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学園都市アステラルテ  作者: 順砂
第二章『何も知らないお姫様達』
31/88

終話(後編)「セラフィナの話」

 あの事件から半月が経った。

 事件のことは関係者内で秘せられたが、それでも事後処理には他に目撃者が居たため、憶測程度だが当初は人の口に上ることもあった。しかし、十日も経てばそれすら聞かれなくなる。月末の実力試験も近づいたからだ。みな試験体勢に切り替わり、噂どころでは無くなったのである。

 また、実際、事を起こしたダッテンに対しては、魔法の残滓自体は残っていなかったものの、結界の存在や当事者達の証言から、違法な魔導師の研究材料にされた、むしろ被害者である認定され、お咎めはなかった。ただ、ショックが強かった所為か未だ登校はしていない(試験は特別措置でダッテンの部屋で行われた)。

 違法な魔導師については、現在騎士庁が捜索しているが、すでに市外出てしまったとの見方が大勢を占めているらしい。

 ただ、学生にはそれどころではない。先ほども触れたとおり、試験があった。ハルシェイアも事件の当事者だけあって気にはなっていたが、よく考えなくとも出る幕などは元々無く、大人しく学業に励んでいた。

そして、今日はその試験結果発表日。ハルシェイア達、旧書庫の反乱組にとっては、リーバイとの勝負の日でもあった。

 だから、今日は書庫組も教室でリーバイと対面していた。結果は、それぞれ担任より言い渡されるからだ(答案自体はその後各教科の担当教諭から渡される)。もちろん教室内にはプリメラもいる。

 そして、その結果は――


 ――ハインライ、リスティ、メイア、ハルシェイア四人の全教科平均点は700点満点中624.5点で、その他同級生上位四人の平均点が579.2点でこれは条件をクリアした。しかし、ハルシェイアの合計点数が501点でクラス十一位…条件を満たせなかった。――



――成績発表から僅か半時ほど…。

「どういう、こと、ですの?」

 少し不機嫌な様子のセラフィナが目の前にいたリーバイに訊ねた。

 場所は、中等科第三史学研究室――リーバイの研究室だ。決して広くはないが机とロッカー、本棚が一つずつ有っても、なお数人納める余裕がある。が、今、ここにいるのはセラフィナとリーバイだけであった。

「失礼ですが、何が、でしょうか、セラフィナ様?」

 リーバイが、あくまで慇懃に聞き返す。

「成績のことですわ」

「何か、問題でも?問題はないはずですが?」

「…本気で、言っていますの?いくらわたくしでも、自分がどのくらいできたかぐらいは分かります」

 怒ったようにセラフィナが眉を釣り上げると、リーバイは軽く息を吐いて心外そうに答えた。

「少々良いように手を加えさせてもらったのですか。お気に召しませんでしたか、セラフィナ様。それであるなら、次回から改めますが?」

「……えぇ、次回と言わずむしろ今回から。それと、あのハルシェイアという子の分もですわ」

「………あのヴェンに何か吹き込まれましたか?」

「いいえ、でも…あのようなことがあった後、あなたの教科で、名前を書き忘れて採点不能…、それで条件に満たなくなるというのが不自然なのは誰の目でも明かですわ」

「事実なのですから仕方有りませんな」

 リーバイは一瞬、下卑た笑いを見せた後、セラフィナが不愉快な表情を見せたのをみたのか、態度を改め、

「それに、正直ヴェンなどという野蛮人が学校に来られても迷惑なだけです。知恵などつけず、草原で狩りでもしていればよいのですよ」

とまったく悪びれた様子もなく至極当然ように言った。

「………」

 その問題とも言える発言にセラフィナは黙ってしまう。自分もずっとそう思っていたし、その考えを別段改めたわけでもない。ただ、ハルシェイアに言われたこと、彼女に守られたこと、戦う彼女の姿――ヴェンと蔑んでいた少女に何らかの影響を受けつつあることを実感せずにはいられなかった。

 だから、否定も肯定も出来ず、別の話を持ち出した。

「それで、我が従者に余計なこと吹き込んだというのですか?」

「余計なことを?記憶にありませんね」

 リーバイは表情も変えずとぼけて見せた。彼がそうするのは想像通りだったので、セラフィナもそれには反応を見せず先を続けた。

「医務室で、わざわざハルシェイア達への条件の話をされた、と聞きましたが?――それでその後、私たちの会話をきいて…――ともかく、彼はあのようなことをしたことの原因の一つがあなたにあると言っていましたが?」

