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学園都市アステラルテ  作者: 順砂
第二章『何も知らないお姫様達』
23/88

幕間2−2「ダッテンの理由」+幕間2−3、2−4

幕間2−2「ダッテンの理由」


「くそくそくそ、ヴェンのくせに、ヴェンのくせに、ヴェンのくせにぃっ!!」

 中等部医務室で、一人の男子生徒がシーツにくるまり、ブツクサと呟いていた。怒りと屈辱、そして恐怖で身体は震えていた。

 生徒の名前はダッテン・エルゲイ・アリヌ・オードダルト。直前の武術基礎の模擬戦でハルシェイアに負けたあのダッテンである。

「ヴェンの、しかもあんな、あんな女に」

 ハルシェイアの顔を思い出し、あまりの屈辱感に我を忘れそうになる。

 ダッテンはハルシェイアを最初見た時、正直可愛いと思い、自分の彼女にしてやっても良い、と思った。尤もそれは、ヴェンであると聞いたとき吹っ飛び、残ったのは思春期らしい下卑た考えだけとなる。それすら、今回の件で無くなった。もう憎悪の対象だ。

 それは負けたことだけではない。負けた後、セラフィナ姫に侮蔑の目で見られ、そして、直後居ないも同然に無視されたことも、それに拍車をかけていた。セラフィナに見限られるということは、摂政家に見限られるということ。ゴリウスに戻っても出世の道から外れてしまう。

「こんな、ハズじゃあ…、こんなハズじゃあ…」

 ダッテンの父はありふれた武門貴族で、爵位は子爵。名門であるが、ここ数代はぱっとした官職に就けず、父の代になってやっと摂政アグリッパに気に入られて侍従騎士団麾下の一隊を任されるほど出世した。今では、次の侍従騎士団長ではないかとまで噂されている。自分はその息子だ。摂政お気に入りの次代の侍従騎士団長の長男、それが彼の誇りだった。

 それが、あんなヴェンの女子に、あんな醜態で、負けた。勝利を確信した瞬間、どん底に落とされた。その一瞬に見た彼女の姿に恐怖した。摂政の姫に見限られた。

 それら全てが彼の誇りをうち砕いた。

「どうすれば…いい?」

 その時、医務室のドアが開き、誰かが部屋の中へ入ってきた。痩せた、眼鏡をかけた男、担任のリーバイであった。

「先生…?」

「…君が医務室に運ばれたと聞いて、な。思ったよりも元気そうだ」

 そう言うと静かにダッテンの元へと近づく。

正直、ダッテンはこの教師が苦手だった、たしかに、同郷人で何かと目こぼしや目にかけてくれる。しかし、少々威圧的で、そして何か気味が悪いと思っていた。

「傷はどうかね?あの、ヴェンにやられたと聞いたが?」

「あ…うん、平気だ…です」

 ヴェンにやられた、その一言がガタガタになった自尊心にちくりと刺さり、悔しさから拳をふるふると握りしめる。にもかかわらず、そんなダッテンの様子を気にかけた様子もなく、この担任は言葉を続ける。

「そうか…しかし、最初の授業でけが人を出すとは流石、野蛮人だ…。しかし、今回の件の問題しないとは、だから私はあの傭兵上がりを教師に迎えるなど反対だったのだ」

「………あの教師、あのヴェンと知り合いのようでした」

「ほぉ、初耳だ。なるほど、彼女はヴェンを庇ったわけか。まったく、これであの条件を満たさなくなると思ったのだが…」

 実際は庇ったわけでも何でもなく、単にその武術という授業の性質上、授業中当然起こりうる事故として、生徒個人への責任はとらないという判断をしただけなのであるが、当のダッテンや、このリーバイはそうは取らなかったようだ。

 ふと、ダッテンはリーバイが何気ないように言ったある言葉が何故かとても気になった。それは、何かに囁かれたかのように。

「条件…?」

「ん?ああ、条件、かね。何、彼女らが公然と反抗するための条件だよ。その中に、問題を起こして指導されないということが含まれている」

「ええ、聞きました…もしそれが満たされなくなったら…たしか?」

「あぁ、私に謝罪して授業に戻るか、退学か、ということになっている…尤も私はあのような生徒はいらない。その時は、退学を勧めようと考えている」

「……」

 ダッテンの脳裏に暗い思いがよぎる。

「まぁ、…君に言っても仕方ないことであるが、ね。私は忙しい…これで失礼させてもらうよ。養生したまえ」

 それだけ言うと、リーバイはダッテンの返事を確認もせずに医務室から退出した。

 しかし、考え事に囚われていたダッテンは気が付かなかった。担任が去ったことにも、担任がわざわざ何を言いに来たのかも、そして、プライドが傷つけられたのは何も自分だけでは無かったことに。


 その後、養護教諭から追い出されるように医務室を出たダッテンはまだ考えを巡らせていた。その内容は浅知恵と言えば浅知恵だし、またそれをして本当に自分に得があるのか、それを悩んでもいた。

(忌々しい…でも、僕がそこまでする必要があるのか、ヴェン如きに?)

 たしかに、気が晴れるかもしれない。ただ、リスクと天秤にかけるほどなのか。

 そんなことを考えていると、廊下の角を曲がった所から声がした。

(この声は…?!)

