幕間1−1「騎士アラス」
「隊長、現場の引き継ぎ終わりました」
「そうか、ご苦労だった」
アルテは敬礼してアラス隊長に報告した。場所は規制線の西端、この場にいたのはアルテとアラス、それにフレングス兵長に、封鎖と警備をしているバガル一等兵、ウリューム一等兵の五人。ただしバガル、ウリュームは規制線の方を見ているため、他の三人には背を向けていた。
アルテが所属するルーベイ区第6警衛小隊は、ルーベイ区警に所属し第三中等高等学校の東、ロスロイテ公園の北を所管する警衛小隊である。警衛小隊は屯所に常駐し、その地域の保安を預かるのが任務で、隊長、副隊長を含めて通常五〜十人、この第六小隊には七人(来月から異動で一人減って六人)が務めていた。
これらのことから分かるとおり、警衛小隊は公安防衛の末端であり、今回の事件も最も近い小隊であるから駆けつけたまでである。既にこの一連の殺人事件は騎士団−市警本部へと移管されているので、警衛小隊の出る幕と言えば現場の保全と警備、聞き込みぐらいである。
それに小隊の仕事はこれだけではない。学生が多いため通常の警邏も他の都市よりも念入りに行われ、また人口の増加により窃盗や喧嘩など暴行事件も最近増えてきており非常に忙しい。
「では、フレングスは先行して聞き込みを行っている副隊長達に合流するように」
「了解しました」
フレングスは敬礼するとバガルを労って規制線から出ていた。
「アルテは私と共に一度屯所に帰還する」
「はい、了解しました」
アルテも敬礼し、アラス隊長が確認するように頷いた。
「ではいこうか――バガル、ここを頼んだぞ」
「了解しました、隊長。不審者は一歩たりとも通しません」
「はっはっは、それは心強いな」
「調子に乗って失敗するんじゃないわよ、バガル」
「俺は調子に乗った方が力が出るんですよ、伍長殿」
バガルはちいさい身体で胸を張る。それを見たアルテは苦笑いしつつ、大仰にやれやれとお手上げのポーズをとり、アラスは笑った。
「まぁ――ともかく頼んだぞ」
「はい、もちろんです」
バガルは敬礼し、アラスとアルテもそれに返して別れた。
規制線をくぐり、野次馬をかき分け、すぐ西の四辻から南へ歩く。そのまま行けば広い道路――市庁通りの東端近くに突き当たり、さらにそこから西、その市庁通り沿いの、旧城壁通りとの交差点近くに小隊の屯所は位置している。
その市庁通りへ出る少し前、歩きながらアルテは先ほどの少女――ハルシェイアのことを思い出していた。
(あのやたらかわいい、白髪の子。いったい、なんなんだろう?)
最初は円卓騎士シブリスの影に隠れるなど、気の弱い普通の女の子だと思っていた。だから、そんな子に本当に死体など見せて大丈夫かとも思ったのだ。正直、アルテも兵士になって四年目だが、比較的治安の良い(少なくとも殺人事件など凶悪事件はそうそう起きない)アステラルテにおいてああいう死体を見るのは初めてで、先ほどまで吐きそうになっていた。
(でも…大丈夫どころか、あの子は――)
「あの、隊長」
「どうした?」
「先ほど、騎士シブリスが連れてきたハルシェイアという少女なのですが…」
「……ああ、あの少女、か」
アラスは意味深げに相槌を打ったが、アルテは頭で思い浮かべたことを上手く言葉にしようと整理していたため、その細かな上司の様子には気がつかなかった。
「はい…じつは――」
アルテは、ハルシェイアが異様に冷静に、そしてアラスと同じような判断したことを掻い摘んで話した。しかし、その事に関してアラスは驚いた様子は見せず、ただ一言、
「なるほど、な」
と自分の顎をいじる。そんな反応の上司にアルテは少し戸惑った。
「あ、あの隊長?」
「ん、いや、すまんな――その少女が傷跡を見て、犯人が一撃で殺さないように斬った、ようなことを言ったんだったな」
「はい」
