第4話「ゴリウスの悪評」+幕間2-1「三人娘の会話」
「ハぁ、なんだそれ?!」
「うわぁ〜、最低!」
メイアから今日の話を聞いて、憤って揃って声をあげたのは、ジンスとベティだった。
もうほとんどの生徒が下校した教室へ荷物を取りに帰った後、ハルシェイア達は中等科に一番近い北門で解散し(リスティもハインライも敷地内の第一男子、女子寮ではなく、リスティは学校近くの別邸、ハインライはエンガスト王国の商務用屋敷に部屋を借りているらしい)、ハルシェイアとメイアは、待ち合わせをしていた学校近くの食堂で先に席を取って待っていた二人と合流したのだ。
ちなみにこの店はベティが趣味で探した当てたお店で、少し入り込んだ所ある割にはそこそこ賑わっていた。
「で、でも、ね…私が、自己紹介、聞いていなかったのは本当…だし」
「まぁ、そりゃあ、そうだと思うけど…その後の先生の言動が最低だって」
「うんうん、それにその前の、パレード姫様たちを、どう考えても贔屓しているよ、それ」
「…パレード、姫?」
ベティが言ったその言葉にハルシェイアは首を傾げる。メイアとジンスも分からない様子であった。
「あれ、みんな…?ああ、そっかみんながこっちに来たの、アレの後だったから。あのね、ジンス達が寮に入る前、ゴリウスのお姫様が八十人ぐらいの行列でアステラルテに入って、それはもう大騒ぎというか、空騒ぎ。――あんまり面白いもんではなかったけどね〜。単なる派手な行列だったし」
たしかに、それは見ても面白くないかもしれないと、ハルシェイアは思った。
「…なんつーか、ゴリウスの貴族って感じだなぁ、それ」
そんな風に呆れた様子で言ったのは、ゴリウスと接するアラウント商業同盟出身のジンスだった。それに頷いたのは、やはり山地を挟んでゴリウスと接するルメゲン出身のメイアである。隣の国なので、風評を良く聞くのだろう。
「はぁ?ゴリウスの貴族って、そんな評判悪いの?」
「ん〜、実際、会ったことないけどね〜。うちの商人の格言というか、冗談というか、そういうのにこんなんのがあるんだよ――良客はアーディ商人とヴェルレヘン王、悪客は盗賊とゴリウス貴族――」
(盗賊と対比される貴族って…)
どれだけなものなのか。ハルシェイアは心中唖然とした。
「実際、代金代わりに貴族のサインを渡されたって噂も聞くしなー…」
「私の父も使節の護衛として、ゴリウスへ行ったことがあるがあるのだけれど…、父が言うには何処へ行っても見下されて、非常に悔しい思いをした、と」
ジンスは笑って、メイアは先ほどのこともあってか少しムッとして、それぞれゴリウス、むしろゴリウス貴族だが、の評判を話した。どちらの話を聞いても、誇張はされているかもしれないが横柄なゴリウス貴族の気質を窺わせている。
(…そこまで酷いと、国、ダメになっちゃう、よ…?)
そこまでは酷くないのか、貴族が政治に関わっていないのか、まさに滅ぶ最中なのか。西方事情に詳しくないハルシェイアには分からなかった。もっとも、ここで聞いたことはおそらく一種ステロタイプのゴリウス人像のため、すこしデフォルメされているのだろうから、実際は少し違うのかもしれない。ただ、だからといってそういう傾向がある以上、経験上、良い状況ではないと、ハルシェイアは思う。少なくとも、そういう気質の人間の、幾人かの粛正に立ち会ったこともある。
それを思い出して少し嫌な気分になった。そもそも、こういう陰口自体気持ちよいものではない。
「――でも、メイアって、大人しそうに見えてけっこうやるんだねー」
ハルシェイアがゴリウス人の悪口を言うのもどうかと思っていたところ、ベティが話題を戻した。雰囲気的に、ベティも、そして他の二人もそう思っていたようだ。それ以上は続くことはなかった。
「そ、そうです、か?」
「そうだよ」
メイアが意外なことを言われたように眼をぱちくりさせる。
ハルシェイアも、その見た目と違いメイアがすごく頼りがいがあることが同室の生活で分かってはいたが、まさかあそこまでするとは思っていなかったので、ベティの言葉に同意を示した。
「そう、でしょうか…そんなつもりはなかったのだけど…」
