第5話「授業開始、そして模擬戦」
翌日のハルシェイア達、中等科新一年生の授業は半日のみで、必修授業の時間割発表と選択授業取得の説明だった。朝、直接旧書庫へ向かい、ホームルームはプリメラが手早く分かりやすく済ませたので早めに終わり、残りの時間は旧書庫の簡単な掃除を行った。そのため、その日は教室に戻ることもなく、気にはなっていたのだがその様子を窺い知ることはなかった。
そして、其の次の日、つまり九月第一週第四の曜日(暦は一ヶ月三十日の十二ヶ月で五年に一度、閏旬がある。一ヶ月を十日ずつに分けて一旬、もしくは一週とする。九月第一週第四の曜日は九月四日となる)、今日から必修科目(午前授業)については通常授業となる。つまり、四人が初日に退出して初めて、他のクラスメイトの前に姿を現すのである。
四人はホームルームを旧書庫で済ませた三人はすぐに教室へ向かった。少し距離があるので、少々急いで小走りとなる。
そんな中、ハルシェイアはすごく緊張していた。
(派手に出ていっちゃったから…みんな、どう…思っている、かなぁ…)
出来ればクラスメイトとは仲良くしたい。だからこそ、その反応がひどく気になる。
そして、教室につく。リスティが堂々と教室の扉に手をかけるが、ハルシェイアは気持ちの準備がついていない。少し手が震えている。その手をそっと何も言わずにメイアが握ってくれた。
メイアが振り向いて笑顔を見せてくれる。それだけで不思議と震えはとまる。
(うん、大丈夫…ありがとう、メイア)
そして、扉が開けられた。
扉の向こうの空気は相変わらずの香水臭さを漂わせていた。
四人が姿を現すと教室中がざわついた。先日と同じ位置に座っていたセラフィナ達にはわざとらしく嘲笑されたが、そんなことは気にしない…ことにしていたはずなのだが、リスティがそんな約束を軽く無視してキッと睨みつけた。セラフィナは憤慨したようににらみ返したが、その時、リスティはもう用は済んだとばかりに、そっちを見て居らず、それは肩すかしに終わった。
その後、ハルシェイア達、四人は教室の目の前に並ぶ。喋るのはメイアに任せたけれど、ハルシェイアはたくさんの視線に見つめられて、緊張からドキドキした。
(ぅ、う〜…)
「みなさん、お話ししたいことがあります」
メイアの透き通ったはっきりした声で話すと、何が始まったのかとざわついていた教室内が静まり返る。
「一昨日のことです。まず、騒ぎを起こしたことには謝罪します」
メイアが頭を下げるとハルシェイアも少しで遅れたように下げた。リスティはセラフィナもその方向に居るせいか、それをせず、ハインライは同調しただけのためか、本来の性格ゆえか、一歩下がって腕を組んで様子窺っているだけで謝罪の意は示さなかった。
「ですが、私達は、先日もリーバイ教諭の不当な行動に対してはまったく謝罪する気はありません。いえ、むしろ教諭側に謝罪を求め続けたい、そう思っています。そこで、謝罪あるまでは、リーバイ教諭の授業には一切出ないことしました」
そのはっきりしたメイアの宣言に、教室がざわつく。明確な出席拒否宣言である。そんなこと、本当なら許されるわけがない。
「そして、このことは学園側から条件付きで認められました」
ざわめきが大きくなり、所々で驚いたような声があがる。最も驚いたのは中央に居座るゴリウス出身者の四人だった。中でも公然と声を上げたのは、その中の唯一の男子である小太りの少年――ダッテンだった。
「おい、教師に逆らっておいてそんなことが許されるわけないだろう!」
そのもっともと言える野次に応じたのは今まで話をしていたメイアではなく、ハインライだった。
「リーバイ教師の授業に出席しないという特例が条件付きで認められただけで、教師に逆らったことが許されたわけではない。ただ、教師側にも一定の否があったと、処分が保留、猶予されたに過ぎない。条件を満たせなければ、即執行されることになっている」
その断じるようなあまり感情の表れない説明に、教室中がシーンと静かになった。その声は聞く人を黙らせる一種の風格がそこにはあった。
(…ハインライ、かっこいい、なぁ…)
王族らしい威厳も感じさせる姿に、他意無くハルシェイアはそう思った。
ハルシェイアがそんなことを考えている時、メイアはクラスメイト達に提示された四つの条件とそれが達成されなかった時の罰則を説明する。それが終わると、ちょうど鐘が鳴った。
「お話ししたいことは以上です。私達が特例を受けることで、色々と迷惑や不公平感を覚えるだろうと思います。その上で私達の我が侭を許して下さい、お願いします。そして、貴重な時間をとってしまい申し訳ありませんでした」
そうやって一礼して話を終わらせるとハルシェイア達は固まって席についた。
その後、一時間目は地誌、二時間目はプリメラの語学で問題なく進み、三時間目の数学も(ハルシェイアは、今までほとんど数学など勉強した過去がないので、苦労したが)拍子抜けするぐらい順調に進んだ。
(でも、なんか…避けられている…?)
