第10話「魔を祓う魔剣」+幕間2−7「聖騎士と魔剣」
「くっ」
魔法で強化した短剣でダッテンの剣と打ち合うこと、十数合。良い手だてが思い浮かばず、かといってこのままの状態でも、あの魔剣の男のようにダッテンが手遅れになる可能性もあり、ハルシェイアは焦燥感を募らせていた。
手がまったく無いわけではない。四肢を潰すか、…いや切り落とす、そうすればさすがに行動不能に持っていける――それならいくらでも、手段は思いつく。それは誘惑であり、経験的にはこの場合には最良の方法だ。
(でも…っ!)
それでは、意味がない。意味がないのだ。
(それに…この短剣じゃ、無理かも…)
いくら魔法で補強しても、この短剣にそれほどの耐久力は期待できない上に、向こうの強化された身体を断裂するのは困難な長さ。いまいち自信が持てなかった。
(でも…、そうすると、やっぱり手がない…っ)
またダッテンの剣を弾くが、先ほどと比して徐々に力が強く、速くなっている。魔法で強化しているはずの手が軽く痺れる。
「ガぁぁぁはぁあ!ぐぅ、うグぅぅぅ、あぁぁぁ――!」
そのダッテンの姿を見れば、既に人としての姿を失いつつあった。濁った瞳は妖しい眼光を放ち、締まらない口からは涎が垂れ、不自然に鋭い犬歯を覗かせ、髪の毛は逆立ち、爪は尖り始めていた。
「く、っ」
どちらにせよ、時間切れは近い。こうしていてもじり貧の上、手遅れになる。それは最悪の事態だ。
ならば、今取れる最善の道は――
(………これ以上は――考える余裕は…ない、みたい…っ)
もう一度、ダッテンが激しく振り下ろす剣をいなすと、一歩下がって覚悟を決める。やると決めたらなら、やり通す…どんなに難しくても、どんなに嫌でも。
「ごめん、ね」
そう、小さく、本当に悲しそうに呟いて、そして――
――何かが、砕ける音――
――周囲を取り囲んでいた結界が消失した。
「え…っ?!」
ハルシェイアは驚いて、短剣に纏わせようとした魔法を霧散させる。
同時に不思議な風を感じ、すぐ目の前の地面に何かが刺さるのを見た。
漆黒に光る。細長い何か。
それは今一番欲しいと思ったもの。
だから最初、白昼夢でも見たのかと思った。
「え…、ぁ、あれ…なんで、『黒姫』――」
そう、それはハルシェイアの愛刀『黒姫』。黒い太刀拵の鞘に納まったまま、悠然とそこにあった。
(――………もしかして)
そこでハルシェイアは一つの可能性に思い至る。むしろ、こんなことをしてくれるのは、今現在においては彼女しか思いつかなかった。油断できないのに、つい油断してしまうあのやさしい寮監。そして、ハルシェイアのことを知り、おそらくこの『黒姫』の正体にも気が付いている、あの人。
(……デボネ、さん、かな――この結界に気がついてくれたんだ…!)
どちらにせよ、目の前に『黒姫』があることで光明が見えた。おそらく、結界が消失したのはこの太刀のせいだ。そして、素早く左手で『黒姫』を逆手に持って半端に引き抜き、寸前まで迫ったダッテンの剣をそれでそのまま受け止めた。
「ぐっ!?」
(『黒姫』があるなら…)
と同時に、鞘を蹴り飛ばし、完全に刃を抜くと同時、後ろに下がる。ダッテンの剣が宙に空振り、その時にはハルシェイアは短剣をホルダーに納め、太刀を両手で持ち直していた。
(……やれる)
「ふっ」
という、軽い呼吸と共に一気に体勢の持ち直していないダッテンへ間合いを詰める。
「?!あぁぁぁぁ!!」
ダッテンは慌てたように目の前に突っ込んできたハルシェイアを二つに斬り裂く。脳天から腰まで綺麗に。
「ハルっ!!!」
メイアの悲鳴が木霊する。
目の前の惨状を確認したダッテンは血走った目を見開き、獣に近くなっている顔に明かな喜色を浮かべた。そして、空を見上げ嗤った。勝利を謳うように。
「くは、くはは、はははは――」
が。
「――ぁ?」
ダッテンが短く驚愕の声を上げた。何故か、ダッテンの目の前に切り捨てたはずのハルシェイアがいた。しかも、背の低い彼女と目線が上で合っている。
「幻、だよ」
ハルシェイアはそう一言投げかけると、ダッテンを落下の力と共に右肩から斜めに斬り裂いた。
ただし…極浅く。おそらく、それで十分のはず。これはそういう太刀だから。
「………」
ハルシェイアは無言で、ダッテンをそのまま宙で蹴り飛ばし、その様子を窺いながら後ろへ大きく三歩跳んで下がる。構えはまだ解かない。下に構える。
視線はダッテンから外さない。
「う、ぅ、ぅ…」
蹴られてよろめいたダッテンは四肢を小刻みに振るわせ、二、三度小さく呻いた後、
「っ?!」
「ぐががががががががぁぁぁぁあああああああ!」
(失敗、したっ…?!――ううん…)
ダッテンは自分の顔を鷲掴みにして苦しそうに絶叫した後、そのまま糸の切れた操り人形のように力を失い倒れた。
ハルシェイアは警戒しつつ、彼ににじり寄り、確認する。