「セラフィナ姫、それは言い掛かりというか、ダッテン君の被害妄想ではないですか?私自身は、周知のことを話題にしただけですよ。違うでしょうか?」

「それは…――」

 たしかに、条件のことは別段秘密ではないし、リーバイはそれしか伝えていない。ダッテンがそれを一因にあげようと、それはダッテンの内因でしかない。

「本当にセラフィナ様は何が不満なのですか、私は。あなたのために、摂政様のために、ひいては王国の誇りのためにこうして心を砕いているというのに」

 それを聞いて、思い出す。


――それは、本当に、あなたの、力?――


 そして、理解する。この目の前の教師は、私のために何かしているわけではない、自身のために祖父に気に入られようとしてやっているだけ、そこに自分は居ないんだと。そこに至れば、先ほどまでもこの教師の慇懃な態度も理解できる。

(結局、私は内心馬鹿にされていた、ということですわね…)

 だから、セラフィナは思わず言ってしまった。少々語気を強めて、この男に。

「そんなことをして、わたくしがお祖父様にあなたのことを良く報告するとでも?見くびらないでくださいませ」

「…な、なに、わたしは、別に…」

 否定しつつも、眼が完全に泳ぎ、視線をセラフィナに合わせないようにしていた。そんな様子を見て、セラフィナの気持ちは急に萎える。

「もう…いいですわ。好意には感謝します、ですが、もう必要有りません。むしろ、余計なお世話ですわ…早々に、点数を訂正して…――?」

「必要…ない?…余計?――」

 見れば、リーバイの様子がおかしい。セラフィナの顔を呆然と見上げ、手が震えていた。そして急激に、顔を真っ赤にして、セラフィナを威圧するように立ち上がる。

「…必要ない、余計、だとっ!何故だ、この私がこんなにもしてやっているのに、必要ない、余計だと!――あの女もそうだった、この私がだ、この私が誘ってやったのに、なのに!あの女の所為で、ゴリウスにも居られず、こんなとこに、私は」

(な、何の話ですの?!)

「わ、わたくしにはそんなこと関係ありませんわ!」

「折角、大手振って王国に帰る事が出来る、摂政様の知遇を得て、あの女を見返せると思ったのに…――ああ、そうだ!セラフィナ様、点数を意図的に落としますよ。恥をかきたく無かったら――」

「――もう好きにしたらよろしいですわ。もう埒が明かないので、わたくし、この件を別の先生に相談することにします」

「な、…なんだ、とっ!」

「それで――っ!」

 それでは、と、セラフィナは踵を返そうとした時、一瞬で視点が動き、背中に大きな衝撃をうけた。

「か、はっ――?!」

 気づくとセラフィナの首はリーバイによって絞められ、背中は壁に打ち付けられていた。

「はぁ、かぁ、はぁ、はぁ…」

 興奮したリーバイの眼は既に正気ではなく、手の力は強くなる。

「くそ、くそ、身分が高いからと見下して、くそっ!!!」

 酷い痛みと窒息感ともにセラフィナは意識が遠のくのを感じた。そんな中で「助けて」と叫んでも、喘ぎになるだけで言葉とならない。

(わたくし、わたし、こんな、ところ、で…いや、よ、死にたくない、誰か、誰でもいいから…お願い、タスケ…――)

 意識が真っ白になっていく中、視界の隅で誰かが部屋に飛び込んでくるのを見たような気がしたが、それもよくわからなくなっていた。




(……?あれ、わたくし…)

 軽い頭痛を伴ってセラフィナが目を覚ましたのは、セラフィナの知らない部屋――否、一度来たことがある、それもつい最近。

「…ぁ、あの、その…」

そして、目の前にいたのは――白い髪に、碧の瞳、自信家の彼女もちょっと羨ましいと思うような可愛い容姿の少女――

「…たしか、ハル、シェイア…?」

「え…ん、うん」

 おどおどと頷く。

(……この間、戦っていたのは、何か見間違いかしら…?)

 現状把握する前に、そう思っていてしまうほど、今とあの事件の時の彼女との差が大きい。あの時は夢でも見ていたのではないかと思ってしまうほどに。

(現状…、あ…わたくし、リーバイ先生に…それでは、ここは医務室…?)