しかし、当然と言えば当然なのだが、様子を窺うように、または腫れ物に触るかのように、この四人へ積極的に話しかけてくるクラスメイトは居なかった。
そして、四時間目の武術基礎の時間…そんな雰囲気の中、女子更衣室で、やはりハルシェイア、メイア、リスティの女子三人で固まって運動着に着替えて、三人並んで集合場所である運動場の武術館前へ向かった。とは言うものの更衣室は武術館にあるため廊下を歩いて三十秒ほどで着いてしまうであるが。
「私、剣術なんて初めてですの…」
更衣室を出たところで多少緊張気味に呟いたのは、いつもは自信満々といった感じのリスティだった。
「…そもそも、私は政治科志望ですわ。どうして、剣など必要でしょうか、ねぇ?」
リスティは横の二人に言葉を投げかけると、メイアもハルシェイアもちょっと困った顔をした。
「…私は、家が士族なので、得意ではないのだけれど、護身術程度には…おそらく必修なのも、そういうことなのではないかしら?」
「それは、分かっていますわ…ですが――むぅ…ハルはどう思いになります?」
「えっと、私は…あの」
武術が必修であることにまったく違和感を抱かないような生活をしてきたハルシェイアは、そのリスティの意見に対する答えを用意できているはずもなく、言葉に詰まってしまう。
「…まぁ、あなたは…――更衣室に入るまではてっきりお仲間だと思っていたのに…」
「あ、はは…」
リスティが何を言っているか。それは、先ほどの更衣室でのやり取りである。
『ハ、ハ、ハ――』
『ハ?』
『――ハ、ハル…?何ですか、それは』
『え…?何、って、なに?』
『何って、何ですかその筋肉は?!』
『……へ?』
そう、リスティがその時見たのは、小柄で可愛らしい見た目のハルシェイアの身体にしっかりついた筋肉だった。もっとも非常に筋肉質であると言うわけではなく、必要最低限のものであったが、その場にいた同年代の女子の中では目立ったものであった。
リスティはその見た目からてっきりハルシェイアも自分と同じ運動音痴だと思い込んでいたのだが、それを見てしまいなんとなく裏切られた気分なったらしい。
「まぁまぁ、リスティさん、ハルをからかうのはそれぐらいに」
「からかってはいませんわ、半分は本気です」
外へ出ると、既に他の生徒達とともに、籠に入れられた多数の木剣に、簡易のサポーター、それに…――
「…あれ、…ミーア、さん?」
「あら、ほんとう…ミーア先輩」
ハルシェイア達の寮の寮長であるミーアに、先輩と思われるがたいの良い男子二人の姿があった。ミーアは二人の姿を見つけると笑顔で手を振ってきたので、ハルシェイア達もそれを返した。
「お綺麗な先輩ですわね」
「ええ。ミーアスティア先輩、私達の寮の寮生長で、傭兵科の三年です」
「ああ、…だから、ですか」
「?」
「…え?あら、ご存じないの?中等部の武術系統の授業には、皆、傭兵科の方々が補助としてつくのですのよ」
おそらく、担当教師一人では何かあった時に対応しきれない場合があるといけないので、そのための配慮だろう。あとは傭兵科の実習も兼ねているのかもしれないが、生憎そこまではハルシェイアには分からなかった。
そうこうしているうちに、教師と思われる二十代後半から三十代前半に見える赤毛で背の高い女性が姿を現した。
(えっ…?!)
その女性を見たハルシェイアが驚く。見間違えと思ったが、あの鮮烈な赤毛、間違いようがなかった。
(でも、そんな…まさか――)
その当の女性もまた生徒達を一通り見渡して、ハルシェイアの所で視線がピタリと止まり、驚いたように目を開いた。そして、この場の全員の心臓を跳ね上がらせるような大声で、
「お、お前、ハルかっ!!!!?」
とハルシェイアに向かって叫んだ。
「あ…、カティ、お姉、ちゃん…」
カティーシャ・アルンザイ、三十才、アステラルテ第三中等学校一年水組担任で武術担当教諭。元傭兵。
先日、ジンスの話を聞いて、「また、会いたいなぁ…」とか思った当の相手であった。
だからといって、別にこんな所で会いたかったわけでもない。
(……なんで、この街…私を知っている人、ばっかり……?)