姿は通常に戻り、とりあえず息もあるようだ。もちろん、このまま数時間放っておけば、命の危険はあるだろうが、今はまだ大丈夫だろう。
だが、それでもハルシェイアは警戒を解かない。むしろ意識をさらに研ぎ澄ましていた。
「………」
「ハル…?」
メイアが心配そうに呼びかけてきたが、それには悪いとは思いつつ答えず、十秒ぐらいそうしてから、突然息を抜いた。
「――……ふぅ」
(近くには、いない…)
ダッテンを操って、妙な結界を張った何者かが、だ。
(……ダッテンを操って、こんなことして、一体…?)
ハルシェイアは首を傾げる。黒幕が何をしたかったのか、まったく分からなかった。
(そっちは……多分、デボネさんが行ってくれている?…かな?)
気が付けば騒ぎを聞きつけた生徒や、先生達が集まり始めていた。
(あっ…!)
そこで、ふと、あること気が付いた。
抜き身の太刀を持つ自分、気絶しているリスティの他、ゴリウスの少年少女達、斬られて倒れているダッテン。それを見比べ――
「あ、あれ…えっと――ど、どうしよう…」
一見すれば、この騒動の非が誰にあるように見えるか。おそらく、血の垂れる刀を持っている人物だろう。
そんな困ったハルシェイアの顔を見て恐怖から解放されたことを実感したのかメイアは笑った。笑って言った。
「私が証言するから、心配しないで、ハル。あと…」
メイアは横の真っ青になっているセラフィナに視線を投げかける。それに気が付いたセラフィナはいまだに震える唇を動かして言う。
「わ、わ、わたくしも…事情を、っく…お話、ひっく、あ、うぐ…」
しかし、それは途中で言葉にならなかった。安心したのか、嗚咽が洩れだし、泣き出してしまった。
そして、ハルシェイアとメイアは顔を見合わせて、失礼と思いつつ笑ってしまった。
それに、ハルシェイアの懸念も杞憂に終わった。最初に素早く駆けつけてきたのが、カティだったのだ。事情を察した彼女はとりあえず黒姫を預かり、事態の指揮にあたった。ハルシェイア達はというと、後から慌てて駆けつけてきたプリメラにとりあえず医務室へと向かい、簡単な事情聴取と診断の後、寮に帰された。その間、ハルシェイアはずっと何か話そうとして、そしてメイアはそんなハルシェイアを心配そうに見ていた。だから、ずっと無言だった。
幕間2−7「聖騎士と道化」
黒姫によって、結界が消された、まさにその時、その妙な影は中等科校舎の屋上にあった。
「おんやぁ?これは…結界が――あぁ、“チャタンベルの黒い剣”の方ですか、暇つぶしのつもりでしたが、これは何とも久しく、珍しいものが出てきましたヨ」
鳥の仮面に珍妙な格好の男。男とも女とも判断つかない声――ハルシェイアが見かけてダッテンが会ったあの男だった。
「しかし、あの剣は――にしか使えないハズ?ふゥむむ?まぁ良いデショウ…関係ない、関係ない――おんやぁ?」
男は首を傾げ、振り返る。男の背後、屋上にもう一つの影が現れている。それは金髪碧眼の女性。
「ァ、これはこれは、百年ぶりくらいですかネ?筆頭騎士殿」
「――相も変わらず戯言ばかりのようね、『概念への道』の連絡員さん。ちなみに私はそんな長生きじゃないの、まだ二十八」
そう言って現れたのは、デボネだった。あの重傷を負ったハルシェイアを回収した夜に持っていた青い槍を担いでいる。
デボネはこの男のことを知っていた。それこそ『筆頭騎士』と呼ばれていた頃、二度相見まっている。無論、敵として。
男が所属するのは魔術結社『概念への道』、魔法のさらなる発展を唱う非合法の魔導師組織だ。教会により禁術とされた魔法やその他倫理的に問題があるような魔法研究をしている人間を中心に会員とし、その会員のために各種便宜を図る。知識や道具、金銭、時には人体実験用の人間まで用意し、またそれで得られた技術・知識を、それを必要とするパトロン達に売り込む――そうやって資金を稼ぎ、さらなる魔法研究を行う。そのため、会員には違法研究者だけではなく、資金不足にあえぐ正規研究者も多く、各国で深刻な問題となっていた。
その連絡員がこの男で、当時、デボネが検挙した『概念への道』会員は全てこの奇抜な男を組織への窓口としていたことが、取り調べで分かっている。
「イヤイヤ、そうでした、そうでした――ホ?」
そこで、男が一瞬何かに気づいたように、槍を見る。そして言った。
「――ホホぉ、これは、これは、シナトストリじゃありませんか」
「………シナトストリを…知っているの?」
デボネが驚いたように、そして若干不快そうに男に訊ねる。この槍はある理由からここ三百年ほどほとんど人の目に付くことは無かったはずなのだ。
もっとも、それ以前の史料にはあの姿を写したものがあるかも知れないが、生憎デボネは知らなかった。この男はそれを見たというのか…?
