第3話「第二女子寮」
寮の中に入ると、少々冷静となったジグルットはとりあえず妹にもこの事を報告するとのことで、その間にハルシェイアに寮の案内や荷物を部屋に置きに行くことになった。
寮は一階に談話室や寮生専用の多目的の部屋、シャワーなどの共用スペースや寮監であるデボネの私室などの管理スペース、二階三階が居住スペースで、二階が二人部屋、三階が個室、また少し広めの裏庭もあった。
食事は自炊か、外食――斜向かいの食堂が寮生ならば大幅な割り引きしてくれるのでそこが良いとのこと――、病気の時や金欠でどうしようもないときは寮監のデボネさんに相談。トイレは各階に、お風呂は一階のシャワーか、地区の公衆浴場で、これも学生割引があるらしい。
あと刀剣武具類についてはこの寮では、二人部屋の場合、ルームメイトの了承を得られれば部屋に置いてよいが、得られない場合は寮の倉庫で預かるとのこと。
ハルシェイアは軽い注意事項等を聞きつつ、一階を見せて貰った後、階段で二階へ昇った。そこで部屋番号を教えられた。
「他に何か質問は?」
「い、いえ、特には…ありがとう、ございます」
「そう?ああ、あと、今日の夕食予定が無ければ寮監室で。面談したいの」
「面談…ですか?」
「そうよ、寮監は親の代わりに寮生の生活全般を支援・補佐する仕事だから、入寮初日は面談するのがこの寮の慣習なの。他は…生憎知らないけど」
ハルシェイアは納得すると同時に「どんなこと、聞かれるんだろう?」とちょっと緊張してしまう。それが感じ取られたデボネは笑って、
「面談と言ってもね、ちょっとお話しするだけ。緊張しなくてもいいし、何を言おうかとか、考えてこなくてもいいわよ」
とハルシェイアに伝えた。それを聞いて、すこしだけ彼女の緊張がほぐれる。完全ではないものの。
「それじゃあ、また後でかしら?部屋にはもう一人、あなたと同じ新入生が入っているわ。ルームメイトになるから仲良くしてね」
「あ、はい…あ、あの…?」
ハルシェイアは返事の後、何か言おうと躊躇った。しかし、デボネはそれを察して微笑んだ。
「ジグルットのこと?長旅で疲れているから後日…ということでいい?」
「あ、はい、あいえ、その…嫌っているわけじゃなくて」
「少し混乱しているから整理したいのでしょ?突然だし、魔族のエンコス侵攻と言えば九年ぐらい前…ほとんど覚えていないんじゃない?」
「…はい」
「それはしょうがないことよ。彼もよくここに来るから、またその時で良いと思うのだけど…?」
「は、はい、お願いします」
「うん、じゃあそう伝えておくね――それじゃあ、また」
デボネが手を振って階段を下りていく。ハルシェイアははにかんだように笑ってそれに答えた。
ハルシェイアはもう既にこの綺麗で優しい寮監が好きになっていた。
「204、204…ここだ、あれ?」
ハルシェイアは部屋番号を確認しながら廊下を進み、自分の部屋になるはずであろう部屋を見つけて、首を傾げた。
(二人分の気配がするような…?気のせい?)
とにかく部屋に入らないと何もわからない。ハルシェイアはノックをした。
『はーい、開いてまーす』
ドアの向こうから鈴のような声が聞こえた。ハルシェイアは少し緊張しつつドアを開けて――そして、固まる。
部屋の中は、扉の横に水道と簡易魔導コンロ、机が二つ、その間に本棚があり、正面には小さなテーブル、二段ベッド、その両脇にクローゼットがあった。
問題はテーブルに座る人物。軽くウェーブかかった金髪で北方系なのか肌が透き通るように白い小柄のハルシェイアと同年齢ぐらい少女。そして…
「お…、美少女」
と、ちょっと低めの声を挙げたのは、ちょっと背の高い、でもやはり同い年ぐらいの短い黒髪の少女。
(あ、あれ…なんで二人…?もしかして…わ、わ、私――)
「あ、部屋、間違えちゃった――ごめんなさい!」
ぺこりと真っ赤になった頭を下げてハルシェイアは部屋を出ていこうとした。
「あ、待って」
先ほど鈴のような声がハルシェイアを引き留めた。
「あのね、彼女、遊びに来ているだけで、この部屋の人じゃないの」
と、金髪の女の子が黒髪の子を指して言った。
「うん、あたしは201ね。で、ここは204――あなたは」
「え、えーと…204」
「ん、じゃあこの部屋だよ」
ハルシェイアは自分の勘違いだったことに安心すると同時に、恥ずかしくて穴があったら入りたい気分になっていった。
(あ…うぅ〜)
そんなハルシェイアの様子に気づいているのか居ないのか、金髪の少女は、立ち上がって嬉しそうに近寄ってきた。
「じゃあ、あなたが今日から私のルームメイトなのね。私はアルメイア・フリューケル。ルメゲン出身で、魔法科志望よ。メイアって呼んでね」
彼女は手を差し出す。俯いているハルシェイアの視界にそれが映り、ハルシェイア驚いたように顔をあげた。そこにはメイアと名乗った少女の朗らかな笑顔があった。
そこで初めてハルシェイアも釣られて笑顔になって、ゆっくりその手を取った。
「わ、私はハルシェイア・ジヌールです、ジャヴァールが来ました。よろしくお願いします…メイア、さん?」
「さんはいらないわ…えっと、ハルシェイアさん?」
「私も、ハルで、呼び捨てで」
「わかったわ、ハル」
メイアが頷いた後、にっこり笑った。元々可愛い顔立ちなので笑うとより魅力的だった。
そこで黒髪の少女も立ち上がって、
「うわぁ、ホント美少女だぁ。変わった髪の色だけど、それがまた良いなぁ。あ、ちなみに、あたしはジンス・アルヘインね。ジンスでいいよ。出身はアラウンド商業同盟のデドランド、傭兵科志望。ヨロシクね、ハル!」
「あ、うん…よろしく」
ハルシェイアは、美少女って…、と思いつつ、素直に誉められるのは少し嬉しくて、照れてしまった。特に髪の色は少しコンプレックスなのだが、ジンスの他意の言葉はそれをもハルシェイアから忘れさせた。
そんな目の前の二人を見比べてハルシェイアは思う。
(でも、それを言うなら、メイアだって可愛いし。ジンスは可愛いという格好いいと思うんだけど…?)