「そう言うことを分かる人間は、おそらく二種類だ――一つは人間の身体に詳しい人間、解剖学者や医学の知識に長けた者、どうしたら殺さずに済むかを知っているからな。もう一つは…その逆、つまりどうやったら確実に殺せるかを知っている人間だ」
「……あの少女はどちらだと?」
「…わからん。わからんが――」
それだけでアルテは分かった。アラスがどちらだと思ったのか、が。実際、彼女の様子を見ていたアルテも、今の説明で感覚的に同様の意見を持ったからだ。だが、理性的には納得しかねた。
「でも、あの少女は十歳か、それよりか少し上か…ですよ。それに気は弱そうでしたし」
「関係ないさ、性格はともかく、少なくとも年齢は…本当の戦場では。性格だって武器を持てば、もしくはその場に立てば、それだけで変わる人間も多い」
「…でも」
「それに、騎士シブリスが連れてきたのも気になる。彼はジャヴァール人だ。少し前まで参陣するために休学して帰国していたはずだ――もし彼女がジャヴァール人なら…まぁこれは憶測に過ぎないがな」
そう言ったアラスの言葉は酷く重く深かった。アラスは、イステ教会とその守護国イステルーア王国の宗教と圧倒的な武力を背景に一定の平和が保たれているこの北大陸南部地域にあり、中でも治安の良いアステラルテにおいて、実戦経験のある数少ない人物の一人である。
アラスは、例え軍においても学歴がものを言うアステラルテでは、中学中退と学歴はかなり低い部類に入る。しかし、その後、城外軍(アステラルテの市壁外を管轄)に入ると持ち前の頑丈な身体と剣の腕で魔物退治や野盗の討伐に活躍、野盗討伐で派遣された当時の円卓騎士で、現総騎士団長カリウス・エンデバースの推薦で円卓衛兵隊に入隊した。その後、城外軍に戻ると、エンコス事件(魔族旧クラージュ公国残党による旧エンコス王国の占領事件)により、アステラルテ・エンコス救命軍の一員として当地に派遣された。そこで激戦を勝ち抜き帰還、その後も各地を荒らし回った兇賊ワッテロー一味を捕縛するなどの功をあげるなどをして、高卒以下のたたき上げとしては珍しく騎士となっている。
アルテはそんな彼を尊敬していた。
そういった戦場を知る人間の言葉は、アルテにとってひどく重みがあった。だから、何も分からないアルテはただ口をつぐんだ。
そのあとは、暫く会話もせずに歩いていたが、アラスはその間も思案げにしていた。それが気になったアルテは屯所に入る直前に、
「あの、先ほどから何か考え事を為されているようですが…、何か?」
と訊いた。
「あ、いや…確かにあの少女は少し気になる…と思ってな。念のため調べておいた方が良いかもしれん」
もしかすると、アラスには何か思い当たることが有るのかも知れない、とアルテは思った。アルテは少し前にアラスが「あの時の、あの男に…」と呟いたのを聞いていた。あの時が、どの時で、男が誰なのか、それが少女とどう繋がるのかは分からない。おそらく本人も確信がないのだろう。
だからアルテはそれ以上は突っ込まず、その意を許諾した。
「は、わかりました…」
そう言ったアルテは屯所の扉を開けて、その後、溜め息がちに一言付け加える。
「と、言っても、随分後になりそうですね」
アラスも扉の向こうに広がる部屋を見渡して苦笑い気味に、
「たしかにな」
と言った。
誰もいない部屋。しかし、がらんとはまったくしていない。
かろうじて床は足の踏み場があるが、並んだ事務机の上はごちゃごちゃと報告書などが散らかり、そのい合間は埋もれてまったくわからない。明らかに人手不足だった。
アラスは困り果てたように呟いた。
「今度、雑用でも雇うか」
「それが…いいかもしれません」
初の幕間です。
元々は第10話でしたが、何となく幕間と言ったほうがしっくりくるかなぁと変更。
2014/08/16 脱字訂正
(誤)それだけアルテは分かった。 →(正)それだけでアルテは分かった。
最近、感想を頂くように感謝感激です。
本当にありがとうございます。