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閉じた世界の先で  作者: さき太
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序章

 「わたし、貴方のことが好きです。」

 彼女は俺の目をまっすぐ見てそう言った。その瞳から強い気持ちを感じることができた。本気で俺のことを好きだと言ってくれている。それが解る分、それが辛かった。なんて残酷な人なんだろう。俺と添うことも交わることもする気はないのに、それなのにこんなことを言うなんて。どうして。気が付くと俺は彼女を抱きしめていた。

小柄な彼女が潰れてしまうのではないかと思うほど強く、それは強く抱きしめていた。彼女を忘れないように。少しでも彼女のことを覚えていられるように。また、彼女が俺を忘れないでいてくれるように。そんな気持ちの表れだったのかもしれない。

 「好きです。」

 彼女の耳元でそう呟いた。そして自分が泣きそうになっていることに気が付いてどうしようもない気持ちになった。彼女の中に自分はどれだけ残ることができるのだろう。彼女はずっと覚えていてくれるのだろうか。俺が彼女に恋をしたこと。俺が彼女の傍にいたこと。俺が人生を賭して彼女と添いたかったと。本当に彼女を愛していたことを、忘れないでいてくれるだろうか。

 彼女と一緒にいたこの短い期間で、どれだけ俺の想いを伝えることができたのだろう。彼女はどれだけ俺の想いを分かってくれているのだろう。

  彼女が俺の名前を呼んだ。

 「ありがとうございました。わたしは幸せ者ですね。」

 そう言って彼女は俺にそっと口づけをした。

 彼女は泣きそうな、困ったような、そんな顔で笑っていた。それを見てこれで最後なんだと実感する。

 俺には彼女をつなぎ留めておくことはできない。分かっていた。彼女がここに行こうと言った時から。いや、彼女が失踪したあの時から。彼女がもう戻ってくる気はないということを俺は感じていた。

 俺は彼女に口づけをした。彼女がしたような優しいものではなく、激しく。彼女が俺を忘れない様に。俺が彼女を忘れないように。本当に好きな人と想いが通じ合えたことを、ずっと忘れないでいられるように。零れ落ちた涙は、いったいどっちのものだったのだろう。彼女が自分と同じ想いでいてくれたのならどんなに良かっただろう。彼女も同じ想いで泣いてくれたのなら、少しは自分の想いは報われたのだろうか。

 どうしてもこのまま傍にいることはできないのだろうか。彼女への気持ちは膨らむばかりだった。

 気が付くと自分の部屋にいた。

 長い夢を見ていたような気分だった。夢だったならばとても幸せな夢だった。

 夢ではなかったことは分かっている。彼女を抱きしめた感触も、彼女の髪の匂いも、彼女と口づけたその味も、全て覚えている。全て、ちゃんと覚えている。自然と涙が溢れてきて、頬をつたって流れ落ちた。それは次から次へととめどなく溢れてきて、抑えることができなかった。

 生まれて初めて本気で恋をした。そして、生まれて初めてそれを失った。

 その喪失感は耐えがたいものだった。覚悟していたはずなのに、こうなることは解っていたはずなのに、なんだろう。なんでこんなにも胸が痛いのだろう。一人の部屋でその痛みを抱えながら、漠然とこれからのことを考えた。俺はこの先、他の誰かを想うことはできるのだろうか。そして、他の誰かと添うことになるのだろうか。いくら考えてみても、自分のそんな姿を全く想像もできなかった。彼女の姿ばかりが、脳裏に蘇り苦しくなった。自分の隣にいるのは、やはり彼女でなくては嫌だった。

 初恋なんてそんなものだというけれど、それでも今は彼女だけが欲しかった。他の誰かではなく、彼女の傍にいたかった。彼女を離したくはなかった。

 繋がったはずのものを離したのは、彼女だったのか、自分だったのか。最後の最後で、想いを我慢しなければ結果は違っていたのかもしれない。そんな意味のないことをつい考えて、むなしくなった。

 気が付くと声を立てて泣いていた。そしてそのまま泣き続けた。ただただ泣き続けていた。


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