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学園都市アステラルテ  作者: 順砂
第三章『異邦の地にて』
39/88

第3話「楽しい鼻歌、哀しい思い出、訝しい目的地」

「~~♪」

 放課後、ハルシェイアは珍しく陽気な感じで鼻歌を唱いながら、街中を歩いていた。というのも、まだ今日の最後の授業を引きずっているのだ。

 第三学校中等部のカリキュラムでは午前中は必修授業、午後は選択授業となっていて、やりたいことが決まらないので広い分野にわたって科目を履修することにしたハルシェイアは今日、第一曜日には五時間目は医療基礎、六時間目は音楽をとっていた。

 今まで旅芸人や吟遊詩人の歌や演奏を聞いたことがあっても、自分が歌ったり、演奏したりするは初めてだった。だから新鮮で、それ以上に楽しく、ハルシェイアが楽しみにしている授業の一つとなっているのだ。

「~♪~~♪」

 そんな鼻歌まじりのハルシェイアが歩いているのは、第三学校から出て東側の道。普段使わない学校の東門をくぐり、デボネに渡されたメモに従い進んでいた。東門は比較的に広い旧城壁通りに面していて、地図上その道を十分ほど北へ行くと市庁通りと交差、そこからすぐ側に目的の場所があるらしい。

 この第三学校の東区域はロス・ロイテ公園と第三学校と二つの大きな施設に挟まれており、両脇に緑が臨め、その所為かいつも何処かゆったりした雰囲気が流れている。ただ、とは言うものの旧城壁通りはアステラルテ有数の大通りということもあって、人通り自体はけっこう多い。また、公園利用者もしくは第三学校生を目当てにしているのか、いくつかの出店も出ていて、中には食べ物を扱うお店もあって、ちょうどおやつのこの時間、その匂いがハルシェイアの空腹を誘う。

(良い匂い…でも……)

 ちょっと食べたくなってしまうが、約束があるのと、懐具合の寒さを思い出して断念した。

「ぅぅ…」

 今度、まとまった資金が手に入ったら食べに来ようと心に決めつつ泣く泣く屋台を見送った。その時はメイア達も誘ってみるのもいいかもしれないと思いつつ、公園区域を抜けていく。

 横目に見える緑が途切れると、道の両脇に並ぶのは打って変わって商店となる。やはり公園の近くともあってカフェのような飲食店も目立つが、文教地区らしく教材や文房具を扱うお店、書店や古書店、紙屋、また目立つところではハルシェイアが制服を作ってもらった服屋「マダム」の支店もあった。

(こんなところに支店、あるんだ…)

 「マダム」は北東のルイシュテン門と南のアラウント門を結ぶ大聖堂通りとの交差点近い市庁通り沿いに店を構える、アステラルテ随一の服屋である。オーナー兼デザイナーは女性で、紳士服・婦人服共に扱うが、特に婦人服に関しては進歩的なデザインが七年前の開店以来、開放的なアステラルテの女性達に受けている。アステラルテ大学系中等高等学校の制服のデザインも手がけており、ハルシェイアは既に制服の仕上げ・受け取りと先日のダッテンの事件で破損した直しのため本店では二回お世話になっていた。しかも制服の修復のため赴いた際には、一緒に店に来ていたジンス達からハルシェイアが私服を殆ど持っていないことを聞いた店主のスミエから売れ残りの服まで貰ってしまった(ただ、貰い物の服はなんとなく勿体ないのでハルシェイアはまだ着ていない)。

(…それに、私にはあの服…かわいすぎる、し…)

 ハルシェイアは別に可愛い服が嫌いなわけではないが、いざ着るとなると動きやすい実用重視の服が好みである。それにそういう服は自分には似合わないとも思う。

 もちろん、それはハルシェイアの思い込みで、似合うと思ってプロであるスミエが在庫から――ハルシェイアが着ることによる宣伝効果も期待して――選んだ物だ。ただ残念ながら本人はそんなことには全く気がついていない。

 マダムの支店を過ぎると、すぐに大きな交差点へと差し掛かった。旧城壁通りと市庁通りが交わる場所である。目指す場所はここからすぐ東へ行った市庁通りの南沿いにあるはずだ。

(あ、れ……)

 そこで初めてある事にふと気がつく。

(もしかして…近い…の?)