 みれば、今寝ているのは無機質なベッドだし、薬棚やもう一つ同じような白いベッドが見える。セラフィナがこういう所へ来るのは、半月の前の事件でここへ来たのを含めて二回目だった。セラフィナにとって医者は館に派遣されて来るもので病院には縁がなかったし、そういえば従者であるはずダッテンが授業で運ばれた時も様子を見にすら行かなかった。今さらながらそのことに気が付いた。

「ああ、彼女、起きたのか…」

 そういって奥から顔を出したのは、黒い髪の硬質な感じのする少年――セラフィナは、ハインライという名前で、どこかの小国の王子だと記憶していた。

「なら、保険医をよんでこよう」

「あ、うん、――ありがとう」

「ハル、君が礼を言うことではないと思うが?」

「えっ…そうかな?」

「………まぁ、どちらでもいいだろう」

 そう言うと、まったく愛想無くハインライが出ていった。そのちょっとずれた二人の会話に呆気に取られて眼を瞬かせた後、ぷっと軽く吹いた。

 しかしすぐにはしたないと思い、口を押さえる。

 そして、背筋を伸ばして、体裁だけを整えると、ハルシェイアに話しかけた。

「あなたが私を助けてくれたのかしら?」

「あ、うん…でも、メイアも、ハインライ、それにリスティとケインも一緒だった、よ。…会話もずっと聞いていたのに、助けるのが、遅れて…ごめんなさい…」

 最初は嫌みかとセラフィナは勘ぐったか、ハルシェイアは本当に申し訳なさそうに小さくなっており、その邪推はすぐに消える。むしろ唖然と彼女を見つめた。

 そして、おもわず言ってしまう。

「…あなたって、何が本当なの?」

「…え?」

「いつも今みたいにちょっとおどおどしていて気が小さいですのに、この間は馴れた様子で戦って…私を守ってくれましたし、臆せず意見も下さいました。どちらが、本当のあなたなの?――普段は猫を被っていて?」

 正直、セラフィナは自分を守ってくれたときのハルシェイアが、ハルシェイアの本当の姿で、普段の様子は演技ではないかと疑っていた。

「えっ、猫?……」

 ハルシェイアは意外なことを聞かれたとばかりに驚きを見せた後、少しだけ表情を暗くする。

「私にも、わからない、の……猫は被っているつもりは、ない、けど…。戦うときや仕事の時は、あんな感じになって、よく人には言われるけど、あんまり自覚はないんだ…。ねぇ、…あの、こういう子は、気持ち悪い、って…思う?」

 ハルシェイアが、何故か緊張した様子でそんなことを聞いてきたが、セラフィナはそれに対して内心首を傾げながら、迷わず即答した。

「思わないですわ…」

「えっ…」

「正直、どこが気持ち悪いと思うのか、まったく分からないのですが?」

 セラフィナは半ば馬鹿にするようにハルシェイアに言った。セラフィナはおべっかだけで裏では何を考えているのか分からないような、さらに生理的に受け付けないような人間を少なからず知っているし、宮廷に顔を良く出しているので裏表のある人物だってよく見ている。セラフィナにとってはハルシェイアに聞いたことは、純粋な確認であってそれ以上でもそれ以下でもない。気持ち悪いとハルシェイアが自身を評したことは彼女にとっては意外なことだった。

 その事を少々高慢な感じで伝えるとハルシェイアは安心したような気の抜けたような顔をした。

「ぁ…うん…そうかな?」

「そうですわよ」

 セラフィナが呆れたように溜め息をつくと、目の前の少女がビクっと肩を振るわせる。

(この子、ちょっと…面白いですわね)

「とにかく、このわたくしがいうのですから、間違いありませんわ」

「う、うん…あ、でも、あと…この間は、ちょっと言い過ぎちゃって、ごめんなさい…」

「この間の…?なんであなたが謝るんですの?」

 この間のとは、ハルシェイアのセラフィナに対する説教のことだろう。思い出すと、心が苦くなると同時に、軽くなる。

「他人からの受け売りのことを、偉そうに言っちゃって…それに、私にも、エディが本当にどう思っているのか分からないし、全部正しいわけじゃない、と思う…それに、私、一つ間違えたの…」

(…エディ、って、誰かしら?)