何か憑かれているんじゃないかと、本気でハルシェイアは首を捻った。
とりあえず詳しい話はこの後(今日はこの四時間目で授業は終了)ということにして、カティはざわめく生徒を一喝してなだめると授業を仕切直した。
手にした名簿で出欠をとると(あのハルシェイアを見た驚き方からして名簿はこの時、少なくとも詳細な情報は今初めて見たのだろう)、まず簡潔に自分の自己紹介をした。内容は年齢、担任担当のこと、元傭兵であること等であった。
それが終わると授業の内容の話になる。非常に砕けた口調で話すのは昔と変わっていないなぁ、とハルシェイアは思った。
「…とまぁ、あたしの簡単な自己紹介はこれまでにするとして…授業内容だが、みんなももう知ってはいるかもしれないが、武術基礎といっても、剣術だ。別に、あたしがこれしか教えられないからじゃないぞ…まぁ、たしかに、一番得意なのは剣だが…うちでは武術基礎はもっとも一般的で比較的扱いやすい剣を使うことになっている。他の習いたい、もしくはもっと剣をやりたいというんだったら、選択でとってくれ。――で、だ、かと言って、おそらくこんなかでも、まったく剣すら握ったことない奴から…、日常的に――」
そこでカティはちらりとハルシェイアを見た。ハルシェイアを見ながら続ける。
「――剣を扱っている者まで色々といると思う。また、傭兵科志望の者も居て、どうしても同じように教えることはできない…わけじゃないが、不都合は多いはずだ。なので、二つのグループに分けたいと思う。まず傭兵科志望者とある程度剣に自信がある連中、次に初心者もしくは経験者だが自信のない連中…自分がどっちだろうと悩む必要はない、傭兵科志望の者以外はこっちで適宜、能力によって入れ替えるからな。感覚でいい。では、並べ、上級は私のとこへ、初心者はそこの…やたら美人なお姉さんのとこへ」
当の「やたら美人のお姉さん」ことミーアは恥ずかしそうに顔を赤らめ、それを見たカティは悪戯っぽく笑った。
「メイアは、どっち?」
ハルシェイアは小声で横のメイアに訊ねた。ちなみにリスティには聞かない。なんか、そうしたほうが良い気がしたのだ。
「私、ですか?そうですね…初心者のほうへ」
「じゃあ、私も…」
ハルシェイアはメイア、リスティと一緒にミーアの前へ並ぼうと…して、がしっ、と襟首を後ろから掴まれた。
「…え?」
「ハル、どこへ行くつもりだ?」
カティだった。顔は笑っているが、目が笑っていない。
「え…っと…、メイア達と…ミーアさんの、方へ…?」
「……お前が、初心者…?残念ながら、ハル、お前はこっちだ」
そのまま、ハルシェイアは言うも言わさず引きずられ、強制的に上級者コースのほうに並ばされた。
(え…、そ、そんな…)
救いを求めるようにメイア達を見たが、そもそもそんなやり取りがあったのに気がつかなかったようで、ハルシェイアがそっちにいることに少し驚いた様子を見せたものの、当然と言えば当然だが、それだけだった。
ハルシェイアは涙ながらにこの状況を受け入れるしかなかった。
ちなみにハルシェイアには、手を抜いて初心者コースへ移るという発想はないし、そもそもそんなことカティが許すはずがないので、おそらくずっとこのままになるだろう。
上級者の方に並んだのはハルシェイアを含めて六人、そのうちハルシェイア以外の五人は男子で、ハインライや、セラフィナの従者であるダッテンの姿もあった。
全員、並び終わったことを確認すると、カティと三人の傭兵科の先輩達は手分けして、一人一人から名前を聞いて改めてグループごとの名簿を作成し、確認のためそれに基づいて点呼をした。
