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猫に満ち満ちています(1)

 南向きの温かな陽射しが射し込む部屋に紅茶の香りが広がっている。太陽はあと1時間もすれば天頂に届くだろう。


 レアンドラは古ぼけたソファに埋もれながら、傍らに置かれた箱の山を幸せそうに眺めていた。花も届いているらしいが、そちらは完全に侍女のレナに任せてしまっている。


「いやぁ、我が妹ながら凄いなぁ。脱帽だ」


 レアンドラと全く同じ色の髪と瞳をした青年が、箱をひとつずつ立ったまま検分しながら声を弾ませている。彼はレアンドラの兄のフランシスで、日頃は領地にいるのだがシーズンに合わせて奥方ともども王都へ出て来ており、シーズンが終わるまでこのクラルティ伯爵家の王都屋敷に滞在することになっている。


「またたび、ブラシ、またたび、フェルトボール、爪とぎ、またたび、首輪に……。嬉しいだろ、な?」


 な、に合わせたように、「にゃ」という短い声がした。その声にレアンドラは満面の笑みを浮かべ、声の主を見つめる。


 兄の足元には、耳も尻尾もピンと立てた茶色の縞柄の猫が纏わりついていた。短毛の雑種で毛量が多いのか、丸い顔をしていて脚も太く全体的にずんぐりとした印象を受ける。猫の目は兄の動きを忙しく追い、脚は鼻歌でも歌い出しそうなほど陽気かつ軽やかに前後左右を行き来して、たまにちょいちょいと箱をつついている。


 彼は遊び好きなのだ。


「これでしばらくジェットとアンブルの玩具はいらないなぁ。婚約解消の恩恵がこんなところに返って来るとは」


 フランシスが検分を終えた箱をソファの上に積んでいく。その隣に茶縞の猫、アンブルが飛び乗り、尻尾を立てたまま箱をつついたり押したり忙しい。


「猫の会の皆様からの気遣いですわ。夜会に出ていませんし」


 そう言って、レアンドラは自分の膝の近くをゆっくりと撫でる。そこには真っ黒の毛をした猫が顎と前脚を乗せていた。目を閉じてゴロゴロと喉を鳴らしている。猫の方が体温が高いので、重みを感じる膝の一部がとても温かい。


 猫の会は猫好きが集まる会であり、庶民、貴族関係なく所属している。現在の会頭はプレヴェール公爵夫人であり、定例のお茶会の他に、会員の獣医や芸術家、商人や研究員などを援助して、猫の保護や治療法の探索、新しい猫用品の開発や飼育環境の改善等、さまざまな猫のサポート事業を展開している。


 レアンドラも少ないながら寄付をしており、猫の保護活動に参加している。今家にいる猫のジェットとアンブルも、臍の尾がついた状態で放置されていたのを保護した猫達だ。


 レアンドラはにこにこと壁を見た。壁は石壁で隙間風を防ぐ為、一面にクリーム色の布が掛かっているのだが、その一部が垂直に切り裂かれている。アンブルがよじ登ってずり落ちた爪跡だ。


 裂けた跡は最も高いところでレアンドラの肩ぐらいまである。危ないので早く遊びに飽きて欲しいが、その一方で臍の尾がついていた赤ん坊があんな高さまで登れるようになったのかと思うと、じーんと胸が熱くなる。


「そうか? 男からの贈り物しかないぞ」


 兄はちゃっかりカードを読んでいたらしく、意味ありげに眉を持ち上げてレアンドラに視線を寄越した。しかし見たところでレアンドラである。ほわーんと「不思議ですねぇ」と見返すだけで、兄の意図を全く理解しようとしない。いかにも妹らしい様子にフランシスは苦笑した。


「レナだな」


 ここにいない優秀な侍女の名前を呟いて、納得したように肯く。彼女は今、レアンドラに贈られた花の始末をしている筈だ。恐らく花の対処に手を出す前にプレゼントを差出人で仕分けしたのだろう。


 婚約解消から数週間、レアンドラは夜はほぼ家で過ごしていた。つまり、夜会には全く出ていない。昼間は友人達とのお茶会しか行っておらず、あとは猫の会に参加する程度だ。


 別に本人は夜会へ出ても構わないと思っているのだが、周囲が気を遣って招待状を送らないのである。


 そんなレアンドラの元に、最近こうやって花や贈り物が届いている。猫の会の友人達からのプレゼントも勿論あるが、それよりも多いのが男性からの手紙つきの贈り物である。14歳で社交デビューして以来、こんな事態は経験したことがない。


「皆様、物珍しくていらっしゃるのでしょう。相当噂が流れているらしいですから」

「いや、婚約解消するのを待っていたとしか思えない。たかだが数日の噂でここまで好みを打ち抜けるわけがない」

「お兄様、それを身内びいきと言うのですわ」


 レアンドラはころころと笑いながらジェットの顎の下を撫でた。猫の毛のうち、顎から胸毛にかけての毛の手触りはとても滑らかで心地良い。ついでに猫も気持ちよさそうに目を閉じて顎を突き出すので、双方至福という素晴らしさである。


「私は特別美人ではありませんもの。多くの男性の目に留まると思う程、自惚れてはおりません」

「うーん……。まあ、男が美女に弱いのは宿命みたいなもんだからなぁ。お、豚毛ブラシ」


 会話しながらも兄の手は休まらないらしく、取り出したブラシを水平に振ってアンブルにパンチをさせている。


 レアンドラはこの6歳上の兄の横顔の高い鼻筋を眺めながらつくづく思った。色彩こそ同じだが、顔の造りが全く違う。レアンドラは母に似て丸顔で凹凸も人並みでアッサリした顔なのに対し、兄は父に似て眉も鼻梁も彫り込まれており、ハッキリくっきりした濃い顔をしている。

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