 ハルシェイアの言葉にそんな疑問を覚えたセラフィナだったが、おそらく彼女の郷里の友人だろうと勝手に納得する。

「まぁ、それはそうですわ。わたくしだって、アレを全部信じる気はありません…それは、まぁ、お恥ずかしい姿をみせてしまいましたが…――それで、間違えたとは何ですか?」

「あ、えっと、それは…ぁ、ちょっと待ってて――」

「?」

 そう言うと、ハルシェイアは席を立って、扉のほうへ言ってしまう。文字通り置いてけぼりをくらったセラフィナは怪訝な顔をする。

(何ですのっ?)

 ベッドのカーテンでセラフィナの位置から見えないのだが、扉の方がハルシェイアの他に一人、いや、二人の少女の声がする。


――入ろう?…きっと、喜ぶ、よ?――

――でも、私たち…――

――そーだよ〜……――


(あら、この…声…?)


――ほら…ね――

――エ、ちょっと!…引っ張らない、っ――

――あ、あ、あー――


 そんなやり取りの後、ハルシェイアに引っ張られて姿を現したのは…

「あなた、達…」

 セラフィナのお付きのアステラとハルニーだった。あの事件から何となく気まずくなって、事務的な事以外ほとんど話してなかった。セラフィナ自身はそこれほど、気にしていなかったのだが、ハルシェイアに指摘されたことが二人の心の澱となって、またセラフィナもそんな二人に対してどう接して良いか分からず、結局、ぎくしゃくした関係となってしまっていたのだ。

 ちなみに自業自得といえばそうなのだが、無情にもクラスメイトには静かになったとそのこと歓迎する向きがあった。

 そんな二人は自分の主人と顔を合わせて、バツが悪そうに黙って俯いた。

「ハルニーさんと、アステラさん…セラフィナが怪我したって聞いて、跳んできたんだよ?」

「…ぁ――」

「えーと、そのぉ〜」

 二人は照れたような、それでいて居たたまれないような曖昧な反応を見せていた。

 それを見たセラフィナは軽く息をついた。それに二人はビクリと肩を震わせたが、それとは逆にセラフィナの表情は晴れやかだった。

「アステラ・キヌス・アルテーナ・コートフィン、ハルニー・オーボ・リリーア・ギルム…ここに来たということはまだ、私に仕えて下さる、ということでよろしいのかしら?」

「あの、での私達は…」

「許して下さるのですかー?」

 アステラはともかくハルニーの口調は相変わらず間延びした感じで緊張感を感じさせなかったが、その様子は恐る恐るといったものだった。それに対して主人であるセラフィナはわざとらしく心外だという顔を作って見せる。

「許すも何も、あなた達二人はわたくしに何かしましたか?記憶にございませんわ――ですが…もしそういう気持ちがあるのであるならば、私と一つの約束をなさい」

「な、なんでしょうか」

「なんでもしますよー」

「陛下でも、お祖父様でもなく、私を見なさい――」

 端で聞いていたハルシェイアは何かぞっとしたように目を見開いていた。そう言ってアステラとハルニーを見つめたセラフィナの姿がまるで神話に出てくる女神のようであったからだ。

そんなエメラルドの瞳の射すくめられた二人は逆上せたようにそれをみることしかできなかった。そう、それこそ――

(――魔法、だ…)

 そうハルシェイアが小さな声で呟いていた。セラフィナにはその声が届いていたが、気にしなかった。それよりも重要なことを言いたかったからだ。

「私は、お祖父様ではありません。私はセラフィナ・ムアラベー・ティムリス・カースティルヌです――摂政家でもなく、王家でもなく、私を見なさい。それから傅く相手をきめなさい…これが約束です。してくれるかしら?」