 ダッテンは思わず足を止めた。

 聞こえてきたのは、主人格になるセラフィナ、それにお付きのアステラ、それにハルニーの声だった。


「それにしても侮辱以外何物でもありません。そうお思いになりませんか、セラフィナ様」

「…ええ、そうですわね。あの連中は、無礼にもほどがある。とくにあのリスティ、それにこれ見よがしにダッテンを倒した白髪のヴェン…きっと我が、誇り高きゴリウス、ひいては我が偉大な祖父摂政アグリッパの名を貶めるつもりなのですわ」

「ええ。…そうですね――ああいう輩は少々痛い目に遭うべきですわ」

「でも、セラフィナ様ー。聞いた話ですとー、あのリスティとか言う子、この街の有力者の娘らしいですよー…まずいんじゃ、ないんですかー?」

「なら、あのヴェンだけでも懲らしめるというのは?」

「…そうね、まかせるわ」


「……」

 それを聞いたダッテンは思う。もしも、自分が率先して「懲らしめれば」、汚名返上ができるかもしれない。

 未来の王妃たるセラフィナ、ひいては摂政閣下の覚えもめでたくなる。それこそが自分に相応しいと、そう思った。

「そうだ、僕は…僕は…ふふふ、ははは…」

 ダッテンの胸に黒い炎が点った…


 ダッテンはその足で、同郷の先輩の所へ言った。




幕間2−2「セラフィナの理由」


 ダッテンが模擬戦で負けた。同年代の貴族子女の中では有望株という話で、学友兼護衛として連れてきた者だったが、あんな小さなヴェンに負けるとは話ほどではなかったらしい。

 しかし、セラフィナにはそれに対して、怒りも失望も軽蔑も何も涌いてこなかった。

 ただ、「こんなものか…」と思うだけで、一瞥して興味を失った。本当にそれだけだった。そもそも、ダッテンにしろ、他の二人にしろ自分で選んだ学友ではない。愛着も興味もない。

「それにしても侮辱以外何物でもありません。そうお思いになりませんか、セラフィナ様」

 呼びかけられて、セラフィナは自分がこの二人と話していたことを思い出した。どういうわけか、最近、セラフィナは他人の話に対して必要以上の関心を持てなかった。

(いいえ、一つだけ…なぜか――)

 アステラが今言ったとおりだったが、何故かあれは…正直、面白かった。だが、誇りに賭けてそんなことは口にしない。

「――…ええ、そうですわね。あの連中は、無礼にもほどがありますわ。とくにあのリスティ、それにこれ見よがしにダッテンを倒した白髪のヴェン…きっと我が、誇り高きゴリウス、ひいては我が偉大な祖父摂政アグリッパ、…の名を貶めるつもりなのですわ」

 言っていて、自分で何か引っかかるものがある。わからない。でも、別にそれで良いと思う。私はゴリウスの大摂政アグリッパの孫姫、セラフィナ・ムアラベー・ティムリス・カースティルヌなのだから。そんな些細なことを考える必要はないのだ。

「ええ。…そうですね――ああいう輩は少々痛い目に遭うべきですわ」

「でも、セラフィナ様ー。聞いた話ですとー、あのリスティとか言う子、この街の有力者の娘らしいですよー…まずいんじゃ、ないんですかー?」

「なら、あのヴェンだけでも懲らしめるというのは?」

 アステラとハルニーはそんなセラフィナの機微に気付いていない。その事に対してセラフィナは何も感じない。そういう風に見せている以上に、結局の所、他家の人間は有象無象と同じ。

「…そうね、まかせるわ」

 そう言ったものの、セラフィナはやはり、どうでもよい、と思った。


 セラフィナは、自分の無関心の理由について答えを既に持っているのに、それに気づけていなかった。




幕間2−3「リーバイの理由」


 特例の話を聞いたとき、まずは訳が分からなかった。教師である自分に反逆して、それが公認されるなど夢にも思わなかった。

(こんなことが障害になっては…)

 リーバイは自分のクラスに摂政の姫君が入ったことを“全なる者”が与えてくれたチャンスだと思った。ここで姫君、そして摂政アグリッパの目に留まれば、大手を振ってゴリウスに帰れる。自分を振ったあの馬鹿な女も見返せる、そう思ったのだ。

 リーバイは代々、宮廷学者を輩出する下級学者の家の出だった。十八才の時、とある上級貴族の娘に恋をし、そして、無謀にも求婚したが、身分を理由に相手もされなかった。その上、彼の父親はそんなことをした息子を恥さらしだと激怒、強制的にアステラルテに留学させられた。

 ならばと、学問で身を立てようとアステラルテ大学卒業後、上級研究院に進もうとしたが上手くいかず、結局、こんな教職などという矮小な職に就くことになってしまった。

 屈辱的だった。何故、自分がこんな目に遭わないといけない。ずっと、そう思っていた。

 そこに転がり込んだチャンスだ。

(あんな、小娘達に出鼻を挫かれる訳にはいかない…それに、私を虚仮にした罪を思い知らせてやらん、とな)

 そして、リーバイは、六年後、摂政の姫とゴリウスに帰り、自分に相応しい地位を得た自分の姿と、それを見てなぜ自分と結婚しなかったのかと悔しがる馬鹿な女の姿を夢想した。


えっと、今回はゴリウスの人たちの話です。


ダッテンはまだ子どもなので許して上げて下さい。

セラフィナは…実は今回の裏主人公。

リーバイは厳しいことを言って生徒を育てる、そんなタイプ…嘘です、すみません。リーバイは自分が凄いと思っていて自分の凄さが理解できない周りがおかしいと思う人間。そして、次の幕間のせいで出番も存在感もなくなっちゃう哀れな人w


では、次回で。

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