「――と…。ん、じゃあいいな。…とは言っても、経験者はともかく、初心者は今から柔軟してからじゃあ、教える時間はほとんど無いんだよなぁ。そうだなぁ、教える私達がどんくらいの実力か見せておくか、おいミーアスティア、カルネ、ブルトゥ…模擬戦するよ。あ、そうだ、経験者も身体温めておきな。時間余ったら、実力見ておくから」
「…え」
ハルシェイアはそのカティの言葉に固まった。今更だけれど、メイア達の前で剣を振るうのに、ちょっとした抵抗があったのだが…「カティお姉ちゃん」を怒らすのは、それ以上に抵抗感が強かった。
時計を見れば、授業は残り三十分弱…時間はぎりぎり余りそうだった。
「…参りました」
そう木製の剣先を突きつけられて、降参したのはミーアであった。相手は、教師であるカティである。ミーアの柳のようにしなやかな動きに対し、終始、獣のように素早く鋭い二剣を使った激しい攻勢でカティがミーアを圧倒し、そのまま勝利した。
ただ、これはけっしてミーアが弱いと言うわけではなく、それ以上に実戦経験が豊富なカティが勝っていただけである。実際、二人の前に模擬戦をしたカルネとブルトゥという二年生に比べれば、ミーアの動きは段違いだった。
(ミーアさん、予想以上に強い…制限はあるけど、あのカティお姉ちゃん相手にここまで持つなんて…うん、かっこいい…)
そして、やはり時間は余り、とうとうハルシェイア達の番である。最初に出たのはハインライと、傭兵科志望というケインだった。
「はああああっ!」
「っ!!!?」
勝負は一瞬。裂帛の気合いと共に相手の剣を弾き飛ばし、勝利したのはハインライだった。ハルシェイアの養父と同じ、それでいて傭兵生活で色々と混じった養父の剣に比べて、剛直と言われる正統なエンガスト流の剣技である。
「……隊長に似ているな」
「ハインライ、エンガストの出身で…」
いつの間にかハルシェイアの横に来ていたカティの呟きに、ハルシェイアは答えた。
「ほほぉ。なるほど、なるほど…尚武のエンガストか。――しかし、強いねぇ…」
「うん…、そうかなぁ、と思っていたけど…」
正直、ハルシェイアも予想以上だった。まだ成長過程の体格ゆえ、その点では劣るが(もっともこれはハルシェイアも同じだが)、実力だけなら先の二年生二人よりも上、ミーアには敵わないかもしれないが或いは、と言ったところだ。
「あれで政治科志望、か…でも、まぁ、あれだけできりゃあ、傭兵科に来る必要もないか」
ちょっと惜しそうにカティがそんなことを呟いた。ハルシェイアは友人のハインライが評価されたことに少し嬉しくなる。
次は技術科志望のオルグと商業科志望のディラン。どうやら二人は同門なのか、始まる前から冗談を言い合い、剣筋も似通っていた。これは、僅かに勝っていたディランが勝利した。
そして、次はハルシェイアの番だ。相手はセラフィナに追従していた小太りの男子、傭兵科志望のダッテンである。
(…どうしよう、メイア達が見ている)
例え授業とは言え、友達にはあまり自分の戦う姿を見せたくはない。それ以上に見られるのは恥ずかしい。ただこれは授業なので馴れるようにしなくてはならない。
ハルシェイアは一度、息を吐いて気持ちを切り替えた。
(これは、授業…これは、授業…うん)
心の中で頷きなら、籠入った木剣を選ぶ。そうしていると、
「お前、あの教師と知り合いなのか?」
と、対戦相手のダッテンが話しかけてきた。しかし、その口調は親しさのあるものではなく、むしろ嘲りを含んだものだった。
「う、うん…そう、だけど…?」
「ははっ、不運だなぁ。そんな小さいのにこの僕と当たるなんて。何せ、この僕は由緒正しい騎士に産まれたのだ。卑しいヴェンとは違うんだよ。この間も父上に伺候して魔獣狩りに行ったんだ。ん?どうだ、やる前に降伏したほうがいいんじゃないか。ははは」
それだけ言うと満足したのか、ダッテンは長めの木剣を持って対戦場所まで歩いていってしまった。
(ええっと…今の…何???)
