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夜会を楽しみましょう(3)

 とりあえず、次は休憩をしよう。なんだか今の曲でどっと疲れた。


 フロア外をさっと見渡せば、見覚えのある緑のドレスを見つけた。彼女は休憩中だったらしい。レアンドラの視線に気付いたのか、ヴィオレッタは目を細めて笑顔を作り、閉じた扇を傾けて「左、左」と合図を送っている。


 左とは一体何の事だろう。いや、それより直接聞けばいい。考えるのを放棄してフロアの外に足を向けようとした瞬間、間近でほんのり薬の匂いがした。夜会に香水でなく薬。そんな人間は数える程しかいない。


「レアンドラ嬢」


 よく知ったブラウンの髪と瞳がそこにあった。珍しくきっちりセットして、髪粉もつけている。ただ、眠そうな表情は変わらないが。


「私、休憩したいのですが」

「挨拶より大事と見た」


 ただ、とアルベールは一言区切る。


「休憩はこの後だ」


 問答無用でレアンドラは再びフロアへ戻されてしまった。ヴィオレッタを見ると、扇をひらひらと振っている。彼女が合図していたのはアルベールの事だったらしい。合図はわかるが、逃げろと言いたかったのか何だったのかイマイチよくわからない。


「私、そろそろ体力の限界ですの」

「大丈夫、大丈夫。倒れたら俺が送り届けるから。ご遠慮なく」

「そうではなくて」

「日頃牛とか馬とか相手にしてるから、君を抱えるぐらい簡単だよ」


 フロアで向き合うと、アルベールは仄かな笑みを浮かべた。やはりどうにも表情はわかりづらいが、機嫌が良いのはわかる。


「ノルマがあって」

「はい」

「3曲踊らないと帰れない」

「どこかで聞いたようなお話ですわね」

「1曲目は君だと決めている」

「あら。では今日も遅れていらっしゃったの?」


 その言葉にアルベールは少し笑う。


 遅れたわりには準備がきっちりし過ぎているのだが、レアンドラはそんな事に全く気付かない。そしてよくわからない表情のレアンドラをそのままにして曲が流れ始めた。


「ああ、そうですわ。羽根の玩具をありがとうございます。断トツで猫達に人気でしたわ」


 人気すぎて羽根がすっかり散ってしまったが。


「羽根が散ったら言ってくれ。また新しいのを贈るから」

「うふふ。仕入れ先を教えて頂ければ購入致しますので」

「それは駄目だ。まだ早い」


 再びレアンドラはよくわからないといった顔になり、アルベールが柔らかく笑った。


 その顔を見て、レアンドラもまあいいかという気分になる。何だかよくわからないが楽しそうだし、今日も遅れて来たようだし、恐らくまた疲れているのだろう。


 ただし、今は自分もなかなか疲れているが。


「それで、大丈夫だった?」

「何がですか?」

「さっき踊っていただろう?」


 アルベールが視線を投げた先に、黒髪と赤毛を含む集団がある。表情まではよくわからないが、特段異変のある感じはしない。


 レアンドラの顔は自然と笑顔になる。きっとアルベールは心配して来てくれたのだ。なんと良い友人なのだろう。


「ご心配頂いてありがとうございます。大丈夫ですわ」

「そう?」

「はい。でも、出来れば休憩したかったです」

「乗馬練習中に落馬したら、恐怖心を克服するためにすぐ馬に乗せるんだ」

「まあ。乗馬とは大変なのですね」


 少しズレた方向に納得するレアンドラを、アルベールはじっと見つめた。その目を不思議そうな顔の彼女が見返す。


「で、何か言われたんじゃないか?」

「ええと……。言われたと言うか、言ってしまったと言うか」


 つい先程のことながら、言い過ぎたかもしれないと思ってしまうレアンドラである。後悔はないのだが。


 ブロサール侯爵家は代々才ある若者を援助し、領を発展させてきた。従って、その子息が才能や能力ばかりを重んじるタイプだったとしても不思議はないし、そのまま家督を継いだとしても特に困る事はないだろう。


 だから、レアンドラの価値観はマルセルの人生において無用なものに違いない。


 言い辛そうに口ごもる彼女をどう理解したのか、アルベールは珍しくニヤリと笑った。


「撃退したのか。いいね」

「う……。そんな大それた事は……」

「動植物は天敵に対して対抗手段を持っているんだ。きっと効果的な反撃だったんだろう。いい気味だ」


 レアンドラは驚いてダークブラウンの瞳を見上げた。「反撃」と聞いてアンブルの猫パンチが瞬時に頭をよぎったが、とりあえずそれは力づくで捻じ伏せる。


 アルベールは日頃穏やか、と言うか気怠げで、今まで攻撃的な発言を聞いたことがなかった。今彼は鼻歌でも歌いそうな程上機嫌で、はっきり「笑顔」だとわかる。


「マルセル様の事、お嫌いでしたの?」

「嫌いに決まっているじゃないか」

「まあ」


 レアンドラは目を大きく見開いた。2人の間に何か諍いでもあったのだろうか。知らなかったとは言え、友人として何も力になれずに申し訳がない。


 そんな彼女をダークブラウンの瞳がずっと見つめ続けていた。友人になって何年だろう。彼女の思考パターンは大体把握できている。


「俺は君と3曲踊りたいんだよ」


 レアンドラはアルベールを見上げたまま数回瞬きをした。別の事を考えていたため、思考がまだ手元に戻って来ないのだ。


 貴族社会の常識では、続けて2曲踊れば恋人、3曲踊るのは婚約・婚姻関係にある男女と決まっている。


 3曲踊りたいとはつまり――。


「え?」


 ひとつの答えに辿り着くと、瞬時に顔も腕も真っ赤に染まった。茹で上がったと形容しても良いぐらいだ。なぜほんの少し前までしっかり見つめ合えていたのかわからない。嬉しいだとか恥ずかしいだとか様々な感情が上へ下への大騒ぎである。


「わからなければもっと直球で……」

「大丈夫です! 結構です!」


 これ以上は勘弁して欲しい。涙目になったレアンドラを笑顔で見つめながら、アルベールはくるっと軽やかにターンをした。




 この1年後、アルベール・ラヴランとレアンドラ・クラルティの婚約が発表になる。結婚後2人はラヴラン伯爵領の屋敷の1つに住み、アルベールは獣医師として、レアンドラは夫と動物達を愛でながら幸せに暮らしたと言う。

本編終了です。お読み頂きましてありがとうございました。

あと番外編を少し投稿します。

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