 それまで陽気だったハルシェイアの表情にサッと影が差した。

 否応が無く思い出してしまったのだ。あれからもう一ヶ月半も前になろうとしている。

 アステラルテを震撼させた一ヶ月半前の連続殺人事件。その殺害現場の一つに比較的近かったのだ。そこで殺されたのは学園都市に来る最中の馬車の中でハルシェイアになにかと世話を焼いてくれた小母さん。何だかんで結局、名前も聞けなかった。

 彼女の名前をハルシェイアが知ったのは、彼女の墓に刻まれた名前を見て、だった。

 その小母さんの家がここから比較的近い場所であったことに気がついたのだ。シブリスに馬で連れてきてもらったが、ここはその時通った記憶があった。

 もっとも広く見ればそこは学園や寮のある地区に隣接すると言っても良い区域なので、いつも近い場所に居るのだが、こちらの方には殆ど来たことが無く、また以前来たときも騎士堂から馬に乗せてもらってだったのであまり近いという感覚はハルシェイアにはなかった。

「……」

 ハルシェイアは陰気になりそうって、それを振り払うように首を振る。

(これからお仕事、なのに……、それにきっと小母さんも、怒る)

 話し好きでどこか豪気で陽気だった小母さん。きっと何時までもいじけていると怒られてしまう、ハルシェイアはそんな気がして気持ちを入れ替える。

 何せ仕事場はすぐ側なのだ。ところが、そう思うと今度は緊張が襲ってくる。金銭面の問題と、やりたいことが見つかるかもしれないという希望で、思考の隅に追いやっていたのだが、よく考えなくとも新しく人付き合いしなくてはならない。人見知り気味のハルシェイアにとってそれはとても不安なことだ。

(で、でも……、頑張って、みない、と…)

 そんなことに一喜一憂していると、目的の場所の番地が表示されている建物に着き――

「――え?」

と驚いて、もう一度メモを確認する。住所は合っている。念のため両脇の番地も見るが、やはり最初の建物で合っている。

 古いが石造りで非常に頑強そうな建物で扉のない入り口が地面より少し高いところにあり、低い三段の木の階段でそこまで昇れるようになっている。入り口の横には看板。

 そして、ハルシェイアは呆然とした様子でそこに掲げられた表記を読んだ。

「ルーベイ区第6警衛小隊……?」

 首を傾げる。警衛小隊はこのアステラルテ独自の公安組織の末端にして基本である。地域に密着して保安に当たる。

 正直、ハルシェイアはこれは予想していなかった。というか、

(……今までと、そんなに、変わらない…ような?)

と何となく騙された気になる。やりたいことの参考にするには、これまでのハルシェイアの仕事に近い気がする。どちらも広い意味では治安維持組織だ。

 そもそも、こんな所に何で人手が必要なのか理解できなかった。普通は自前の人材でなんとかなるはずなのだ。

 いつもデボネがプリメラをからかっている様子を思い出し、

(私、本当に、騙されちゃった…?)

と本気で疑念を抱く。信用はしているけど、何処かやりかねない気もする。

(う~ん……)

 そこでどうしようか二、三分悩んでいると、不審に思ったのか中から人が出てきた。背が高く、淡い栗毛の女性。格段美人というわけではないが、警備小隊の制服を着ながらも何処かおしゃれな感じがする。

(あれ?)

 ハルシェイアは彼女に見覚えがあった。それは相手も同じだったらしい。向こうから声をかけてきてくれた。

「ハルシェイア、さんよね?久しぶり、私のこと、覚えている?」

「あ、はい…たしか、アルテ、さん?」

 こう見えてもハルシェイアは一度見た人間の顔や名前は忘れない。確か、小母さんの家で現場保持に当たっていた警衛兵の中にあって、その時、ハルシェイアを(むしろ、彼らにとっては円卓騎士シブリスを、か)案内してくれた女性兵だった。

(現場、近いから…)

 ここの小隊があの時の担当だったのか、とハルシェイアは得心した。

「ええ、覚えてくれていたのね――早速だけど貴女が、第三学校第二女子寮の紹介で働きに来てくれる子、ということで良いのよね?」

「え…、あっ、はい」

(ここで、合っていた、んだ…?)

