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学園都市アステラルテ  作者: 順砂
第二章『何も知らないお姫様達』
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第9話「愚者の焦燥」

「だ…、ダ、ッテン…?」

 ダッテンの様子は誰がどう見てもおかしかった。主君筋であるセラフィナに斬りかかるのはもちろん、それ以前に表情は笑っているようにも恐怖に戦いているようにも見える風に固まり、そして不健康に青ざめていた。目の焦点が合わず、譫言のようになにかぶつぶつ呟いていた。

「…って、……して…る。みん…、……してやる。僕を…する奴ら…してやる…――」

「お…お、い…?」

 最初に怒声をあげた少年達も、その尋常ではない様子に若干引く。メイアも、リスティも、アステラ達も同様だった。

 反射的にセラフィナを庇ったハルシェイアにも何が起きているのかわからない。

(また、魔剣…?――ううん、違う。あれは魔法具でもない、普通の剣…じゃあ…?)

 ハルシェイアはその可能性を否定する。彼の持つ剣は魔剣でも精霊器でもない、普通の剣だ。ただダッテンの全身から魔力を感じる。禍々しい、気分が悪くなるような魔力。

(一体、何、が…?――)

「――っ?!」

 そう思ったときだった。その、ダッテンにまとわりついていた魔力が一気に跳ね上がった。

「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

場数を踏んだハルシェイアですら震えるような魔力、それを馴れない者が浴びればどうなるか…。

「あ、ぁ…――」

「ぅ、…――」

「メイア…、リスティ…!」

 メイアは魔力に関する訓練を受けたことがある所為かかろうじて意識を保っていたが、リスティは僅かに呻くと失神した。他の者も、傭兵科の上級生とハルシェイアが後ろで庇っていたセラフィナを除けば気を失い、その者達もメイアと同様、やっとという感じであった。

 そして、ハルシェイアはハッとした。

(まって…、この、魔力……?!)

 そして、ハルシェイアはダッテンに厳しい目で見る。しかし、それは尋常ならざるダッテンに警戒したからではない。むしろ、動揺だ。こういう場で、ハルシェイアが動揺することはほとんどない。

ハルシェイアはこれと似た魔力を知っていた。それもつい最近、感じた。忘れたくても忘れられない、それは…

「なんで…、何で…、こんなに、似ている、の――」

 ハルシェイアがアステラルテに着いた直後の事件、あれからまだ一ヶ月も過ぎていない。

(――なのに、っ…なんで…似ている、の?――魔剣と…、ゲネルデンノの、魔剣、と…!?)

 あの事件で、古代の皇帝の野心によって生み出された魔剣に冒された殺人鬼に、ハルシェイアは乗り合い馬車で親切してくれた小母さんを殺された。そして、逆に私怨でそれを殺してしまった。

 望まなくても事態は向こうからやってくることは知っている。でも、これはどこか恣意的なそんな感じがした。でなければこんな偶然あるわけがない。

「ねぇ…、何ですの…これは――」

 その茫然自失としたセラフィナの恐怖を含む声で、思案の海からハルシェイアは現実に引き戻される。

(考えるのは、後。本当にただの偶然…かも、しれない…)

 実際、似ているだけだ。全く同じというわけではない。似たような効果を生む魔法は似たような魔力の波動を持つ。ただそれだけかもしれない。

 魔剣は怏々として精神系と類似する波動を有することが多い。

(……と、いうことは、少なくとも、彼には、精神系、夢属の魔法がかかっているんだ…でも、それだけじゃない、よね…)