ジンスに言われて、あまりピンと来ない様子のメイアは首を傾げる。すると、ハルシェイアが言った。
「…あのね、メイア、かっこよかったよ」
そして、ニッコリ笑った。
それを見た一同の動きが止まる。
「…あ、ハルシェイア…?」
「へ?…え」
もふっという音とともにハルシェイアは横のメイアに抱きつかれた。
「え、あ…?え、え〜」
「あー、ずるい!」
「あー、私、まだ今日、ハル抱いてないよ〜」
そのベティのきわどい台詞に向こうの席のおじさんがギョッとしたように振り返ったのをハルシェイアはメイアの肩越しに見てしまい、穴があったら入って埋まりたい気持ちなった。
そんな気持ちも知らない、ジンスとベティは勝手に盛り上がって、向かいのハルシェイアに飛びつこうと立ち上がり、
「お客様、他のお客様の迷惑となりますので、ご遠慮下さい…」
と、少し怒った様子のウエイトレスさんに注意された。メイアは既に何事もなかったかのようにハルシェイアを手放していた
「あ、…すみません」
「ごめんなさい」
二人は謝ると素直に座り、四人の前にはそのウエイトレスが運んできたこの店名物の“グルホッブ(甘辛く焼いた鶏肉を野菜とともにナンで挟んだ料理)”が一つずつ置かれる。出来立てを示す湯気と香ばしい匂いが食欲をそそる。
「おいしそう…」
そのグルホップを見て思わずハルシェイアは歓声をあげた。ハルシェイアは元来、食べることが好きだ。そんなに量を食べるわけではないが、昔、養父と旅生活していたとき、その土地土地の名物料理を食べるのがとても楽しみだったのだ。
そういった名残で今でもそういうことが好きなのだが、好きな割には、何処で食べるかというのを調べるのは苦手でそれらは人任せになってしまう。だからベティの趣味は非常に有り難い…ただ今月は新生活ということもあり色々と物入りで懐具合が少々寂しくなっていた。来月、半年分の生活費が為替により送られてくるはずなのでそれまで節約しなくては、とハルシェイアは思っていた。
「いただきまーす」
一口食べると炭火で焼かれた鶏肉は弾力があるものの柔らかく、二度漬けされたタレもナンに軽く染み込み、野菜ともよく合っていて美味しかった。
(美味しい…)
色々なところで、色々な物を食べたし、グルホップはアルナジェンでは屋台料理としては定番なので何度も食べたことがあるが、こんなに美味しいのは初めてだった。値段も屋台より若干高いものの、学生には良心的な値段。
(ベティはすごいなぁ…)
ベティは新寮生野中では一番早く一ヶ月も前にアステラルテ入りしていた。それからほぼ趣味と実益を兼ねたお店リサーチのために、毎日、街中職種のお店を巡り、手帳に書き留めており、既に一冊分埋まってしまっている。この前、ハルシェイアはそれを見せてもらったのだが、位置や商品・料理等の批評だけではなく、お店の雰囲気やお客の入り、店員の態度等々細かく書き込まれていた。正直、趣味の域をとっくに超えてしまっている。実際、ベティは将来、自分で商売は始めるとき、そういったノウハウを取り入れていきたいらしい。
「ベティ」
「むぐ…?う、ううんん…ん、何かな、ハル?」
ハルシェイアに声をかけられたベティは慌てて、食べていた物を飲み込んで口を開いた。
「ここのグルホップ美味しいね。ありがとう…」
ハルシェイアはちいさな子供のように頬をほくほくさせて、ベティに微笑みかけた。それを見たベティは、半分まで食べた当のグルホップをぼとりと皿に落としてしまう。
「?」
ハルシェイアはどうしたのかと、半分自失したようなベティに対して首を傾ける。ハッとしたベティはやっと、
「こ、こちら、こそ」
とだけ答えた。その後、小声で、「つーか、これは、ヤバイ…これは卑怯。すっごい破壊力…馴れないと死ぬかも」と呟いていたような気もするが何となく気にしないことにした。
「ベティ、ずるい。あたしも店をハルに紹介…」
「はいはい、ジンス座って」
嫉妬のあまり立ち上がりかけたジンスをメイアが宥める。ジンスも我に返ったのか大人しくそれに従った。
「…そういえば、私達の話ばかりしていたのだけれど、ジンスやベティのクラスはどうだったのかしら?」
