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学園都市アステラルテ  作者: 順砂
第三章『異邦の地にて』
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第1話「ありふれた危機」

 十月にもなれば、アステラルテでも夏の暑さは次第に和らぎ、それとともに北方出身の新入生の気温に対する愚痴が減ってくる。同時に他の学生達も新生活に馴れ始め、学期初のちょっとした慌ただしさも落ち着いて来た頃――そんなちょっとした弛緩した雰囲気に無縁の人間が一人居た。


「え?――あ、あの…な、んて?」

 高い城壁に囲まれたアステラルテ市内…その中でも比較的にぎやかな一方で、学校も多く文化的な雰囲気のある東部のルーベイ区の一角、そこにあるアステラルテ第三中等高等学校第二女子寮は三階建ての古いけれども趣ある建物だ。

 その一階、寮監室の応接間で椅子に座って何故か理解できないといった様子で呆然とする少女が居た。白髪の碧の瞳、十二歳だが見た目は実年齢より二才ぐらい下にも見える綺麗な女の子――名をハルシェイアという。

 見た目にそぐわず剣を含めた戦闘技術に優れ、実戦経験も豊富な少女である。が、今はそんなことを忘れてしまったかのように素で愕然としていた。

「…うん、残念ながら事実のようね…」

 そして、これまた深刻そうにテーブルを挟んでハルシェイアの前に座っていたのは、見かけだけなら聖女然とした金髪のスレンダーな美女――第二女子寮寮監のデボネだ。

 彼女も過去、色々あったようで年齢に比して人生経験は豊富であるようなのだが、その彼女も少々困ったような顔している。

「で、でも…私、あの…」

「うん、分かっている…この時期の新入生は大体そんな感じだから」

 その二人がこんな表情をするほど、何がそんな深刻な事態になっているのか。

 それはこの時期の新入生、それも留学生特有の問題に起因している。

 新入の留学生は普通、郷里からアステラルテまでの旅費と当面の生活費を持参してくる。そして、そういった生活費等は新生活を始めるに当たっての諸々の準備にほとんど消えてしまうため、そんな学生は実家から最初の仕送りが行われるまでの僅かの間はとても苦しい状態になる。それも一時的。仕送りが来れば潤う。ちょうど今がその時期であった。

 しかし、もしその仕送りが届かない、としたら?

 そんな状況を一言で表す言葉がある。

――凄く困る。

 そして、ハルシェイアはまさに今、そんな気分を味わっていた。

 休日の午前中、突然、寮監室に呼ばれたハルシェイアはデボネにこんなことを告げられたのだ。


『ハルシェイア、落ち着いて訊いてね。さっき、ワット・キンブス商会から使いが…来てね。商会の船がリーンデ西方沖で海賊に襲われて荷が奪われたそうなの――で、なんで、使いが来たかという、と…言いにくいんだけど、ね。あなた宛の荷物と為替がその奪われた荷に含まれるらしいのよ――つまり、あなたの半年分の生活費』


 そう、ハルシェイアの半年間の生活費が消えたのだ。学費や寮費はすでに三年分は払ってある。しかし、生活費は前払いとはいかない。完全な死活問題である。

 ハルシェイアは頭が真っ白になった。そんなハルシェイアにデボネの説明は続いた。

「一応、補償は出してくれるみたいよ。ただ、被害の把握に時間がかかるし、全額は無理そうね。あと、為替自体はシャンテルのベネレ商会とワット・キングス商会アステラルテ支店間のみ有効もので、こういった事態の場合は再発行が可能だそうよ。ただし、送る側の手続きが必要だから…」

 アステラルテからジャヴァールのアルデネスの実家へ連絡して手続きしてもらい、それが届くのはどう早く見積もっても三ヶ月強…どちらにせよ手元にまとまったお金が入るのには時間がかかる。