 約束というよりそれは命令に近い。しかも、そこには従ってしまいたいと思う何かが込められていた。

 この場の誰もがそれに圧倒されていた。高貴にして高慢、それは王者の風格とも言えた。

 そして、長い数秒の後、二人は別々に肯く。それを見てセラフィナの顔が和らいだ。

「なら、いいですわ。約束ですわよ」

 そこでアステラがぽつりと呟く。

「多分、あなたが私の主となるでしょう」

 それは、少しだけ予言めいていたが、本人は至極真剣で、そして自然な言葉だった。

「あら、嬉しいこと言って下さるわね」

「そう思いましたので…」

「あー、私もーですよー」

 ハルニーがアステラをはね除けるように前に出て、アステラが迷惑そうな顔をした。セラフィナもそれに対して苦笑いをした後、ハルシェイアの方を向き直った。

「あなたは、どう?」

「え?…私?どう、って…?」

「あなたも、わたくしに仕えるかどうか、検討してみないかしら?」

 そう言われて、ハルシェイアは困ったような顔をする。セラフィナは知らないことだが、残念ながらハルシェイアには先約がある。

「あ…うーん、と…ご、ごめんなさい――私、もう…」

「あら、残念ですわね」

 セラフィナはそう言ったものの、口調も実際もそんなに残念ではなかった。ハルシェイアはなんとなくだが断るだろうと予想していたのだ。

「あなたならわたくしの侍従騎士にぴったりだと思ったのですけれど。――それならば、屋敷にいるダッテンをたたき起こさないと行けませんわね。操られていたとは言え、わたくしに襲いかかったのですから、一生、私に仕えさせて償わせて差し上げますわ!」

 そこで、妙な視線を感じたセラフィナはその元凶――ハルシェイアを見た。何故か恐る恐るそれでいて興味深そうにセラフィナを見ていたのだ。

「何ですの、ハルシェイア?こちらをじろじろと見て?」

「え、あ、…ううん、なんでもない、よ?――あ、そ、そうだ。ハインライ、遅いから、様子、見てくる…行ってきて?」

 分かりやすい誤魔化しだったが、セラフィナ自身、ハインライと保険医が遅いのは気になっていたのだ。こちらは早く帰館してダッテンを引っぱり出さないといけないのだ。だから、ハルシェイアにこう伝えた

「――――まぁ、よろしいですわ。ですが、後日改めて追求させてもらいます」

「…あ、うん」

 それを聞いたハルシェイアはどういうわけか嬉しそうに笑う。その花のような笑顔にセラフィナだけではなく、アステラ、ハルニーも頬を赤らめた。

(この子は…卑怯ですわ!)

「?」

「ああ、もうなんで嬉しそうですの…!?行くなら早くお行きなさい!」

「うんっ!」

 頷いてハルシェイアは元気よく飛び出していった。理由は分からないがそのあからさまに幸せそうな様子に、

「ぷっ」

「ふふ」

「あはははは」

と三人笑い合った。

 笑いながら、セラフィナは思う。

(こんなに本気で笑うのは、いつぶりかしら?)

 ハルシェイアと同じくささやかで、それでいて贅沢なしあわせを噛みしめていた。

 そして、何かが変わっていっていることを実感していた。

(さぁ、色々とやってみましょうか――)


―――――――――――――――――――――


セラフィナ・ムアラベー・ティムリス・カースティルヌという女性の人生は、アステラルテ留学により大きな転換を迎えたと後世の歴史学者達は口を揃えて言うことになる。

彼女は当初、三年間であったアステラルテ留学期間を、入学直後に三年間延長、後にさらに四年間延ばし、飛び級制度を使いアステラルテ大学上級研究院政治科を卒業する。入学直後、彼女の心情にどういった変化が生じたのかを、歴史書からは見ることが出来ない。ただ、この彼女個人の変化というものが、後のゴリウスの歴史に及ぼした影響は計り知れない。

彼女はアステラルテでの九年間で政治学、特にジャヴァールとエーゲル=バースの政治体制や権力構造を学び、ゴリウスに持ち込んだ。そのため、彼女はゴリウスにおける政治学の祖とも言われる。

既定路線通り王妃となった彼女は、国政に関心のない王の代わりに執政し、政治体制や制度の改革を行い、ゴリウスの国の在り方を大きく変える。また実家であるデルバリトリウス大侯爵の強大な権力を抑えることにも成功し、国王の下に形骸化していた官僚組織を再構築した。

そして彼女は死後、レルテハイト三世によって<女王>号を贈られ、ゴリウスの中興の祖<贈女王>として、またゴリウス王国の国母として永く称えられることとなった。

その業績は同時期の東のジャヴァール女帝エディスティン南のエーゲル=バース鉄竜皇帝レリティリエとともに三女君に数えられ、次代に来る西方における大ゴリウス期の創出の礎を築いたと評価されている。

少なくともそれら第一歩がこの時のアステラルテ留学であったことは間違いないだろう。


※ゴリウス王立リルド大学編纂『歴史大辞典』のセラフィナ・ムアラベー・ティムリス・カースティルヌの項の没稿より抜粋。






<おまけ、あのときのハルシェイア>


「あら、残念ですわね」

 セラフィナがあまり残念そうではない口調で言ったとき、ハルシェイアこんな事を思っていた。

(そ、そういえば…、セラフィナって、大事なときは「わたし」って言って、そうでも無いときは「わたくし」って、言う?)