 ハルシェイアはすっとダッテンを見る。あの一瞬ほどの魔力を今は感じない。それでもなんかまとわりつくようないやな空気が流れている。

「はぁ、はぁ、はぁぁ…、馬鹿に、しやがって…、みんな、馬鹿に、しやがって…!」

 少しだけ、理性の光が戻ったようなダッテンはぎっと睨み付けた。ハルシェイアをではない。少年達、それもリーダー格であり、意識を保っている傭兵科の二人を。

 一人がひっとのどの奥で悲鳴をあげ、もう一人が呆然と呟く。

「だ、ダッテン、お前…」

「僕は、セラフィナ姫をお助けして、摂政様にお目に止まるはずだったんだ…」

 その譫言のようなダッテンの言葉に、ハルシェイアが背中で庇うセラフィナがぴくりと震えた。ダッテンの本音は、それこそ「大事なのは摂政様に気に入れられること」――そう言っているのと同様の言葉だった。

(――セラフィナ…)

「なのに、その僕を、僕をなぐりやがって、馬鹿にしやがって、この僕を、この僕を!許せない、許せない、許せない!」

 よく見れば、ダッテンの顔には幾つかの打撲痕がある。それに気が付いたハルシェイアは思う。

(……どっちも、どっち、かな)

 そうまさしくそうだ。自尊心が傷つけられたからといって、人を殴ったり、殺したりする必要性はない。むしろ無駄な労力だと、ハルシェイアは思う。

 ただ実際、とはいうものの、そんなことで戦争が起きる。それをハルシェイアは体験として知っていた。そんなことであっても傭兵の仕事が増えるからだ。だからといって、肯定する気は毛頭ない。結局、現実として不毛でしかない。

 なので、その剣が振り上げられるのを見て、ハルシェイアは行動を起こしていた。


 ブァンッ!!!!!!!!


「っ?!」

 鳴り響く破裂音。だがそれだけだった。しかし、ダッテンの視線は驚いたように音のした方、つまりハルシェイアの方へ向いた。

 ハルシェイアが無名魔法(単純魔法とも)で空気を鳴らしたのだ。

 ダッテンはそのハルシェイアを凝視し、そしてダッテンは憎々しげに歯を覗かせた。

「ヴェ、ン…ヴェン!!お前さえ、お前さえいなければ、僕は、お前さえ…」

 その言葉にハルシェイアは内心驚く。

(え…、私…?そんなに、恨まれる、こと、した?)

 ハルシェイアはこちらに少し気をそらせるつもりだったが、ダッテンの恨みがこちらに向いたことに軽く面を食らった。ハルシェイアには、残念ながら「お前さえ」と言われるほどのことをした覚えはなかった。それほど、ダッテンの模擬戦でのあの行為は、ハルシェイアにとっては普通なのだ。

「ヴェンの癖に、女の癖に…この僕を虚仮にして!」

(私が、彼を、虚仮に……?――あっ、もしかして…)

 そこでハルシェイアは初め思い至った。

「――模擬戦の…こと?」

(やっぱり、あれ…やりすぎ、だった、の?)

 少し気にはなっていたのだ。軍での訓練では、あの程度なら少し休憩したらすぐに復帰するのに、あの時は思ったより大事になっていた。だから―――

「あ…、あの…、ごめんなさい…」

 と、ハルシェイアは嫌みなく頭を下げる。

「は……?」

「「………」」

 そのハルシェイアの行動に、ダッテンのみならず、この異様な状況に恐怖していたハルシェイアを除くこの場の全員が唖然とし、流石のメイアも空気を読めないというか、天然というか、そんなハルシェイアにちょっとだけ呆れたような顔をした後、顔を引き締め、ハルシェイアを厳しい目で見た。

 ハルシェイアに庇われているセラフィナもいまだに震えながら、ハルシェイアに一言苦言を呈す。

「……あ、あなた、それは逆効果では、ない…かしら…?」

「…え?」

 ハルシェイアが首を傾げて振り返ると、セラフィナは恐怖を一瞬薄れさせて、心底あきれ果てたようにハルシェイアを見た。

(……逆、効果…?――っ…?!)