ハルシェイアは内心首を傾げつつ、結局適当に木剣を選び、その後に続いた。
ダッテンの体型は、小太りではあったが、よく見ればその半分は筋肉であり、自慢するぐらいには鍛えているのであろう。背も同い年の中では高く、女子の中ではどちらかと言えば低い方のハルシェイアとは頭一つ程度も違う。
見た目だけならハルシェイアに勝ち目はない。この場の多くの人間が心配そうにハルシェイアを見ていた。ただ、カティは心底楽しそうに、ハインライは興味深そうにその様子を眺めている。
「準備はできたかな?」
審判を務めるカルネが対峙する二人に確認する。
「僕は大丈夫だ」
ダッテンが自信満々の様子で言い、ハルシェイアは無言で頷く。
「では…かまえろ―――始めっ!」
開始の合図…しかし、二人は動かない。だが、動かないのは同じだが、その理由は違う。様子を窺うハルシェイアに対して、余裕の表情を見せるダッテン。
「どうした…来ないのか?僕のことが恐いのか?」
ダッテンは挑発するが、ハルシェイアはそれに全く反応を見せなかった。
「恐くて、声も出ないのか?ふん、なら僕から行こう!」
ダッテンがその身体に似合わない素早さで踏み出した。上段から叩きつけるように剣を振り下ろす。自信に溢れ、だからこそこれが当たった人間がどうなるのか考えないような、そんな一撃。
外野から悲鳴が聞こえる。しかし、ハルシェイアはそれを冷静にしっかりと見ていた。
ハルシェイアは、力は強くないし体格に恵まれているわけでもない。しかし、産まれ持った勘と目の良さ、しなやかな身体があり、そして何より力の使い方が上手かった。最小の力で最大限の効果を出し、時には相手の力も利用する。そして、そこに、この授業では使えないが魔法の力と、二振りの魔剣の力が加わる。それがハルシェイアの強さである。
また、その上、経験でも幼い頃から実戦を体験している。少なくとも魔獣退治に付いていっただけの人間に負けるはずもない。
「がっ…ぁ?!」
「……」
次の瞬間、悠然と立っていたのはハルシェイアだった。その右斜め後ろでダッテンが、剣を取り落とし、巧く呼吸が出来ない様子でうずくまっていた。
周囲も何が起きたのかよく分からないといった様子で、呆然としていた。
「流石…」
カティがぽそりと呟く。それを聞いて驚愕さめやらぬ様子のミーアが自分の見た光景に自信が無さそうにカティに訊ねた。
「あの子、あの一瞬で、横に避けると同時に、柄で脇の急所に一撃を入れた…?」
「ああ、そうだな…それだけだ」
「それだけって…?!」
「ああいう子だよ、あの子は」
ニヤリと笑って、それだけいうと、ハルシェイア達の居る中央へと進み出る。未だうずくまったままのダッテンの様子を看る。
ハルシェイアもハッとして、ダッテンを覗き込む。
(やりすぎ、ちゃった…?)
「あ、あの…」
「―――…大したことはない。…これならすぐ回復する」
カティが、巧く呼吸できないのか冷や汗を垂らしたダッテンを見てそう判断する。おそらくその言葉に嘘はないのであろうが、もっとも、それはあくまで傭兵判断なので、本人にとっては現状、少々厳しいだろう。
「…え、でも――あれ?」
ハルシェイアはなお苦しそうなダッテンを見て、疑問を投げかけようとしたが、その時、ものすごく視線が自分に集まっていること気が付く。なんとも居たたまれない気分になった。
「ほら、ハル、とっとと戻れ」
カティに背中をポンと押され、納得いかない顔をしながらもハルシェイアはそのままメイア達がいるほうへ慣性的に戻された。
「もう、ハル、ドキドキしちゃったわ」
「ホントに、あなたは裏切り者ですわね…でも凄かったですわ」
戻るとそのようにメイアとリスティに迎えられて、さらに周りの二、三人に「凄かった」「かっこよかった」などと声をかけられた。それを聞いたハルシェイアは思った。
(なんだろう…すごく、嬉しい、なぁ…)
剣を握っていた掌が、とても温かかった。
(――あ、でも…)
もう一度、ダッテンの方を見ると、傭兵科の先輩達に連れられていくところだった。ふらつきながらで、支えられているものの自分の足で立っている。おそらく大丈夫だろう、ハルシェイアは胸を撫で下ろした。
ただ、同時にセラフィナ達が遠巻きに憎々しげな様子で見ていたのに気が付いてしまい、ちょっとだけハルシェイアは落ち込んだ。
ただ、ハルシェイアは気が付いていない。相手にしたのは敵でも部下でもない、同級生で、それも自尊心と自信溢れた同年代の男子だ。あのような屈辱的な決着で遺恨が残らないはずがない。
その事に未熟すぎるハルシェイアは気が付かず、また気付いているはずのカティはその事を――言い忘れていた…。
この事を数日後、ハルシェイアは思い知ることになる……。
なんとか、復帰です。本当は昨日更新したかったのですが、PCの動きが変で断念。
そういえば関係ありませんが、ドラクエ9始めました。主人公は女性で「ハル」に。きっと自分の小説のキャラの名前を付けた人、多いはず。
10/23 ご指摘により誤字・文章修正
(誤)(ハルシェイアは今までほとんど数学など勉強した過去とがないので苦労したが)→(正)(ハルシェイアは、今までほとんど数学など勉強した過去がないので、苦労したが)