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夜会を楽しみましょう(1)

 煌びやかないくつものシャンデリアに周囲をぐるっと囲む色鮮やかな絵画、柱も天井も金色の装飾が施され、目が休まる隙間がない。贅を尽くしたフロアの中央では着飾った男女が音楽に乗せて踊っており、その周囲では数人がグラスを片手に談笑していた。


 なんとも豪華な場所に来てしまったものだ。そう感じながら挨拶回りを終えたレアンドラは、現在壁際で果実水を飲んでいた。


 何せ今シーズンで初めての夜会である。お茶会でなかなか会えない知人、友人も多く、挨拶回りの間中あちこちで呼び止められ、引き留められ、どうにか解放してもらってやっと壁際に辿り着いたところだ。別に社交嫌いではないし人と話すのは寧ろ楽しいのだが、もう既に頭も口も疲労困憊である。果たしてダンスをする体力が自分に残っているのか非常に怪しい。


「グラスを離したら、絶対にダンスの申し込みが殺到しますわ。アン、覚悟した方が宜しくてよ」


 グラスを手にしたヴィオレッタが誇らしげに笑っている。瞳と同じエメラルド色のドレスを身に纏い、本日も美貌は輝かんばかりだ。


 グラスや皿を持つ者は休憩中、食事中な為、ダンスに誘うのはマナー違反である。つまり今この友人をダンスに誘う事は出来ない。先程から周囲の男性達がチラチラと彼女を窺っているのだが、当の本人は全く気にする様子がない。


「それはヴィオではなくて? 私はきっと猫の会の方と踊る程度ですわ」


 本日の夜会はプレヴェール公爵主催の規模の大きなもので、幅広い年齢層の貴族が参加している。プレヴェール公爵夫人は猫の会の会頭なこともあり、猫の会の会員の参加率は高い。実際、よく見れば絵画には猫がいるし、壁際のチェアやソファは猫脚だし、可能な限り猫を取り入れている。


 それでも会場にいる半数以上は猫の会ではないのだが、見知った人間と言うものは上手く見つけ出してしまうらしい。案の上、挨拶回りでは猫の会の会員に頻繁に捕まってしまった。


 話の殆どは良いまたたびが採れただとか、歯に良い玩具が出ただとか、新進気鋭の猫画家の話だとか、猫の話題に終始した。そして中年辺りの会員からは息子を猛プッシュされてしまった。大変だったのは夫婦揃って猫の会と言うパターンで、息子が駄目なら部下はどうかと断っても断っても終わらなかった事である。


「あら? 贈り物がたくさんあったのでしょう? そのぐらいは興味を持たれていると言う事よ。贈り物をしてダンスに誘わなくてどうするの」

「まあ。そういうものなのね」

「ふふふ。そういうものよ」


 何せ色々と経験がないので、全くもって予想出来ない事ばかりだ。挨拶回りには兄が付き添ってくれたが、さすがにここから先は1人で対処しなければならないだろう。


 実際、今兄は自分の挨拶に行っている。兄は付き合いが多く、今も新しい染料の開発をするとかで精力的に動き回っている。


 ふと、ヴィオレッタがどこかへ視線を向けて眉根を寄せた。すかさず口元を扇で隠す。突然ガラリと変わった不穏な雰囲気に、何事かとレアンドラが視線を追うと、そこには彼女の元婚約者とその学友達の姿があった。


 相変わらず見目の良い容姿に黒髪、傍らには赤毛の女性が寄り添っている。リゼットの他は学園で見た事ある顔ばかりで、いずれも成績優秀者と言われる学生達である。


 レアンドラは内心静かに驚いた。こんなに無感動に眺められるものだとは。腹が立ったり、不快に思ったり、何かしら心が動くかもしれないとは思っていたのだが、心の内はひたすら穏やかである。


 元々、前情報でマルセルがいると聞いていたので、心の準備が出来ていたのもあるだろう。あとは出発前にジェットとアンブルを思う存分捏ね回して来た効果もあるのかもしれない。あの時の猫達の至福の表情を思い出すと心が温かくなる。勿論、侍女のレナにはドレスが、セットが、化粧が、と散々叱られたが。


「お仲が宜しいようで、良かったではありませんか」

「そうですわね。ちなみに、先程から時折こちらを見ていますわ」

「うふふ。全く気付きませんでしたわ。そんな事もありましたのねぇ」


 ゆったりとグラスを傾けるレアンドラをヴィオレッタはじっと見つめ、それから紅い唇を緩めて柔らかく微笑んだ。どうやらレアンドラが全く気に病んでいない事がわかったらしい。それなら、当事者ではない自分が口を挟むこともないだろう。


「確かに、気にするのは勿体ないですわね。この後ダンスも控えていますもの」


 白い指がレアンドラのグラスに伸ばされ、不思議に思っている間に手の中から重みが消えた。あ、と視線を漂わせると、悪戯っぽく笑う友人と目が合う。彼女の両手には1つずつグラスが収まっていた。彼女が横から掠め取ったのである。


「もう。ヴィオ」

「壁に貼り付いていても楽しめませんわ」


 そう言って、ヴィオレッタはキラキラした笑顔と共に2つのグラスを給仕に預けてしまった。グラスを受け取り、去って行く給仕の耳が赤い。確かにあんなものを真正面から撃たれればああなるに決まっている。レアンドラはヴィオレッタに思わず呆れた目を向けた。この友人はもう少し自分の美貌を理解した方がいいのではないだろうか。


 給仕の後ろ姿に同情的な視線を送っていると、突然男性から声を掛けられた。反射的に声の方へ顔を向けたのをきっかけに、あれよあれよと言う間にダンスに誘われ、フロアをくるくると回るハメになってしまった。ヴィオレッタが覚悟しろと言っていた通りである。そして驚くことにお誘いは途切れる事がない。それは友人も同様なのだが、まさか自分がこんな状態になるとは。


 男性はやはりと言うか、案の上と言うか、大半が猫の会の会員だった。殆どは顔見知りで、またたびがどうの、玩具がどうの、飼い猫がどうのといつもの猫トークを展開しながらも、世間話や流行なども織り交ぜられて、想像していたより遥かに会話が弾んだ。何せ初の贈り物が花と猫用品である。てっきりひたすら猫トークが続くものと予想していたので、この展開はまるっきり予想外だった。


 兄は言い過ぎだと思うが、どうやら自分も女性として認識されているらしい。そう理解するだけで嬉しく、楽しい気持ちになって来る。女性として見られる事に対して、自分は少しいじけていたのかもしれない。


 そのまま何人かと踊り、一旦休憩しようと次の男性を断りかけた時、ふいに周囲がざわめくのがわかった。何だろうと首を巡らせると、すぐ近くに見慣れた姿がある。


 黒髪に整った容貌、そう言えば青い目をしていたなと記憶を掘り起こしていると、唐突にぐい、と腕を引かれた。わけも分からず見上げた先で、元婚約者殿は口元に酷薄な笑みを浮かべていた。いくつかの固い声音が頭上を飛び交うも、腕に食い込む指の力は弱まらない。


 そしてフロアに音楽が流れ始めた。

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