 ハルシェイアは慌てて、顔をダッテンの方に戻す。また、先ほど程、爆発的ではないものの、ダッテンの魔力が膨れ上がっている。

「お、おまえぇぇ!ど、どこまで僕を虚仮にしたら気が済むんだぁぁっ!!!」

「っ?!」

「きゃぁぁぁ!」

 そのまま、剣を両手で振り上げつつダッテンが突進してきて、ハルシェイアの背後のセラフィナが悲鳴を上げた。

(わ、私…、馬鹿、っ――っ!……でも、結果、思った通り、かな?)

 ハルシェイアはそれをその場で迎え撃つ。避ければセラフィナに当たる。だから初めから避ける気もないし、その必要もない。たしかにダッテンの魔力は上がり、それが一種、強化魔法のように働き、普段のダッテンの動きに比べて格段に速く、そして力を与えている。

(でも…、それ、だけ――)

この手の魔法では経験や戦闘技術まで上乗せされるわけではない。

「――ふ、っ…――」

 同時にハルシェイアは迷わずすっと踏み込んで、向かってきたダッテンの懐に入る。

「なっ?!」

 驚くダッテンのハルシェイアにとっては大きなその身体を、彼女は、掌底で、吹っ飛ばした。鈍い打撃音と共にダッテンの身体は冗談のように宙を飛び、うずくまる少年達の上を飛んで、その背後の木の幹に激突した。

 単なる掌底ではない。身体に強化をかけた上に、掌には風属魔法「衝風」を付加したものだ。

(……)

 ハルシェイアは僅かな期待を込めて。ダッテンの様子を見る。手加減をしたが、まともに食らえばただではすまない。普通なら気絶するはずだ。

「…っ」

 しかし、木に叩きつけられたダッテンの身体が、操り人形のむくりと起きあがる。その冗談のような動きに反して、ダッテンの顔は生々しく歪みきっていた。

「ぐわぁぁ…――!!!!くそくそくそくそくそくそ、くそぉっ!殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるっ!!!!」

 怒りに震えるダッテンは、口から覗く歯を食いしばらせ、血走った目でハルシェイアを見た。むしろ、もうハルシェイアしか見えていない。発散される魔力は怒りと比例するように再び上がり、大気が震える。

 だが、そんな中、ハルシェイアは冷静に状況を見ていた。

(……やっぱり、だめ…。この程度じゃ気絶、しない…。取り押さえる…?でも、流石に私、一人じゃ……?)

 そこでハルシェイアは何か漠然と違和感を覚える。

(―――あれ?…一人?)

 ハルシェイアは、変だ、と思った。ダッテン自身に対してではない。それはもう驚くことではない。そう、一人も来ない、のだ

 この魔力は異常だ。日常で発せられるものではない、遠くにいても魔法をかじっただけのような少し魔力に敏感な人間でも、気が付くはずだ。それにここは学校だ。

(なんで…、だれも、こないの…?)

 ここは校門に近いとは言え、校内だ。教師も多くいるし、傭兵科や魔法科の生徒もいる。なにより、すぐそこの中等科の校舎にはカティがいるはずだ。あの、元傭兵のカティがこの状況に気がつかないのはおかしい。

(どう、して……――っ?!)

 そこで、ハルシェイアはハッとした。あることに気が付いて愕然とする。自分の周囲に張り巡らされた異常の正体、それは――

「…結界っ、そん、な…――」

 結界――結界魔法は三つの用法が存在する。即ち、防御・隠蔽・封固である。味方の身を隠し守り、また敵を罠に閉じこめる術になるのだ。よって戦場では結界の察知が勝敗を決める重要な要因にもなる。

 だからこそ、ハルシェイアはいつも結界には気を付けている。少なくとも、さっきもダッテンが異常な魔力を発した後、一度探査した。でも、気が付かなかった、いや気づけなかった、まったく。

 なのに、今ははっきり分かる。それも、ダッテンの発する魔力よりもさらに気持ち悪いまとわりつくようなそんな魔力…。

 血の気が引いた。こんな見落とし、即、命に繋がる。

(なんで、なんで、気づかなかったの――ううん、違う、なんで、今は気づけたの?)