 そして、彼女の懐具合は上記の通り。事態を飲み込んだ彼女は文字通り、真っ青になった。異邦の地でとんだ兵粮攻めにあった気分だった。

「わ、私…、どう、したら?」

「そうねぇ……一応、緊急措置として低利で学校から借りることもできるし、あとは知り合いから借りるという手もあるわ」

「借りる…」

 何となく抵抗感があった。それに知り合いと行っても友人達もみんな仕送りでぎりぎりのはず。こんなことはとてもじゃないが頼めないし、頼みたくはない。

「そうねー、あとは働くとか、かしら?」

「働く?」

「学園都市だからね。学生向けの募集も多いのよ。貴女ぐらいの歳でも、簡単な仕事なら……」

「?」

 何かを思い出したかのように言葉を切ったデボネにハルシェイアは首を傾げる。そんなハルシェイアを尻目にデボネは「まだアレ募集しているのかしら?」などとつぶやいている。

「あ、あの?」

「ハル、あなたって事務整理得意?」

「え、あの……一応」

 一応、とハルシェイアは言ったが、本国で戦いの無い時、彼女の仕事は事務、それも書類整理だったと言っても過言ではない。これも、一応、ではあるが、ジャヴァールでは彼女は軍隊の一組織の長であった。ただその地位は、実戦力であることと皇女の引き立てによる所が大きく、そもそもいくらなんでも十歳そこらの少女に大事な隊務を任せるわけにはいかない。そこで何人かの補佐役とともに隊の実務を行った訳だが、当然、責任者と名ばかりで実質上は、彼女は見習いとして実務を教わりながら簡単な書類整理を任されていたのである。

 だから、得意不得意は別として慣れてはいた。それに意外とハルシェイアはこういう仕事は好きらしく、それはきちんと整理された自室の書棚にも如実に現れている。

「うん、じゃあ、いいわね」

 だからといって、デボネが何を言っているのかまったく掴めない。

「え…えっと…あの…何が、ですか?」

「あぁ、ごめんなさいね。ちょっと、働き先の当てがあったのよ」

「当て?」

 ハルシェイアは首を傾げる。

「そうよ…と言っても、聞いたのが一週間ぐらい前だったから、まだ募集しているか分からないんだけどね。もし働く気があるなら、確認しておくから考えておいてね」

「は…はい」

「もちろん、それじゃなくても良いんだからね。でも、何にせよ働くことはおすすめ。特にやりたいこと見つけたいなら参考になるかもしれないわよ?」

 そう言われると大きく心が動く。ある人に流されやすいと指摘されたことがあるハルシェイアだが、たしかにただ勉強をしているよりかは色々知ることが出来ていいかもしれない。今まさにお金が足りないのも事実だし、もしかするとまた同じような事態に陥らないとも限らない。だからハルシェイアは決めた。

「あの…私、やってみたい、です」

「そう?…じゃあ、とりあえず今日中に確認しておくから。あと、前借り可能かって」

「あ、あの……お願い、します」

 ハルシェイアはぺこりと頭を下げた。

 ただ、ハルシェイアは一つ気になることがあった。何で、目の前の寮監の顔が一瞬、悪戯っ子のように笑ったのか。

 出会って二ヶ月近く経ち、なんとなく彼女の人となりも分かってきた。最初は警戒することも多かったけれど、特に問題になるような怪しい点はない。何か過去はあるみたいだけれども、ハルシェイアは気にすることではないと考えていた。過去があるのはハルシェイアも同じだ。

 最近では、毎朝、運動不足気味だというデボネと手合わせするようにもなって非常に親近感を抱くようになっていた、

 だから思う。

(でも、酷いこと、する人ではないし…大丈夫、多分)

と。それはある意味正解だった。しかし、それだけではなかったことに気がつくのは少し先のことだった。


前回の序章的な幕間だけではなにかと思い、二日連続投稿です。

基本的には不定期連載となります。ご容赦ください。


本当の副題は「ありふれた危機(笑)」。

今回はコメディ分を多めにしていこうかと考えています…もちろんそれだけではないですが。


あと、一話が少し短めになるかも。

でも、これぐらいの方がさくさく読める…のでしょうか?


それではまた次話にて…。

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