それを言おうか言わまいか迷っていると、ジンスが先に何かに気が付いたように声を挙げた。少し眼を輝かせたように。
「それって剣?」
そうやって彼女が指さしたのは、ハルシェイアの持っていた長い袋。
「うん。あ…、デボネさんが刀剣類を部屋で保管するなら、ルームメイトの許可がいると聞いたのだけど…やっぱりだめだよね?」
ハルシェイアはこんな人殺しの道具を部屋に置かせてくれないとそう思っていた。でも手元にないと安心できないのも事実。
それに一つの懸念もできてしまった。
(こんなもの持ち込む子は嫌われちゃうかな…)
ハルシェイアはその光景を思い浮かべて心の中で震えた。今まで大人に囲まれて育った彼女には同年代の友人はいなかった。強いて言えば、二才年上の姉のような人はいるが、少なくとも同い年ぐらいの初めての友達になるかもしれないのだ。それをいきなり失うかもしれない、とハルシェイアは思ったのだ。
しかし、それは杞憂になる。当の二人が少し不思議そうな顔をしたのだ。
「え、もちろん構いませんよ。私も護身用の短剣を持ち込んでいますし…」
「あたしだって、傭兵学科志望だからね。親父から餞別だ、って貰った剣、部屋にあるよ。でかくてまだ使えないけど…。つーか、傭兵学科志望や傭兵学科の先輩はみんな部屋に置いているんじゃないかなぁ?」
ハルシェイアが後で聞いた話だが、この学園では傭兵科という武術や戦術を学ぶ学科があるため、剣などを扱うのは当たり前であり、また式典や実習では私物の得物の使用が認められるため、寮の倉庫や学園指定の保管所などもあるが、メンテナンスの必要もあり自身で保管することが多いのが実際の所らしい。
「そ、そうなんだ?」
「うん、一人傭兵科の先輩で仲良くなった人がいるんだけど、そんなこと言っていたよ。それより――」
ジンスがまるで肉食獣が獲物を見るようなキランと光る眼で、ハルシェイアと持っている長い袋を舐めるように眺める。
(え…何?何?)
その視線の意味が分からずハルシェイアは軽く狼狽える。
そして、一拍置いたのち、ジンスが口を開いた。
「――それ、ちょっと見せてほしいんだけど、ダメ?」
「え?」
「いやぁ、私は傭兵科志望だから、どんなの使うのかなぁ、とか気になるわけよ。後であたしんのも見せるから」
「えっと…」
(どうしようかなぁ…)
自分の刀はあまり人に見せるような刀ではない。特に脇差の方は触らすのも危険で。とハルシェイアが少し悩んでいると、メイアが助け船を出してくれた。
「まぁ、ジンス、とりあえず立ち話もなんですし、ハルも荷物をおいた方がよいのではないですか?」
「ん、ああ、そうだった、そうだった、ごめんな、ハル」
「あ、ううん、大丈夫だよ――メイアどこに置けば…?」
「ええと…私は奥の机と奥のクローゼットを使わせてもらっているので、手前のクロゼットか机に。でも奥がよろしければ、奥でも?」
それを聞くと、ハルシェイアは首を振って答えた。
「ううん、手前で良いよ――じゃあとりあえずクローゼットの前に置かせてもらうね」
「はい――そうそう…」
「?」
クローゼットへ向かう途中、メイアに呼びかけられた。ちょっと嫌な予感がして振り返る。
「実は私も見てみたいですわ、その剣」
ハルシェイアは固まる。そんなハルシェイアに期待に見たような顔をしたメイアが言う。ちょっと可愛らしく。
「だめ、ですか?」
「……ちょっとだけ、なら…」
なんとなく、ハルシェイアは出来たばかり友人との共同生活に一抹の不安を覚えた。
二月十二日修正 ハルシェイアの部屋番号を214から204へ。部屋数はそんなに多くなかったです…すみません。