書きを教えてくれていたが、彼が旅に加わってからは彼から色々と教わった。カテルはアステラルテ出身で家は代々学者の家系、法学を専攻していたらしいが、歴史や哲学にも通じていた。またカテルは大きな街では一冊ハルシェイアのために買い、次の書店のあるような街までハルシェイアに読ませることを始めた。そして、読み終わると売却して、別の本を買う。娯楽の少ない道中、読書は剣の稽古と並ぶ楽しみとなり、それが今でも続いていた。

 だからアステラルテという街はハルシェイアにとっては宝箱のようであった。学校の図書館や市立図書館の蔵書数もさることながら、世界最大級を誇るアステラルテ大学図書館は貴重書の宝庫でもある。また市内には新帝国時代の、郊外には旧帝国の遺跡があり、まだ郊外の遺跡は行っていないが、市内にあるラムド遺跡は興味深かった。

 なので、なんとなくアルテの気持ちは分かるのだ。分かるのだが……

(どう…すれば?)

 登録手続きそっちのけで何時までも“黒姫”を眺めるアルテにハルシェイアは正直戸惑いを隠せなかった。助けを求めるようにもう一度、アラスを見ると、彼は仕方なさそうに溜息をつき、

「アルテ伍長」

と一言低い声で部下を窘める。

「え?…ぁ」

 その声で正気に戻ったのか、アルテは起きたてのように辺りを見回して、顔を赤らめた。自分の醜態にようやく気がついたらしい。

「す、すみませんでした、っ!――ハルシェイアも、ごめんね」

「あ、あの、いえ…、平気…です」

 恥じたように謝ったアルテに、むしろハルシェイアが恥ずかしそうに応じた。多少困惑したものの本当に平気だったからだ。

「そう?よかった…じゃあ、気を取り直して――長さなどの測定は私がやっておくから…書類に――」

 と言うとアルテは一度、納刀してから立ち上がり、カウンター裏へ歩いて行きその引き出しから一枚の紙を取り出した。それからハルシェイアを手招きする。

「あ…、はい」

 返事して駆け寄ると、アルテはすぐ後ろの机にその紙を置き、ペンを用意していた。

「書類の所定のとこに、名前と下宿先、この街での後見人の名前と住所を記入してね」

 アルテは事務的に告げながら、ハルシェイアの為に椅子を引いてくれたので、ハルシェイアは会釈で感謝の意を伝えてちょこんと座る。

(えっと、後見人はデボネさんだから…)

 そこではたと気付く。

(……勝手に名前書いても良いのかなぁ…)

「あの……?」

「何?」

 ハルシェイアが声をかけると、アルテはちょうど隣で巻き尺を取りだしていた。これから採寸するらしい。

「えっと、後見人、の覧……私、許可…とってなくて…」

「ああ、それなら平気よ。デボネ寮監を通した時点で、これも込みになっているから。手続き上本人が書く必要あるだけで」

「あ、そう、なんですか?」

「ええ」

 それでもなんとなく緊張しながら「デボネ・ケティネス」と書き込んだ。あとは寮の住所を書いて終わりだった。

「あの、書き終わりました…けど?」

「あ、うん、わかった。そこ置いておいて」

「この後、私、どう、すれば?」

「あ、それは…」

 そのアルテの言葉を続けたのは、いつの間にオフィス区画に移動してきたのか、アラスだった。

「私の見回りの伴を。担当地区の案内をする」

「見回り…ですか?」

「ああ」

 一瞬、事務員なのに、ともハルシェイアは思ったが、彼女はこちらに来て日が浅い。事務とはいえ、土地のことをちゃんと知らないと何かと不便だし、不誠実であろう。

(そういうこと、かな?)

「わかりました」

「よし――アルテ、登録は?」

「終わっています」

「じゃあ、良いな――私は外で待っているから、準備出来次第帯剣して出てくるように」

「え…あ、はい!」

 準備とは言うものの、やることと言えば刀を下げることだけだ。それが分かっているのか、アラスも分かっているのか足早に外へ向かってしまう。ハルシェイアも愛刀をアルテから受け取ると、慣れた様子で帯刀しつつ素早くその背中を追いかけた。


今回は短めです、すみません。


しかし、ハルシェイアは共同生活している部屋になんと物騒なもの置いているのでしょうか、自覚がないのにもほどがありますねw

この章では初登場、小隊長のアラスさん。たたき上げで、隊の中では少尉で騎士の位を持っています。


さて、まだ書き溜め分は若干残っているのですが、そろそろ忙しくなってきたので来週は更新できるかどうかは分かりません。現状では半々です。申し訳ありません。


それでは、更新できたら来週、できなかった再来週に…よろしければまた。

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