「もちろんっ!――教会の持ち腐れ至宝、チャタンベルの模倣品、知らないわけありませんヨ――なるほど、なるほど、貴女を主としましたか、くくく、ひひひ」
(………相変わらず、不快な男…それにしても、チャタンベル…?誰かの名、この道化、剣聖について私も知らないことを…?それにこの男――)
そう思いつくと、何か薄ら寒いものが足元からわき上がってきた。今まで、<『概念への道』の連絡員>という以外、この男の正体など考えことは無かった。こいつは一体何者なんだろう、と。
そもそも、『概念への道』という結社は、その知名度と反比例して実態が未だ掴めていない。各国で検挙されるのも末端の会員や資金提供したパトロン達であって、彼らの誰もが組織の構造、例えば頭は誰かとか、幹部の名前とか、そういうことを一切知らないのだ。
それは問おうと口を開く前に、機先を男に取られた。それも、彼女の心の弱いところを突くような一言で。
「ひひひ、――恩師を代償に?」
「クっ!!」
それを聞いた瞬間、一瞬でデボネの頭に血が上り、男に向かって目にも留まらぬ速さで槍を薙いでいた。が、既にそこには男の姿はなかった。
虚空から声だけが聞こえてくる。
『向こうも、終わってしまいましたからネェ。私も、仕事に戻るとします――それでは、ごきげんよう、シルビア・ブリスター…――』
「くっ……」
自分の失策にデボネは奥歯を強く噛みしめた。あんな分かりやすい挑発に乗ってしまった。
下を見れば、事態は解決したようだった。しかし、それに反してデボネの心は全く晴れない。
「本当に、何者、なの…?」
自身の槍に問いかけるが、その答えは予想通りに芳しいものではなく、軽く息を付いた。
「――そう…、あなたも知らないのね、シナトストリ」
(スッキリしない、まったくスッキリしない…)
珍しく苛々とした様子を見せたデボネだったが、シナトストリの声を聞くと何か諦めたように嘆息した。
「そうね、こうしていても、仕方ないわね…」
下では人が集まり始め、ちょっとした騒ぎになっている。ふとした拍子に姿を見られるかも知れない。それは色々不都合が多かった。
「本当…仕方、ないわね」
だから、それだけ呟くと、デボネは風と共に屋上から姿を消した。下にいた誰かがその時、校舎の上を見つめたが、目の錯覚だと思ったらしく首を傾げて、負傷者の確認に戻った。
引っ張った割に呆気ない幕切れでした。すみません。
戦闘そのものはストーリー上大して重要ではなかったもので。
幕間の方は…伏線多くていまいち意味が取りづらい…かも?なんだか、全体的に幕間のほうに伏線張っている気がする…。
近況1 HDの容量がやばい上にPCの調子が悪いので、外部のそれに重要なデーター移したら、そっちが壊れましたorz…文書データーは何とか取り出せたけど……コレクションがぁ…。
近況2 試験落ちましたorz
近況3 どっちも今週のことで軽くブルー。
誤字訂正
2012/11/29 感想覧でのご指摘により訂正
誤「ハルシェイアはそう一言投げかけると、ダッテンを落下の力と共に右肩から斜めに斬り咲いた。」
正「ハルシェイアはそう一言投げかけると、ダッテンを落下の力と共に右肩から斜めに斬り裂いた。」