「えっ、あたしらのクラス?んー、まぁ、初日だからよくわかんないけど…、そっちみたいな事件はおこっていないし…、ん、まぁ、先生は良い先生っぽいよ」
「どんな方なんですか?」
「えっと、武術担当で専門は剣術とか…たしか、水、風、雪、火組の武術基礎をやるって言っていたから、そん時会えると思うけど、そうだなぁ…一言で姉御というか、男勝りって言うか。そんな感じだった」
ハルシェイアはそのジンスの話を聞いて、それってつまり…、と思ったが、その続きは実際、その場にいたベティが裏付けるように話した。
「二十年後のジンス、って感じだったかなぁ」
「…なるほど」
「…って、あたし?!」
「うん」
(…ということは、カティお姉ちゃんみたいな感じ…?そういえば、ジンスの雰囲気、カティお姉ちゃん、似ているんだなぁ…)
思い出すのは、ジャヴァールへ行く直前、数ヶ月一緒に行動した女傭兵だった。子供好きな人で、ハルシェイアはよく面倒見てもらったし、二剣の使い方を教わったのも彼女からであった。
(また、会いたいなぁ…)
グルホップにかぶりつきながら、ハルシェイアは今より幼かった時の記憶に思いをはせた。
幕間2−1 「三人娘の会話」
「何なのでしょう、あの輩は!」
学校からの帰り、アステラルテ区リハム(庵)地区にあるセラフィナの屋敷に向かう馬車の中でアステラは、ハルシェイア達に憤っていた。本当はセラフィナに無礼を働いたリスティに対しての感情で、ハルシェイアやメイアには直接関係ないはずなのだが、アステラの中で既に、摂政の姫セラフィナ様に無礼を働いた徒党として、一緒くたにされていた。
それはもう一人の栗毛の少女――ハルニーも同じのようで、
「そーですよ、セラフィナ様。尊国(ゴリウスの美称)なら、侍従騎士団に連行ものですよ−。ね〜、セラフィナ様」
と、憤慨という感じはしないが、特徴ある間延びした口調でそんなことをいった。
しかし、主であるセラフィナは、
「そうですわね…」
と若干気のない様子だった。いつも自己中心的で高慢なのだが、時々こういう様子となる。まるで、普段の態度が嘘のように、何かふと遠くを見るような表情を見せる。元が良いので、凄く絵になるのだが、いつもと違いすぎて調子が狂う。
「セラフィナ…様?」
心配そうにアステラからよびかけると、初めて気が付いたように、アステラ達を見た。
「――あら、何ですの?」
「あ、いえ…、今日の、その、無礼な者達のことなんですが…」
セラフィナは何故か若干驚いた表情を見せた後、不機嫌そうに言う。
「ああ、あの者達ですか。捨て置きなさい。後悔するのは、あの者達ですわ。教師に逆らうなど、愚の骨頂としか言い表せませんわ」
すっかり普段の高飛車な調子に戻ったセラフィナは明白な侮蔑の意をその言葉に込めていた。この時点ではセラフィナはハルシェイア達が総学長に直談判して特例を認めてもらったことを知らない。だから、あんな事をして当然追い込まれるのは、退室した連中だと思っていた。
「そ−ですよ、きっと明日には連中もういませんよー」
「ええ、そうですね」
ハルニーもアステラもそれに同意して、笑う。それはあくまで上品にだが、しかし無邪気な悪意に満ちたものであった。
セラフィナも笑った。高笑いして――それからまた物憂げの表情をしたが、他の二人はちょうど屋敷に着いたこともあり、それには気が付かなかった。
本文中に書かれているゴリウス貴族に対する風評はあくまで周辺国でのステロタイプで現実とは違う(ハズ)。
少なくとも平安貴族よりかはちゃんと仕事している(ハズ)。
…多分、フランス革命まえのフランス貴族並には。
すみません、一週間ほど忙しくなるので、更新ペースがその間おくれてしまいます。
実は、受からないと思っていた試験の一次に受かって、次の水曜日に二次が有るためで、勉強やら提出書類やらあるので…申し訳有りません。
なるべく合間を見て更新したいと思っていますが、最悪、本当に一週間後になってしまうかもしれません。
ともかく色々頑張ります。
2010/10/12修正(メッセージによるご指摘による)
・「そういったノウハウを取り入れてきたいらしい。」→「そういったノウハウを取り入れていきたいらしい。」