 ハルシェイアはそんなことに気が付いたが、ちょっと面白いので口にはしなかった。

「あなたならわたくしの侍従騎士にぴったりだと思ったのですけれど。――それならば、屋敷にいるダッテンをたたき起こさないと行けませんわね。操られていたとは言え、わたくしに襲いかかったのですから、一生、私に仕えさせて償わせて差し上げますわ!」

(…と、いうことは、襲ったことは重要じゃなくて、仕えさせることが重要…なの、かな?)

「何ですの、ハルシェイア?こちらをじろじろと見て?」

 見咎められ、ハルシェイアは咄嗟に誤魔化す。

「え、あ、…ううん、なんでもない、よ?――あ、そ、そうだ。ハインライ、遅いから、様子、見てくる…行ってきて?」

「――――まぁ、よろしいですわ。ですが、後日改めて追求させてもらいます」

「…あ、うん」

「?」

「ああ、もうなんで嬉しそうですの…!?行くなら早くお行きなさい!」

「うんっ!」

 ハルシェイアはそうやって医務室から出ていった。ハルシェイアは後日があることがすごく嬉しかったのだ。後ろから笑い声が聞こえたがそれすら気にならなかった。









幕間2−8「魔女と道化」


「遅かったわねぇ、道化。待ちくたびれたわよ」

「おんやぁ〜?忙しいと、追い出したのは、貴女だったようナ?」

 闇の中の会話…魔女と道化が話していた。傍らには『それ』もあって変な鳴き声を上げていたが、二人は気にしなかった。

「そりゃあ、そうよ…魔剣よ、魔剣よ…しかも、ゲネルデンノの。バラバラでバラバラと。クフゥ〜。それ以上に重要なことなんてないわぁ!」

「ふむふむ、そりゃあそうでしょうとも、そうでしょうとも…デ、欲しいもの、何ぞや?」

 軽薄で真剣みのない会話。しかし、それは暗い地の底で低く重く響いていた。

「くふふふ――実験用の人間。もう『それ』が最後の一匹なの。出来るだけいっぱい、よろしくね」

 魔女は意味もなく可愛らしく首を傾げたが、それに対して道化はこれも意味無く難しそうに首を捻った。

「ふむふむ、またですカ。しかし、これはこれは難しいこと」

「……なぜ?」

「何って鉄竜帝国ですヨ、鉄竜帝国」

「チっ…奴隷解放か」

「メルチェヘンが併合されちゃいまして、奴隷市場も消滅…あぁこりゃこりゃ。生きた人間は一気に貴重品――そこらへんイッパイいるのに、ネ。モットモ、色々道はアリマスヨ」

「どっちにしろ、少なく?」

「是に」

「ああ、もう、嫌になるわ――いざとなった自分で調達するしかないわね。ともかく、頼んだわよ」

「はいはい、『これも魔法の発展のため』…ではでは」

 そう言うと道化の姿は消えた。

「さてさて…」

そうすると、既に道化のことなどを忘れたかのように魔女は『それ』に向き直る。

「た、助けてくれ、お願いだ、助けてくれ…おれは、あんな風には、なりたくないっ……!」

 それは恐怖で顔を歪ませて、涙と鼻水で顔中を濡らしていたが、魔女は不機嫌そうに『それ』を見て、当然のように言った

「――実験動物如きが懇願なんておこがましいわ」


 そして、地下に悲鳴轟いた。しかし、それを聞いたのは他に誰もいなかった。


えーと、お待たせしてしまってすみません…。

結も文章もまとまらず微妙なことに…うむむ。


とりあえず、第二章はこれで終了です。

本当はこんな内容にもながさにもなるはずではなかったのですが…なぜこうなったし?


ただ二章で取り残したことは多いので、次は間章という形でそれをお届けできればと思っています。


とりあえず、これでやっと物語の序は終わりです。

第三章は少し軽めのお話をできればなぁ、と考えています。


それでは。

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