 今と先ほど、やったことは変わらない。意識を研ぎ澄まして周囲に魔法的な違和感を探った、それだけ。では、何が違ったのか。

(――……変、って、思った、から?)

 誰も来ないから、変と思った。さっきと違うのは、そこだ。

(最初から変だと思っていないと認識出来ない結界、…?そんなの、ある…の?)

 ハルシェイアは自問して、それから心の中で頭を振る。現実の出来事、それが全てだ。それに今、一番重要なのはそこではない。

 ダッテンの尋常ではない様子に、力。この特殊な結界。それが意味するのは――

(…他に、誰か、いる…!)

 だけど、今、それを探っている暇はなかった。

(こんなとき、ブルレデトがいてくれたら――)

 一瞬、いつも傍らにいた冷酷な男のことを思いだす。

「――ふっ!」

 と、同時に、目の前に迫った剣を、腿に装着していた護身用の短剣で受け止めた。この短剣はジャヴァールから持ってきたものではなく、アステラルテで買ったものだ。

 アステラルテ市内では、ハルシェイアの脇差ですら、持ち歩くのには少々長く、規制の対象のため、制服合わせの日に新しく買ったのである。安い新品だったものの、なかなか質の良い物で、ハルシェイアは気に入っていた。

 それが無理な力で軋みをあげている。

「っ…」

「ハルっ!」

 いつの間にかセラフィナを倒れたリスティの場所まで避難させていたメイアが小さな悲鳴を上げた。

(メイア…、助かった、よ)

 ハルシェイアはメイア達の位置を確認すると、その状態から迷わず“雷電”を放った。と同時に、地面を蹴って後方へ逃げる。

(…ぅ、くぅ)

 しかし、逃れたとはいえ近距離で放ったため、術者であるハルシェイアも少し痺れる。でも、支障はない。

 問題はそこではない。

「やっぱり…思ったように、効かない…」

 ダッテンは“雷電”を食らい、感電もせず、なお平然としてそこに立っていた――まるで、魔剣に冒されたあの男のように。

 獣のようなうなり声を上げ始めたダッテンを前にして、そこで初めてハルシェイアは焦りを覚えた。

(獣の魔剣と、同じ…現象が起きている…の?)

 殺すのは簡単だ、今のダッテンは、どう見繕ってもあの獣よりも強くはない。いくらでも方法は思いつく。でも、とハルシェイアは思う。

 それはしたくなかった。ダッテンは、敵じゃない。私怨もない。それに…――

(私は――)

 戦うために、殺すためにここに来たわけではない。

(私は変わるんだ、自分の意志で…漠然とではない、自分の力、で……)

 もうあの一件でそれは手遅れかもしれない。それでも、なお。

(――せめて、黒姫があれば…)

 部屋に置いたままの愛刀を思い浮かべる。あれは、主以外には最悪の魔剣、そして全ての魔法をうち消す魔剣。だから、あれならダッテンを救えるかもしれない。

 でも、ここには無い。無い物を望んでも詮無きこと。

 いくつか方法は考えられる。が、衝撃も、雷撃も割と強めに入れたのにも関わらず効かなかった。気絶は可能性が薄い。骨を折って行動不能にするという手も考えられるが、先ほどの掌底の後の動きを見ると、今のダッテンは例え全身をバラバラにしても立ってしまいそうである。

(それを、試す…でも、それこそ、殺りかねない…?――それ、なら…私はどうすれば?)

 これという打開策が思いつかないまま、ハルシェイアは再びダッテンと剣を交えた。

 そして、今まで自分が本当に簡単な方法をとっていたことを、ハルシェイアは思い知った。


少し間を置いてしまい、すみません。

試験は週始めには終わっていたのですが、ちょっとした虚脱感と、HD内に溜まってしまったアニメが容量を圧迫していたのでその処理をしてました。


お話は…やっぱり、ダッテンの乱入は不必要だったかなぁと思いつつ、更新。

伏線ということにしておいてください…。

そして、相変わらず戦闘は苦手…。


それではよければ次回。

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