 今更ながらその事にハルシェイアは驚く。

「んじゃあ、早速、入って」

「は、はい」

 未だに本当にここなのだろうかと少々の疑問を持ちつつも、アルテに促されたハルシェイアは大人しく屯所の中に入る。入ってすぐの場所には、いかにも役所っぽいカウンターのある受付で、二つの粗末な待合用の椅子が置いてあるが、この空間に大人四人も入ればいっぱいになってしまう。

 カウンターは向かって右側で途切れており、その向こう側の空間は応接室のようで上等ではないがソファーとテーブルが置かれていた。そして、カウンターのすぐ向こうはオフィスになっているようなのだが……それを見て、ハルシェイアはようやく自分がここにいる意味を納得した。

(……え~と…)

 汚かった。とは言っても汚れている、と言うわけではない。まったく整理されていないのだ。書類の束っぽいものが机や床に重ねられ所々で崩れて散らばっている。若干ほこりっぽい。

 何となく少し前の学校の旧書庫のような様相だった。

 ちょっと唖然としているハルシェイアを見てアルテは苦笑気味に肩をすくめた。

「まぁ、そう言うことなのよ――元より人手不足気味だったところに二人もいなくなっちゃって」

 アルテによると、元々アステアルテでは治安部門職の人気が高くない上に、上位の騎士やもしくは入隊審査が比較的厳しくない城外軍を選択する人間が多く市警は常時人材不足。にも関わらず、小隊は昼番、夜番、非番の三交代制とらなくてはならず、畢竟ぎりぎりのシフトなのだ。この小隊は現在、五人。実質、仮眠を挟んでの二交代制に近い状況に陥り、しかも見回りを重視するため、事務作業や滞っている上に、屯所が無人になるような状況も多々見られるのだ。

 よくみるとアルテの顔にも濃い疲労の色が見える。

「えっと、じゃあ、私は……」

「うん、事務補助ともしも無人になってしまった時の連絡係、それに、まぁ掃除ね。それをやって欲しいのよ」

 ハルシェイアは納得したとばかりに頷く。

「細かいことはおいおい教えていくとして…そうね、あと勤務中は準職員になるから気をつけてね。とは言っても普通に品行方正生活すれば何にも問題ないから。――ああ、でも、一点だけ、市警職員は事務員でも公務の間の武器の着帯が義務づけられているの」

「そう、なんですか?」

「うん…まぁ殆ど儀礼的な慣習なんだけどね。でも、実際、裏方でも空間を共有する以上何が有るか分からないから持っておいた方がいいのは、たしかかな」

「あ、はい…多分。あの、それで武器って?」

 実を言えば、ハルシェイア、剣は得意だが、他の武器は弓が少々出来る程度で得意ではない。槍は少しだけ義父の仲間に習ったことがあるけれどあまり向いていなかった上に、半月ほどしか稽古していない。

 出来れば、剣が良かった。一番それがしっくりくるし、安心する。

「まぁ、携帯できるもの、だから…普通は剣か警棒。事務方は警棒が多いわね。その二つだったら隊から貸せるし…借りる?」

「借りないことも出来るんですか…?」

「ええ、私物を登録することもできるわよ、今、実際――」

と言いながらアルテは腰に下げている剣の柄を軽く叩いた。彼女の剣は細身で小振り、使い勝手を重視しているのだろうか。

「――私が使っているのも、自分で買ったやつだしね。もし自分のがあるのなら……そうするの?」

(どう、しよう…かな)

 聞かれて、少し逡巡する。

(護身用には物騒…でも――)

 使い慣れた物の方がしっくりくる気がする、とハルシェイアは思った。こっちで買った護身用の短剣は早々に壊れてしまっていて、買い直してもいない。となると…

「あの…お願い、してもいいですか?」

「もちろんよ。次の時、持ってきてね、手続きするから」

「はい」

 ハルシェイアはハッキリと返事した。


胃腸の不調が最悪の中で書いた文章が中心の今回。どうだったでしょうか?

なんとなくいつも以上にテンポ悪い気が…これでも直したつもりだけど、傷に塩塗っただけのような…orz


バイト先は大体、予想ついたかもしれませんが第一章と間章に出ていた人たちの所です。しかし人手不足の警察組織って…そろそろ改革が必要な時期なんでしょうが、まぁそんなことはハルシェイアとは直接関係ありません。


こんな調子で来週もまだ更新できそうです。それでは良ければ次回で…。

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